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STIGMATA  作者: maria
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 聴き慣れたSEが流れ出す。タツキが作った、ギターの物悲しくも扇情的なメロディを主としたインストゥルメンタルは、一見I AM KILLEDの激しく慟哭を想起させる音楽とは相反するとも言えたが、ファンからは何度も音源化を希求されているものであった。これからライブが始まる、という先入観を抜きにしてもそこに展開されている世界観はあらゆる物語を包括し、聴く者を必ず高揚させた。

 タツキでさえ自分の作品ながらそれを聴いていると、どこか、異郷にでも連れて行かれるような感覚を覚える。そこに足を踏み入れることでタツキは自分の弱さをかなぐり捨てることができた。どんな場からも這い上がってみせる強靭さを手に入れることができた。デスメタルバンドのギタリストになることができた。

 レンが、ショウが、コウキがタツキに視線を合わせる。

 「昔のタツキみてえな男どもにな、最高のメタルを聴かせてやろう。それからの人生がガラッと変わっちまうようなのをな。」コウキがにっと笑って言った。

 三人は肯く。

そして幕の下りたステージで、準備を始める。客席からは絶えずざわめきが聴こえていた。

「わざわざこっちまで来てくれるなんてよお、凄ぇよなあ。」

「こっちじゃ、ツアー来てくれねえと見れねえしな。」

「……でも、タツキさんってイワムラ病院の息子らしいぜ。」

「嘘だろ!」

「知らねえけど、そういう噂。」

「ああ、俺もんな話聞いたことある。J中出身なんだろ。」

「マジかよ、めっちゃ地元じゃねえか。」

「医者の家に生まれてデスメタルやるって、最高にロックだな。普通医者だろ。」

「マジかあ。」

タツキは幕のすぐ裏側で、エフェクターをセッティングしながら、あながち噂レベルとはいえない話題に所々びくびくしながら耳を傾けていた。

「……お前、人気者じゃねえか。都内の比じゃねえ。」準備を終え、ステージ中央にしゃがみ込んで客の話に傾聴していたレンがこっそりとタツキに耳打ちする。

「身元割れてるってよお、……やりづれえよな。」

「やりづれえもんかよ。あれだよ、あれ。故郷に錦を飾るってえやつ。凄ぇじゃねえか。俺が地元帰ったってんなことにはなんねえよ。だって庶民だもん。」

 タツキは顔を顰めながらギターを掲げた。準備は整った。

「そろそろ始まるぞ。」コウキが言い、三人は立ち上がってコウキのスティックを注視した。SEを掻き消すように一気に完全なる別世界を構築する音が鳴り響く。

 幕が一気に引き摺り下ろされた。客があっという驚嘆の顔つきで押し寄せて来る。

 タツキは前へ進み出、リフを刻んだ。自分の内部から生まれ、何度弾いたか分からない、自分の分身とも言うべき音にみるみる包まれていく。だから自分は拡大する。全てを包み込む存在となる。タツキは激しく頭を振りしだきながら、自分の世界に没頭していった。

 客が拳を突き上げる。激しいヘッドバンキングが前方から波打つように起っていく。タツキはそれらを睨み付けるようにして、間もなく到来するソロに備えた。その時である。――自分を、自分だけを見つめるその眼差しの中に、見たことのある顔があった。それはかつての朋友ダイキである。タツキの心臓は縮み上がった。そのために、一瞬、それはほんのわずかな間であったがためにメンバー含め誰も感知することは出来なかったが、明らかな遅れを生じさせた。

タツキの視線とダイキの視線が、光と闇の真ん中で剣先を合わせたように鋭く交わった。そこにはこの数年間の各々の苦闘が凝縮されていた。ダイキはしかし、昔全ての労苦を笑い飛ばしたのとちょうど同じように、豪快に笑った。タツキは郷愁に震える。それは父親が帰らず食費が底ついたあの日、明日はバイト代が入るからなと笑ったあの顔と同じであった。清子が作ってくれたおむすびを、旨いなと繰り返し呟きながら食べたあの顔と同じであった。

言われれば、たしかに今自分を見上げて笑っているダイキは、あの時よりも幾分肉付きが良くなったように見える。髪も茶に染められ、あの時よりも長い。でもこの、誰とも異なる無垢なる笑みは何も変わってはいない。「いよう。」といういつもの挨拶さえ聴こえてきそうであった。

 タツキはダイキと、ダイキに支えられて生きていたかつての自分と、それから同じエネルギーを欲している客の上に慈雨を注ぐようにソロのメロディを奏でていく。ダイキはそれを呑み込んだ。そうして会わなかった全ての時間をあの時と同じように笑い飛ばした。

 タツキはダイキに見守られながら、その隣に自分が立っているような錯覚を覚えた。ちょうどあの時と同じように――。

 「先輩から買わされちまってさあ――。」教室の隅でちら、と見せられた、初めて見るライブハウスのチケット。

 「バイトたくさん紹介して貰ってるから、一枚ぐらい買うよ――。」

 そして二人して明らかに緊張しながら向かった、初めてのライブハウス。その地下へ伸びた階段を降りる時はでも、お前が誘ったんだろうとばかりにダイキを先に行かせ……。

嗚呼、まだその時は憎むべき父も母もいた。冷たく近づくことも許されなかった姉も。清さんの温かさだけで生きてこられた。

 あの時、誰が想像できたであろう。たった、ほんの僅か数年後に家族がしかも全員亡くなり、自分がバンドマンとしてこのステージに立ち、ダイキと数年ぶりに邂逅を交わしているなど。――現実はどんな想像をも容易に超えてくる。そしてそのたびに、ちょうどダイキがしているように「そんなもんか」と嘲笑い飛ばす以外にないのだ。

 タツキはギターを奏でながら、そこに込められた筈の自分の思いを反芻しながら、その幼さを、その未熟さを感じずにはいられなかった。自分はもっと高みに行ける。もっと深遠なる思いを音に籠めることができる。そう確信した。

 ――そうしてライブが終わった。

 客は誰もが満足げな笑みを浮かべ、歓声と拍手で東京からやってきた初見のデスメタルバンドを見送る。今、彼らが齎してくれた大いなるエネルギーは、これからもずっと胸中に根付いていくであろうと思われた。客は身体的疲弊と精神的高揚に二分されながら、ぱらぱらと夜の街へと戻って行った。来た時とは明らかに異なるエネルギーに、嬉しい違和感を抱きながら。

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