49
I AM KILLEDの出番は最後である。他が地元での活動を主体としているようなバンドばかりであるので、それは必然とも言えたが、タツキはわざわざ東京から来てくれたヒロキの予定が心配であった。自分たちの出番を見終えたら、新幹線で帰ったとしても日付が変わってしまうのではないか。それで終電には間に合うのか。
「ああ、平気平気。」ヒロキは容易く言ってのけた。「だって俺、今日こっちで泊まるし。」
「え。」
「明日、リョウさんと合流するんだよ。」
「え。リョウさんも来るんですか。」
「ああ。明日こっちのレコードショップでインストアライブ? トークショウ? みてえなやつで日中だけやって、とんぼ返りするみてえなんだよな。ほら、まだ子ども小っちぇえから。ミリアさん一人にしておきたくねえんだろ。夕方には帰るっつうからじゃあ、一緒に帰りましょうっつって。んでその前にこっちで一緒に昼飯食いましょうっつったら、いいよっつってくれて。そんで俺はこっちで一泊することにしたんだ。」
「へえ。」
「お前も来るか? お前らは明日移動?」
「昼飯食ってから移動しようかなって。」
「じゃあ、決まりだな。旨ぇ店誰か地元の奴に……、お前じゃねえか!」
タツキはぎくりとして、「旨い店、知ってます。俺が案内しますよ。」と言った。
ライブは順調に進んでいった。I AM KILLEDはヘッドライナーであるので、客席に降りたり楽屋に入ったりしながら、大体においてはヒロキと一緒に、あのバンドはどうだああだと言いながら、ビール片手に観ていたのである。
「お前さ、自分のステージ観てる客の中にさ、自分を目指して音楽やるって決める奴が出て来るかもしんねえなんて思ったことある?」少々酔いの回って来たヒロキが面白そうに問いかける。
「まさか。」タツキは噴き出した。
「俺もそう思ってた。バンドなんちゃあ親泣かせで自己満足なもんだと信じて疑わなかったしな。……ただしそれも、お前に合う前までだ。」
あ、そうかとばかりにタツキは目を丸くする。
「あれからお前も人生変わったかもしんねえが、俺だってなあ、変わったぜ。」そう目を細めながらステージを眺めるヒロキは、しかし酔いに紛らせながら本心を語っているようにも見えた。
「あん時まではなあ、俺は完璧自己満足でバンドやってたんだ。誰にどう思われるか、客数がどう、売り上げがどうっつうことよりもな、俺が満足できる曲を作って、俺が満足できるライブをやる。それだけだった。まあ、それが完璧悪いことだとは思わねえけどな。とりあえず視野は狭ぇよな。」ヒロキはそう言って再びビールを呷った。「でもお前が、キラッキラ光る目して俺ん所来て、俺みてえになりてえって言ってくれて。俺でもそういう存在になり得るんだって思い知らされた。頭ぶっつけられた気分だった。ステージに立つってえことは、俺みてえな存在でもそういう責任つうか、そういう影響力を持つんだって、知って、ショックだった。ショックっつっても悪い方のやつじゃなくって、いい方のショックな。……で、俺はそれから客席から俺を観ている若い奴に、少しでも力を与えてやりてえっつうか、少しでも前向きにさしてやりてえっつうか、そういうモンを考えるようになった。客だけじゃねえ。若いバンドマンにもこう、アドバイスしたり音楽性の合いそうな奴同士紹介してやったりな。っつっても、曲作りだのステージングが変わった訳じゃねえけどな。俺の内面の問題な。」
「……俺はまだそういう風には考えてねえ気がします。」タツキは正直に白状した。
「まだ、お前は若いしな。」
「でも、ここからそう考えるようにします。」
ヒロキは意外だとでもいうようにタツキを見た。「んな、焦るこたねえだろ。何も俺の生き方が正しいとは言えねえんだし……。」
「何か、……巧くは言えねえんすけど、今日の俺はI AM KILLEDのギタリストなんだけど、それと同時に中坊ん時の俺なんです。何か、二人が混在してるんです。変な言い方だけど。」
「へえ。」ヒロキはちら、とタツキを見る。
「きっと俺は今日ステージにも立ってるけど客席からも観てるような感じになると思う。」
「……そうか。」ヒロキは小さく肯いた。「それも、大事なことだな。」
「え。」タツキは自分の我ながら妙な物言いをヒロキが即座に解してくれたことに驚いた。
「ステージに立つにはさ、そういう客観性みてえなのが大事なんだよ、多分。もちろん全力で挑まねえと話にはなんねえし、それが当たり前なんだけど、そういう自分を上から冷静に見下ろす観方っつうか、そういう全体性を見渡す目と耳があるとライブの完成度は間違いなく上がる。」
「はあ。」
「お前がどんなきっかけであれそれを習得できたんなら、それはでけえ成長につながるはずだ。ほら、次出番だろ。行けよ。俺はここで観てっから。」
やがてタツキは楽屋に入り、ギターを爪弾きながら出番を待った。もう既に前のバンドが最後の曲に入ろうとしていた。タツキはそっと楽屋を出てステージ袖に立ちすくむ。
そこから見る客席は地方にしてはなかなか入りが良いようである。店長が言っていた、「東京の勢いあるバンドを観るために大勢集まっている。」という言葉は強ち嘘ではないようであった。
茫然と立ち尽くしていたタツキの肩を、コウキが後ろからぽんと軽く叩いた。「どうした?」
「どうしたって?」
「何か、ぼーっとしてんじゃん。」
タツキは目を瞬かせる。「何か、変な感じなんだよ……。」
「変な感じ? 体調でも悪いんか。」
「否、そういうんじゃねえんだけど。その……、上京してバンドやってもう二十二にもなった俺と、十四ぐれえの厨房の俺とが俺ん中に同居してる感じ。」
「何だそりゃあ。」コウキはそう言って口をひん曲げる。
「……否、俺もよくわかんねえんだけど。」
「なあに言ってんだ。しっかりしろよ。今のお前はロン毛だし、ギターは巧ぇし、曲だってバンバン作れるし、どこぶった切ったってガキなもんか。」
「そっか。」タツキは力なく呟く。
「しっかりしろよ。お前がそんなんじゃあ、客は満足しねえかんな。」
タツキはそう言われて客席を見下ろす。そこには大勢のかつての自分の分身とも言うべき若者が挙って輝く瞳をステージに向けていた。タツキはその一人一人を凝視しながらそこにやはり過去の自分がいるのを感じずにはいられなかった。




