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I AM KILLEDのリハが終わると、Last Rebellionのバックドロップがステージに掲げられ、リョウ、シュン、アキがステージに上がり、準備を始めていく。
「な、何かお手伝いしましょうか……。」位置だけを変えただけの、既に準備の整っているタツキがおそるおそる三人に尋ねた。
「ああ、大丈夫。うちのローディー、優秀だから。」リョウは細々と働くローディーに囲まれ、リラックスした風に水を飲んでいる。「てか、バンド凄ぇ良くなってたよ。」
「リハ、見てたんすか!」
リョウはにやりと見返す。「最初っから全部見てた。……何つうか、バンドとしての一体感が出てきたよな。ツアー一緒に回ってみっか?」
「えええええ!」タツキは引っくり返らんばかりに驚嘆して見せる。
「リョウさ、ミリアは? 今日来ねえの?」シュンがチューニングを合わせながら言った。
「来ねえ来ねえ。安静第一って言ってあのばあ様がミリアを見張って動かさねえんだ。」
「ああ、ミリアのばあちゃんか。」シュンがいつぞや見たことのある、上品そうな老婆を思い返して言った。
「そんなもんか。……でも予定日まだ先なんだろ? 今腹のガキは何か月なのよ。」と言ってアキはドラムセットの向こうでシンバルを鳴らす。
「んんんん、三か月?」
「……大したもんだよなあ。あーんなちっちゃかったミリアが、ガキこさえてんだもんよお。」
「本当だよなあ。……あいつが小学生の頃、スタジオに一番最初に入ってきた時の衝撃は忘れらんねえよ。」アキがそう言ってほくそ笑んだ。
ローディーが手早く準備を整えると、早速一人ずつ音のチェックに入って行く。PAにはいつものスタッフが入っているのであろうか、「いつもの」だけで話がどんどん通っていくのをタツキは尊崇の念を込めて聴いていた。
「じゃあ、一曲目。」
そうリョウに指示を受け、タツキは足下に貼られたセットリストを凝視する。
そのステージ袖からは心配そうにI AM KILLEDの面々がタツキの一挙手一投足を見詰めていた。
アキのドラミングとシュンのベースラインがこの上なく印象的なイントロを完成させていく。
「すっげえな。」と真っ先に、嘆声混じりに言ったのはベースのショウである。
「ああ、空気が違ぇ。」とレンも頷きつつ答える。さすがに自分たちが生まれる頃からずっとバンドをやってきた人の音というのは、何かが違っていた。既に音が、合わさるべき音と、生み出される空間を意識しているとでも言おうか。ともかく使っている楽器も機材もおそらくはほとんど変わらないはずだのに、その一音一音がまるで違っていた。
「俺らもいつか、こんな音が出せるようになんのかなあ。」誰へともなく問うた。
ステージ上で、タツキは必死にそこに食らいついていく。負けたくない、埋もれたくない、その真剣な形相にリョウは振り向いて微笑みかけた。
「あ、リョウさん、笑った。」コウキが目ざとく見つけ、言った。「あの人、ステージで笑ったりすんだ。」
「本番はわかんねえけど。……でも、リョウさんって、思ったより優しいよな。」レンも続く。
「リョウさんってさ、……親いなくて何か孤児の施設に入ってたらしい。噂によると。」ショウが言った。
「へえ。マジなの、それ。」コウキが驚いたように尋ねる。
「否、ファンの間での噂だけど……。でもそういうのあるかもな。ミリアさんも子供の頃虐待受けてて、ほら、前、その映画あるっつう話したじゃん。あのDVD観たらかなり壮絶だったぞ。だからリョウさんもそういうのに凄い同情する気持ち、みてえなのがあんじゃねえの?」
「タツキも正直……、家庭には恵まれてなさそうな感じだしな。」ショウが気まずそうに呟く。
「……そうそう、あいつ一体何なんだ? ピアノ弾けたり、あと、結構なお坊ちゃんっぽいこと言うこともあるし、でもライブハウスで住んでるぐれえだから金はねえんだろうし。不自然なぐれえに親の話しねえし。」レンも顔を顰めつつ言った。
「多分、……見捨てられてるんだろ。」コウキが肩を竦める。「リョウさん、そういうのに共振する部分があんじゃねえの? じゃねえと、こんなライブ一回やったっきりのバンド前座にしてくれるなんて、ねえだろ。」
「だな。……あと、タツキの作曲センスか。」
「だよな、タツキ、頑張れー!」
「そうだ、俺らの命運がかかってんぞ、頑張れー!」
ステージで必死になってギターを弾いているタツキに三人は心からの声援を送るのであった。タツキはそれには気付かずに一心にリフを刻んでいた。




