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ツクヨミ奇譚 ~天岩戸異聞~  作者: LED
第二章 ツクヨミとオオゲツヒメ
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十一.魂魄(こんぱく)交換

「なッ……魂魄こんぱくを……?」

「半分って、どういう事? スサノオくん……」


 スサノオの唐突な提案に、目を丸くして尋ねるタヂカラオとウズメ。

 当の提案されたツクヨミですら、意外な申し出だったのか驚いた顔をしていた。


「口で言うより、実際にやった方が早いか。

 ……今からやってみせるから、まぁ見てな」


 スサノオは右手を自らの左胸に触れ、意識を集中させた。

 すると……彼の手には赤児の握り拳大ほどの、赤い勾玉が握られていた。見る者が見れば、この小さな勾玉に凄まじい神力が秘められているのが判る事だろう。


「コイツはオレの魂魄こんぱくの半分。今ソレを、勾玉に変えた」

「……そんな力を、一体どこで身に着けたんだい?」

「姉上の魂が、雷神にさらわれた時に。奴が魂を『鏡』に変えたのを見た。

 あの時に見た力を、真似できねーかなって思ってたら……身に着いたんだ。

 気に食わねー敵のやってた事だけど。将来、好きな女が出来た時とかに。この力が使えれば、恐ろしい敵から守ってやれるんじゃねーかなって、思ってさ」


 ツクヨミはさらに驚愕した。

 スサノオの過去の記憶を読んだ故、彼の言い分は分かる。

 だが、わずか一度。しかも戦いの最中、意識を失う寸前の出来事だ。

 そんな状況で見た力を、事もなげに再現してしまう順応力。

 スサノオもまた、尊い三貴子の一柱である事を、ツクヨミは改めて実感したのだった。


「ツクヨミ。オレの魂魄こんぱくを半分、お前にやる。

 だからお前の魂魄こんぱくも半分、オレに預けてくれないか。

 そうすりゃ、夜之食国ヨルノオスクニを疎かにする事なく、オレ達の旅に同行できるだろう?」


「…………驚いたよ、スサノオ。

 父イザナギから聞いた話より、神力も心も、随分と強く成長したんだね。

 いや……こんな風に思っていたのでは、君をあなどっていたとそしられても仕方ない。

 済まない、スサノオ。君の覚悟の程を、見誤っていた」


 ツクヨミは謝罪し、スサノオに対し平伏した。


「そして私も……覚悟を決めていなかったようだ。

 あれこれ理由をつけて、自ら動くことを恐れていた……そんな気がするよ」

「オイオイ、よせよ。そこまで自分を責める事はねえんじゃねえの?」


 褒められた事がこそばゆいのか、照れ隠しめいて鼻を掻くスサノオ。


「……実の弟にそこまで後押しされたんじゃ、もう断る理由はない。

 私も覚悟を決めようと思う。このツクヨミを、黄泉の旅へと供させて欲しい」

「よっしゃ、決まりだな!

 ありがとよ、ツクヨミ。歓迎するぜ」


 満面の笑みを浮かべ、右手を差し出すスサノオ。

 ツクヨミは立ち上がり、その手を取った。

 スサノオの神力によって、ツクヨミの魂魄こんぱくの半分もまた、黒い勾玉と化して現出する。二柱は互いの勾玉を交換した。


「力を半分にしたから、オレたち二柱でようやく一柱分になっちまったが。

 ツクヨミ。これからよろしくな。いざ戦いになったら、勾玉から元の姿を取る事は、お前の力なら容易い筈だ」


 黒い勾玉がツクヨミの分身である事は、タヂカラオとウズメも見て知っている。

 つまり彼らはどちらの姿であろうが、スサノオと共にいる限りツクヨミを忘れる事はないのだ。


「タヂカラオさん、ウズメさん。手間を取らせて済まなかった。

 私はツクヨミ……今後とも宜しく」


 ツクヨミは勾玉から元の神の姿を取り、改めて皆に挨拶した。


「俺はタヂカラオだ。

 ツクヨミ様! スサノオと並ぶ三貴子ともなりゃ仲間として心強い。

 むしろこっちからお願いしたいぐらいだ。こちらこそ宜しくな!」

「あたしはウズメ。宜しくお願いします!

 ツクヨミ様ほど立派で素敵な方と旅ができるなんて……ワクワクしちゃうわね。

 あ、あたし達を『さん』付けしなくていいですから! 普通に呼んでくれて結構です」


「……なら私の事も『様』なんて、畏まった呼び方をしたり、丁寧語も使わなくていいよ。

 君たちはスサノオの事を対等に扱っているみたいだし。

 私も弟と同じように接して欲しい」


「あっハイ……すぐには難しいかもだけど、努力はしてみます!」


 まだ堅苦しい口調のウズメに、ツクヨミも困ったような表情を浮かべる。

 その雰囲気が滑稽で、スサノオもタヂカラオも自然と笑みがこぼれてしまった。


 こうして黄泉への旅路に、新たに月の神ツクヨミが同行する事になった。


「そーいやツクヨミさ……ツクヨミ」タヂカラオが言った。

「あんたさっき『黄泉の国での食糧事情を何とかできる協力者』がいるって言ってたよな?

 これからどうするんだ? その協力者って神のところに向かうのかい?」


「……その通りだよ、タヂカラオ」ツクヨミは微笑みながら答えた。

「私も含め、皆で会いに行った方が、話も通しやすくなるだろう。

 向かおうか──『彼女』のいる国へ」

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