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闘神の御娘(旧)  作者: 海陽
4章 1部 首都アトゥル
98/115

4-18 怒りと本音と

non side

この時点で忍の勝ちは決定した。忍が冷やかに見下ろす地面には、背や手、頭に残る鈍い痛みに呻き、未だ立ち上がることすら出来ないでいるミキフが居るのだから。


『あなたは、私にしたことを忘れてしまっているのですね』


『……は、?』


『優遇されている『契約者わたし』が平民だから気に食わない?そんな事はどうでも良い。自身の剣を折られること……あなたは平気かもしれませんが、私にとってはそうではない。たとえ金銭がかかっていなくとも、あれらは私の為にと村人や職人がくれたものだった。この先も手に馴染ませ、使い続けていくはずの、とても大切にしていた物だったのです。それを有無を言わさず取り上げられ、壊された私の心境などあなたには分からないのでしょう。自分とは無関係の、馬鹿にしていた『平民の契約者』の物だから破砕させて少し憂さが晴れただけで』


ざり、と少し離れた場所へ飛んでいった剣の所へ緩慢に歩を進め、忍は拾った剣の柄を弄びながらミキフのそばへと戻る。


『ーーー『契約者とは言え平民出なら自分より格下』?ならばその契約者が貴族なら良かったんですか。貴族の契約者ならあなたはその者の武器を取り上げることはなく、気絶させて拉致するように首都へ運ぶこともなかったと?』


『……』


身体に残る鈍くなりつつある痛みに耐え、起き上がろうとしたミキフは忍の勢いに押され声を出すことができない。それは離れた所でその科白を聞いていたアルダーリャトや財務部署の面子も同じだった。


『ふざけるな』


低く静かに吐き出した一言は、怒鳴るわけでもないのに憤怒の意が明確に伝わるものだった。


『ひっ』


ドスッと仰向けのミキフの顔の真横に突き立てられた彼の真剣。耳すれすれに地面に刺さった剣を横目で恐る恐る見やり、ミキフは戦慄した。


『首都兵に選ばれたその優越感と傲慢。確かに他の兵より優遇されるものも多いかもしれない。ですが、首都兵だからと契約者の出身の違いでその者を差別する理由にはならない。違いますか?……陛下と宰相閣下は私に謝罪の意を示して下さった。その意味が分かりますか。

あなたがどう思おうと、『契約者』である私は陛下より招待された立場。謂わば陛下の客人に当たるのです。その人間を、あなたは平民だからと言動を無下にした。陛下直下の首都兵だ?聞いて呆れる。あなたが独断で判断し行動した結果、陛下方の兵は独断で命令を違える信用の置けない隊だと周りの評価を下げた。異論は?』


『……っ』


忍が地面へ差さったミキフの剣の柄頭へ腕を置き、少し体勢を崩してそれ越しにミキフを見下ろした。それはミキフと忍の視線がもろに合う位置。ミキフは彼女の温かみの一切抜けた眼の冷たさにたじろぎ、敵にしてはならない者を敵にしたことを思い知る。


『ああ、今更謝罪など聞きたくもないので口にしないで下さいね。矜持が無闇に高いあなたに、嫌々謝罪されても心に響くどころか悪感情を抱くだけ。こんなに日が経ってしまった今、あなたに挽回の余地などありはしない。『私のせいで降格処分を受けた』? ーーー甘ったれるな。責任転嫁などさせない。宰相閣下よりどのような命令を下されたのかは知りませんが、あなたが命令通りに私達を保護し、首都へ同行していたなら恐らく降格されなかった。

場所や立ち位置が違っても、首都兵も王宮勤めをする方々と同じです。『命令』は『任された仕事』であり、そこに私情を挟むことを良しと考える人は一体どれ位いるでしょうね?挟んだ私情が宰相閣下の考えを無視し、あなたは降格処分を受けた。自業自得です、ミキフ・ルーニャ。あなたのせいで、無関係の首都兵の印象まで地に失墜した事実を猛省することを希望します』


忍の抑揚を抑えた淡白な声音は、形の無い刃としてミキフへ降り注ぐ。反論する気力も体力も奪われた彼は、心を折られぐったりと顔色をなくして目を瞑った。



〈終わったか?〉


誰もが開口を躊躇う中、最初に話しかけたのは皇雅だった。


〈我は言い足りぬと思うのだがな。シノブはもうあやつに言うことはないのか〉


『うん。もうない』


先程までの張り詰め、声を掛けようものなら斬られてしまいそうな空気から一転、忍の声はいつもの穏やかなものに戻っていた。



***



『陛下。大変申し訳ありませんでした』


財務部署の部屋に一同が戻ってきてから、ひと息ついた後。忍は椅子に凭れ座るアルダーリャトに深々と頭を下げた。その声に反省は見えるものの、後悔と後ろめたさは感じられない。


『何を謝る?』


『御前での首都兵への口撃についてです、陛下。侮辱と捉えられても仕方ない内容でしたので』


『自覚はあるのだな』


『はい。しかし後悔はしておりません』


『シノブ……』


いっそ清々しい顔できっぱり言い切った忍と、額を押さえ『ああ言っちゃったよ』と言わんばかりにぐったりするダウエル。ミイドは無表情を貫き、皇雅は〈よく言った〉とどこか自慢げな面立ちだ。


『あの言葉は、貴方の本心なのだな』


『はい』


『……正直耳に痛い事ばかりだったが』


一旦途切れさせ、アルダーリャトはふうと嘆息した。


『首都兵の意識改革は早急に進める。前から上奏はちらほら届いてはいたのだ。だがそれを後回しにせざるを得なかった……その結果が、貴方への独断での対応へ繋がってしまった。改革の末でも変わらぬ者は切り捨てる。元々、性根というのは早々変わらぬものだからな。その点は貴方にも理解してもらいたい。

……だが、それよりもだ。余は怒りを覚えているのだ、貴方に』


さあ、何を罰せられるのかと内心で戦々恐々と待っていた忍にかけられたのは、思いもよらない言葉だった。


『あの者と余では余の方が接する機会が多いではないか。なのに本音をぶつけたのはあの男が先だと?何故その本心を余にぶつけぬのだ!』


『……は?』


『内容が内容だがそれでもだ!前々から告げているではないか、打ち解けたい、本音を聞きたいと。何故だ?!』


……いや、逆ギレされても。

と、忍は呆気にとられた後、片眉を器用に下げた。


『何故、と問われましても。以前お伝えしましたが、私と陛下では年齢も身分も陛下が上です。そのようなお方に、友人のように打ち解けた会話を持ちかけることは出来ません』


『……』


『契約者とはいえど、特定の平民が陛下と親しくする姿を見ていれば面白くないと思う方々も出てくるでしょう。ひいては陛下の足を引っ張ろうとする人間も出てくるかもしれません。その口実を与えることの無いよう、陛下には何卒ご理解をお願い致します』


『余とてその事は考えないわけではない。当たり前であろう?国王なのだからな。だがな、1人くらい純粋に友人が欲しいと思ってはいけないのか?相手の真意を探り探られることも無く、安穏に接し過ごす……それを望んで何が悪い?』


『……』


不貞腐れた面立ちのまま愚痴るように忍に問いかけるアルダーリャトに、彼女はその後も『理解は出来るが』と彼の思いに同調しつつも諌める言を口にした。為政者は時として孤独……それを地球での政治家達を見て何となく理解は出来ても、天地もある地位の差を鑑みて忍は首を振る。だがアルダーリャトも引き下がらず、夕方まで2人の対話は続いた。

忍とミキフの一戦が終わり、彼女達が訓練場を去った後。動きが未だに鈍いミキフを怪我の手当などを施す治療室へ収容し、ぽつんと突き刺さっている木棒を片付けようと兵士の1人がそれへと近付いた。


『凄かったな、あの人』


口から漏れたのは先ほどの一戦での忍に対する感想だ。華奢なあの体躯から繰り出される見たこともない棒術、そして真剣に対して丸腰で向かって行きながらもミキフを防戦一方どころか何の反応もすることを許さずに負かしたその強さ。


『……、っ?!』


だが、棒を手にした瞬間。兵士はぞわりとした寒気を感じた。手の中の棒が原型よりも細く歪に、軽くなっていることに気付いたのだ。ばっと棒の全容を確認すれば、至る所に削られた跡がある。しかもそれは棒の中心を持てば左右の重さの均衡が取れる程、均等に削られていた。ミキフの剣の腕は定評がある。その剣をこの棒で受ける際、こんなに全体的に削られるだろうか。ーーー答えは否だ。


こうなると必然的に答えは出てくる。シノブはミキフの剣を受けながら、棒の左右の均整が崩れないよう巧みに棒を操り剣で削らせたのだ、と。

先の一戦で、ミキフは完全に手加減されていた。兵士はそれを理解してしまい、戦慄すら覚えた棒を握り締め見つめていた。

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