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闘神の御娘(旧)  作者: 海陽
4章 1部 首都アトゥル
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4-16 キャパオーバー

繁生の4月になった。


あの日、陛下が部署に現れてから2ヶ月くらいかな。『また、来ても良いか』の言葉通り、陛下はふらりと部署に姿を見せる。いやね、うん。『ご随意にどうぞ』とは言ったよ?この国のトップのお人だよ、『嫌です』なんて言えないけども。ちゃんと前もって『今から行く』とは使いの人を寄越して報せてくれるけどさ。だからって4日に1回のペースで来なくても良いじゃんか!2ヶ月経った今じゃ、先輩方も『ああ、今日は陛下の日か』みたいな空気出してるし。……陛下の日って何?!

他にも部署はあるけど、財務部署ばかりに寄るのは大丈夫なのかな。それを恐る恐る遠回しに尋ねたら、『誤解は無いように周知させているから心配は無用だ』らしい。……そうですか。まあ良いけどね、うん。


で。


本日も陛下、来訪中です。自分の机でひたすら計算や検算する仕事なんだけど、見てて飽きないのかな。つまらないと思うんだけど。暗算なんて頭の中の算盤そろばんを弾いていれば手が勝手に動いてくれる。それから2アルン(2時間)。たまたま書類の数が少なかったこともあって無事、今日の書類しごとは終了した。



『お待たせ致しました、陛下。私の本日の職務は全て終わりましたので、ただいま茶の用意を致します』


『ん?ああ。相変わらず貴方は仕事が速いな。他の者はまだ半分は残っているというのに』


『祖父より扱かれましたので、忍耐と集中力には人並みに自負がございます。恐らくはそのせいでしょう』


『そうか』


口では会話しつつ、慎重に茶杯コップにお湯を注ぐ。この茶杯もティーポットも、迂闊に割るわけにはいかない。というか傷も付けられない。もちろん私物じゃないからそれは当たり前なんだけど、扱うのさえ躊躇してしまいそうになる代物。そりゃあ日本でもティーカップの飾りとかにあしらわれているのを見たことはあるよ。金縁とか、アンティークであるしさ。でもこれは無い。緻密で繊細な模様全てが金で出来てる茶杯にティーポット。でもデザインが綺麗だから全然下品じゃない。ただ、ただね?これ、とんでもなく高いよね?!そんなのを何故持って来るんだ!いやね、陛下の茶道具一式らしいから持参は良いんだけど、万が一割っちゃったらどうするのさ。……はあ。

茶杯を温めてたお湯を1度捨て、新しいお湯を湯冷ましに注ぐ。それから茶葉を入れたティーポットに注いで暫し待つ。しかし……何故にそんなにじっと見てるんですか、陛下?


『シノブ殿』


『はい』


『シノブ殿は茶の作法を学んだのか?とても美しい所作だが』


『いえ、特に教えを請うことはしていませんでした。……母国では茶はシン国程高級品ではなく、民でも頑張れば手が届く値段が多かったのです、陛下。もちろん良い茶葉になればなるほど高値になりますので、そうなると買うことが出来なくなります。これは私の趣味のようなもの。国での作法と良く似ていたのが幸いでした』


『民も嗜んでいたというのか……』


『武術と同じく茶もまた、嗜む者とそうでない者に分かれます。今は家元と呼ばれる事が殆どですが、古くは茶人と呼ばれていた茶に精通した者も存在しますし、そこへ教えを請いに行くものもおります。会得したわけでもない私の腕など、彼らに比べれば大したものではありません』


綺麗な緑を眺めてつつ茶杯に少しずつ交互に注いでいく。この茶葉は玉露に良く似てるから、熱々だったお湯を湯冷ましで大分冷まして緩くした。その方が玉露は甘みが出るからね。


『どうぞ陛下。高貴な方にお出しするのは初めてですので、口に合えば良いのですが』


『貰おう』


『高貴な方に』のところで彼がふっと笑い、その長い指で茶杯を煽った途端にぴたりと身体の動きを止めた。そして目を見開き空の茶杯を凝視する。


『……何だ、これは』


ありゃ。甘いのは駄目だったか?どうするかなー、淹れ直しさせてもらえるなら今度は熱めで淹れてみなくちゃいけないかな。


『口に合いませんでしたか。申し訳『違う』


……遮られた。何故に。


『茶が、ここまで甘く感じるとは!シノブ殿、一体何をした?余はここまで美味い茶を飲んだことがない』


『何もしておりません。私が茶を淹れるところを、陛下はずっとご覧になっておられました。特別なことをしていないのはご存知のはず』


『だが……だが。これまでに飲んできた茶が今の一杯で全て霞んでしまった。何故このような甘みが出る?他の者が淹れる茶と何が違うのだ』


『私には分かりかねます。私はただ、いつも自分が飲むときのやり方でお淹れしただけです』


まあ、そんなに喜んでくれたのなら嬉しいけどね。うん。


『……よろしければ、もう1度お淹れ致しますが』


『頼む』


即答したよ。……何がそんなに気に入ったんだろう?まあ、お召しだからもう1回淹れますか。2煎淹れた茶葉は予備の器に移してから出来るだけティーポット内を綺麗にして、と。内側を軽く拭いてから新しく茶葉を入れて、と手順を繰り返す。そうして出したお茶も、また絶賛された。


『ああ、何と美味い。今まで随分と損をした気になる』


『お褒め頂き光栄です、陛下』


『……』


喜んでもらえるのは素直に嬉しい。ちょっと過大評価な気がしなくもないけど。軽く頭を下げお礼を言えば、陛下が沈黙してしまった。どうしたんだろう。


『シノブ殿。何故その様に堅苦しく話す?余は貴方ともっと砕けた話がしたいのに、それではいつまでもわかり合うことなど出来ぬではないか』


……無茶言わんでください。貴族の子息達が居る前で砕けた話なんて出来るわけないでしょうが。


『一体何を怖れている?貴方が話したくない事ならば話さずとも良い。余の問いに答えられないからと罰することなど有り得ぬのに。望みもそうだ。貴方は言ったな、大層な望みは無いと。だがそれは些細な望みはあるということではないか?』


『……』


『些細なことでも良い。貴方が望むなら余が揮える力でもって叶えると約束しよう』


『……有難いお言葉ではありますが、遠慮させて頂きたく思います』


『何故だ?』


私が彼に望むのはたった1つだけ。旅に戻ること。そしていつか日本に帰ること。王たる者、易々と前言撤回は出来ないはず。だってほいほいと言うことを変える人に人はついていかないでしょ?シン国は大国。その大国を統べる王が、そんな信用置けない人なはずがない。


『怖れる……それは何を指して怖れると仰られるのでしょうか。私の望みは今も変わりません。アトゥルに来る前と同じ、4人で旅に戻る事。叶えて頂けるのですか?と陛下にお聞きしたところで、返答は『否』であることは確定しております』


『……』


『なので、私は遠慮させて頂きたいと申し上げました。確かに物欲はあります。ですがそれは自身の所持金や工夫で事足りるもの。後見であるハイドウェル伯爵家の皆様にも、当部署でも良くして頂いています。これ以上は罰が当たるというものかと』


『罰が当たる、だと?』


あ、陛下の眉間に皺が……。低くなった彼の声。少しして押し出された声音は、どこか苦しんでいるようにも聞こえた。


『貴方はずっと、そんな風に思っていたのか。『獣神の契約者(契印持ち)』は例え流浪の者であっても、その身分は一国の王である余と同等となる。そこに例外は無い。民ならば憧憬も見せる貴族の暮らしにも、貴方は反応しない。

余は『契約者』ではなく、『シノブ』という貴方自身を良く知りたいのだ。……確かに余と宰相の直属兵が貴方にした事は不信を抱かせるのに十分であるし、大切な物を失わせてしまった。帰国の術を探す旅路であった身をこのアトゥルに留めさせているのも、後見を付けたのもこちらの勝手だ』


『……』


『この2ヶ月。少しずつでも、シノブ殿が心開いてくれるのではと待っていた。だが一向に貴方はその一線をひく堅い態度を崩してはくれぬ。急かすつもりは毛頭無いが、貴方が胸内を語ってくれることを望んではいけないか』


……どうして、こんな展開になったの?と頭の隅っこで混乱する私がいる。80%は冷静なのに、残りの20%が予想してなかった陛下の言葉にぐらぐら揺れてる。だって最初、お茶の話をしてたよね?それなのに何でこんな話に?


『待って貴方の本心を聞けるなら、幾らでも待とう。……今日はいつになく饒舌になってしまったな。これ以上は次の機会に。シノブ殿、どうか考えてみて欲しい』


眉間の皺が消え失せ穏やかな顔で、そう言い残して去っていた陛下が消えた部屋の扉を、私はただ思考停止状態で立ち竦むしかなくて。いつの間にか部屋の全員が陛下の言葉を聞いていたことにぼんやりと気付いてはいたけれど、周りに反応することも出来ない。

何アド(何分)経ったかわからないけれど、急に足の力が抜けてしまって、その場で崩れ落ちるようにへたり込んだ。


『シノブさん?!』


〈シノブ、大事無いか?〉


慌てて近寄って来たミイドさんと皇雅に助けられ、何とか自分の席には戻ったけど。この日、私の頭は容量超えキャパオーバーしてしまってあまり使い物にならなかったのだった。

忍やオリネシアのお茶事情を、少し更新報告に書いてあります。


http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/297806/blogkey/1082341/

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