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闘神の御娘(旧)  作者: 海陽
4章 1部 首都アトゥル
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4-7 再びのダルム

途中、視点変わります。

紅涼の3月末。


森に滞在してひと月くらい経った。相変わらずと言うかなんと言うか、仔白狼こども達はちびっ子だった頃と殆ど変わってなかった。あの時に懐かれたまま、尾を振り甘えてくる。嬉しいよ、うん。ふわふわもふもふは好きだし。でも……あのね?あの時から君らの体長は凄い成長してるんだよ。あの時と同じように抱き上げることは出来ないんですよ。理解してくれると嬉しいなー。……と思いつつ、のし掛かるように甘えられて寝転がる羽目になる事がしばしばある。それでも食事時は彼らもどこかへ出掛けているか、じっと伏せて待っているのだからちゃんと分別は付くらしい。うん、偉い偉い。撫でてあげたら嬉しそうに尾をぱたぱた。


『はー、癒される』


仔白狼とはいっても普通の狼の大きさ、大型犬くらいはある体長の2匹。何故か獣臭さといったものもない。手持ち無沙汰になった時、私は彼らに傾倒して戯れる。ああ、可愛い、可愛いっ!ふわふわもふもふの天国……っ。


〈……〉


いや、ごめん。怒らないで白貴。睨まないで!仮にも森の主に馴れ馴れしくするわけにはいかないでしょ?ね?!アトゥルに戻ったら甘やかしてあげるから。目で訴えて、嘆息と共にお赦しを頂いて。……助かった、と思ったのは内緒ね。ね!白貴の嫉妬は折り紙付きなんだもの。


森に滞在中は、『あの木の皮は浅い傷に貼り付けると良いの』『この植物は食用だよ』『あれは毒があるから気を付けて』とけいやイーニス様の疑問に答えては感心されるし利用方法を教えてはまた感心される。だけどその内『まあシノブだしね』と驚かれなくなった。イーニス様曰く、一々驚いてたらやっていけないのらしい。


その後、ひと月余りの森での滞在を終えた私達は、今度はダルムへ向かった。






『……え?シノブさん?!』


『た、隊長!シノブさんがっ。シノブさんが来てます!』


『獣神様もようこそ。またお越し頂けて嬉しいです』


『シダ村でのこと、聞きました』


『お元気でしたか?心配してたんですよ』


そう口々に歓迎や心配の声を掛けられて、じんわりと暖かいものが心に積もる。ああ、やっぱりダルムは居心地が良い。住みたくなっちゃうよ。


『シノブ?!』


『ダス隊長!』


バタバタ駆けてきた彼に手を取られて、心底ほっとした表情をされる。懐かしい人に自然と笑みが浮かぶんだ。


『シダ村の事、そいつミイドからの書簡で聞いたんだ。良かった、皆心配してたんだぞ』


『おかげさまで、何とか。気付いたら3ヶ月も経ってたのにはびっくりしましたけど』


『3ヶ月……。やっぱりお前1人でシダ村へ行かせるべきじゃなかったんだな』


そんな風に会話してると、イーニス様の呟きが聞こえた。


『……シダ村?心配、って』


あ。イーニス様達のことすっかり忘れてた。


『シノブ?こちらの方はどこの貴族だ?』


何で貴族連れて来てる?って顔を私に向けるダス隊長。と言うか貴族だって良く分かるね、流石です。


『あー……えっと、こちらはイーニス・ナータ・ハイドウェル様です。ハイドウェル伯爵家のご子息でいらっしゃいます』


『あなたがダルムの隊長か、暫く世話になるよ』


『は、はい。では先ず宿をご紹介致します。ダルムでの安全は保証いたしますので、ご滞在中はどうぞご自由にお過ごし下さい』


流石に伯爵子息に私と同じ口調は出来ないのか、隊長は丁寧な言葉遣いでイーニス様を案内していく。ダルムならうろ覚えだけど、どこに何があるかは憶えてるから後から宿を教えてもらえば合流出来る。と思ってたら。


『シノブも行くよ』


『え?何故ですか』


『何故じゃない。どこでやすむつもりだい?』


『……詰所、とか?』


『却下。女性に男だらけの詰所で晩を過ごさせること、させるわけないだろう』


ええぇ、楽しいのに……。兵士の皆と色々喋りたいのに!でも嘆息したイーニス様に手を引っ張られては従わないわけにはいかず、渋々紹介された高級宿に泊まることになったのだった。



***



イーニスside


『さて。詳しく聞こうかな、シノブ』


『……な、何のことでしょう?』


宿の部屋で護衛2人に僕とシノブ、ミイド殿にダルムのダス・イルゥダ隊長と人型になった馬神の獣神が揃う。そろそろと視線を僕から逸らすシノブ。その顔には『隊長……』と若干恨めしげにそばに居るダルムの隊長を見ている。そしてその隊長はその視線から逃れるように気まずげに彼女から視線を逸らした。残念だけど、逃すつもりはないよ。


『さっき、門兵や隊長も言っていたね?心配していた、シダ村のことを聞いたと。シダ村はどこの村だい?……そこで、何があったのかな』


『……』


『ダルムの兵達は知っているようだね。僕や護衛の皆には言えないこと?』


ダルムの隊長や兵が知っているのに僕達は知らないシノブがいる。それは、シノブが陛下が手に収めた稀有な『契約者(保護対象)』だからではなく、彼女が大切だからこそ知っておきたいんだ。母上が娘にと、僕も妹にと望んでいるシノブをもっと知っておきたい。


『……その、ですね。実のところ、あまり憶えてはいないんです』


酷く言い辛そうに切り出したシノブ。地図を出して説明を求めれば、驚くべきことを言い出したのだ。


まずこのダルムの位置を示し、すーっと指を滑らせネイアとシロムの中間に位置する廃村群の一点に指先を止める。


『私が、シダ村に賊の襲撃があったと知ったのはダルムから発つ時でした。あの村は100人に満たない村で、戦力となる若い人は僅かしかいないんです。反撃どころか防御力すら皆無と言って良かったと思います』


とつとつと口にする彼女の次の科白に、思わず瞠目したのは仕方ないことだと思う。


『私は皇雅に昼夜強行をお願いしました。この飛び地に群生する森を、突っ切って村へ向かったんです』


『?!』


本来ならミカス、せめてでもイルトの関所を通過して行く道程。それでもかなりの強行だと思うが、彼女は寝食を抜いて、イルトすら寄らずに直行した。隊長に尋ねれば『鍛えた兵でも、馬を潰すのを承知で急がせなければいけません。イルトに最低限滞在した上で馬を取り替え3日は掛かります』と言った距離を、シノブは馬神の力を頼りにたった1日で走破した。なんて無茶を、と呆れると同時に嫌な予感がしたんだ。賊の襲撃、シダ村への昼夜強行。それは、シノブが賊とかち合うことを示すと気付いたから。


〈ここからは我が語ろう〉


静かな声で彼女の代わりに口を開いた獣神のが、〈シダ村で世話になったことがある〉と切り出した内容は驚愕の事実だった。


〈『自分を憶えていたら必ずまた来る』と別れ際に村の子らと約を交わした。己からの約を違えることをシノブは嫌う。かの村の全員より好かれていた故、我がシノブには見捨てる真似は出来なかったのだ。例え力不足であろうとな。それ故、我とシノブで賊らと相対した。ミイド、数を憶えておるか?〉


『はい。100人程度だったかと』


『100、人?』


嘘だろう?そんな大人数に、立ち向かったというのか?!悪事を得意とする賊に、たった1人で。


〈シダ村はシロムの管轄下。だがそこの隊長が後援を寄越してくれたゆえ、2日目の暮れには片が着いたのだ。体得した体術、剣術でシノブは賊らと渡り合ったが、死者はおらぬ。総て四肢を動かす筋を斬るに留められている。ダルムより約半数の兵をミイドが率いて参るまで1日半。よく持ち堪えたと称賛に値はすれど、叱咤や諫言を受ける筋合いなどない。言うでないぞ、ハイドウェルの息子よ。その場に居らぬ者に口を挟む権利などなかろう〉


いつもなら名を呼ぶのに冷たい言い回しをされて、ぐ、と出掛けていた言葉が喉に詰まる。座っている僕に対し獣神の彼は立っている上、その高身長からの強い視線の圧力が〈シノブを責めれば赦さぬ〉と言っていた。


『圧勝、したのですか』


〈うむ、圧勝というに相応しいであろうな。……だが代償もあった〉


『代償?』


〈あの時、我がシノブの心は1度壊れた。戦闘中、1人倒す度にひび割れ……ミイド達ダルム兵が参り終着した時、闇に沈んだ〉


『!!』


〈シノブはこの国に来るまで、護身以上の術を会得したことも使用したこともない。闇に沈んでから目が覚めるまで・・・・・・・に2週間。ものを食せる様になったのは更に5日後。食事量が以前程まで戻れども、心は長らく置き去りのままであったのだ。時折、情緒不安定になっては譫言うわごとで賊らへ詫びていた。薫花の1月上旬からシダ村に居たが、心が戻って来たのは潤水の下旬だ。この一件後、ミイドは副隊長の任から離れた。

この件をハイドウェルの者が知らぬのは当然のこと。気付かねば話すこともなかったのだが〉


気付いてしまったものは致し方ない、と彼が嘆息する。……心が壊れた、とは。我が家での言動、森での生き生きとした楽しそうな表情や行動からはかけ離れた姿に言葉を失った。


『イーニス様、どうか気にしないで下さい。そして、出来るなら忘れて下さい。お願いします』


そう言ってそっと微笑んだシノブの顔が、ダルム滞在中、ずっと心に残っていた。

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