4-2 壊されたもの
non side
〈貴様……っ〉
首都兵に気絶させられた忍を受け止めた白貴が呻る。本当に僅かな隙を突かれたのだ。
『我々を全く信用しない者を、何事もなく首都までお連れ出来るとは思いません。我々は獣神様とその契約者を保護せよとの命に従うのみです』
悪びれもなく、敬語はあれど慇懃無礼にそう告げた兵は更に忍から剣と木棒まで奪い上げると自身の隊長へ預け、さも当然のことであると言わんばかりに隊の一員へと戻る。その言と行動に、格上の獣神は2神とミイドにこれ以上は無い激しい敵愾心を生まれさせた事など露知らずに。
彼らは気付いていない。忍を抱き上げる長身の男も獣神であることに。皇雅と白貴、そしてミイドにとって忍がどんなに大切な存在であるのかを知らない。でなければ契約者の意識を失わせるなどと大それた事を仕出かす事はなかっただろう。自分達が取った言動こそが皇雅達の信用を地に堕とした事を、そして彼らの氷点下の怒りを推察すら出来ない謂わば愚鈍な首都兵。
自身の装備だけは死守したミイドは、忍を抱え上げ今にも殺さんとばかりに首都兵を冷たく睨む白貴を護る位置に立つ。皇雅はその反対側に立ち彼らを威圧していた。忍の身の預かりを視線に晒されながら申し出る兵らを見やる2神と1人の意は同じだ。
貴様なんぞに絶対に渡してなるものか、と。
忍の意識がないうちにと性急に事を進め出立した首都兵と皇雅達は、その驚くべき速さで翌々日には首都アトゥルへ足を踏み入れた。宰相直下と言うだけあって、その融通の効きの良さは他の兵隊よりも格段に良い。身分証明と宰相と国王の連名の拝命書を提示すると一行は居城へと姿を消し、その場に居た兵達がその後姿をじっと見つめていた。
『……獣神様、2神共お怒りだったよな……?』
そう漏らしたのは一体どの兵か。首都兵でない事だけは確かである。
***
城、よりも王宮と呈した方がしっくりくる広大さを誇る居城は、言うもがなシン国国王が暮らす建物であり、彼を始めとする宰相や大臣、後宮や彼らが過ごす為に働く者達が生活する部屋など用途が多岐に渡る空間が広がる。
その一部屋に、忍は居た。『保護せよ』との命を受けていながら来賓用とは言い難い部屋に。その部屋は賓客の護衛達が控える間であり、確かにそれなりに居心地は良いが厭くまでそれなりなのだ。しかも忍達を連れて来た首都兵の独断。唯一幸いだったのは、皇雅や白貴達もその部屋に居るということだ。首都兵にとって敬う対象となるのは獣神だけで契約者ではない為、未成年でもある忍を軽視していた。彼らは皇雅に賓客を通す部屋へ案内しようとしたものの無論彼が是を示すはずもなく、白貴とミイドの答も『否』。部屋の移動にしろ、そこに忍が居なければ何の意味も無いのだから。
『こちらはお返しします』
隊長格の男から渡されたそれ。獣神の手前からかミイドに手渡しされたその2つと、ミイドが眉を顰めたのはほぼ同時。では、と室内から辞した彼の事など一瞥もせず今だ眠る忍の傍に佇む2神の元に戻ると小袋の口を広げ、苦しげに息を飲んだ。
〈これは〉
〈主殿の……〉
獣神2神の呟き、その視線の先には無惨にも数等分にされた忍の護身用の木棒の成れの果てがあった。更に一見無傷にも見える細身の剣は、鞘を持ち振ればからりと嫌な音がする。
『シノブさんが何をしたと言うんだ……』
恐る恐る取り出した剣身は、鍔から半分程で2等分にされていた。ご丁寧にも折れた剣先も鞘に収められた状態で。この剣はダルムの鍛治職人が忍の為にと鍛錬したもので彼女は剣身を度々研きそれは大切にしていた。木棒に至れば、忍がオリネシアに現れて初めて手にした護身具。護身以外にも東地方での日々にも活躍し良く手に馴染んでいた物。それを知らぬ間に破壊されていたと知った時の動揺はいかばかりか。2神と1人の気は重くなる一方だ。
『……っ』
運が良いのか悪いのか、暫くして忍が目を覚ました。寝かされていたやや豪勢な長椅子の上で上体を起こして皇雅や白貴達の心配に大丈夫だと応えるが、愛用していた物の無惨な姿に少なからずも動揺した。胸元に残骸と鞘に収まった愛剣の成れの果てを抱え、それでも涙を見せることはなく。
『……ごめんなさい』
項垂れその口から漏れたのは、たった一言。それは使えなくなった剣と木棒に対するものなのか、それらを渡してくれた村人や職人に対してか。計り知ることは出来なかった。
どれ位そうしていたのか、不意に面立ちを上げた忍は、現時点までの状況をミイド達から聞くと今後の事を相談しだした。決して壊された物について気持ちを切り替えられたわけではない。彼女にとってこの2つはそれだけ存在が大きかったのだ。現時点では忍の契約神は皇雅のみと思われていることなどを確認すると、忍は白貴に切り出した。
『白貴、人型で瞳の色を変える事は出来る?』
〈可能だが、主殿。何故に?〉
『白貴が2神目の契約神だと、今は知られない方が良いと思う。契約した事を否定するんじゃないよ?今はまだ、隠しておいた方がいい気がするんだ』
『シノブさん?』
『ミイドさん。オリネシアでは獣神と契約した人は滅多に居ないんでしょ?だから『選ばれし者』なんて言われるし、今みたいな目に遭ってる。皇雅だけでもこうなのに、白貴とまで契約したことが知れたらどうなるんだろう。きっと大騒ぎになる気がする』
忍の答にはっと彼女を見つめたミイド。確かにそうだ、そうなのだ。何故気付かなかったのだろう。彼女の聡さに思慮が足りなかったことを知らされる。
たった1神、されど1神。今まで実際に見た事も聞いた事も無かった格上の獣神。滅多に姿を現さない獣神が多数の人間の前にその姿を見せる事だけでも珍しいのに、それが契約者が居るとなっただけで国王が、宰相が動いたのだ。1神の獣神と契約した人間と言うだけで事態が動くのに、それが2神と契約したとなればどうなることか。
……間違いなく、その契約者の自由は無くなるだろう。
それを、明確でなくとも忍は分かっている。いわゆる本能という無意識下で。
『それからね、皇雅。皇雅にも人型になっていて欲しいんだ。建物の中じゃ獣神姿より人型の方が動き易いと思うから。……また、旅を続けられるといいなぁ……』
忍の願望。本人達は知らないが国の保護など、彼らが望む所ではない。ただ、自由にこの面子で旅をして行きたい。その望みが実現するか否やが、この後、決まる。




