3-12 旅の終わり
ーーー思えば、私はすごく恵まれてる。
そう、不意に思ったのは紅涼も終わりに近付き、南地方に近い崖の側で夜を過ごした時で。その日は日本にいた時ですら見た事がない、見事としか言いようがない大きな満月が煌々と輝いてる晩だった。
この世界に落ちてその日のうちに皇雅と出会い、言葉が通じるようになった。ネイアでは大奥様に服を仕立てて貰い、お金まで用立ててくれた。シダ村じゃいきなり現れた私や皇雅をもてなしてくれたし、ダルムでは街の人も詰所の兵も皆が受け入れてくれた。1人飛び出してしまったシダ村の救出にも手を貸してくれたし、ミイドさんに至っては副隊長なんて地位にいたのにそれを捨ててまで旅に付き合ってくれる。今だって白貴が家族に加わって……いつか奈落に突き落とされるんじゃなかろうか。
『シノブさん。何を、考えて?』
『……綺麗だねぇ』
夕飯も済ませてあとは眠るだけ。そんな時に見上げた月に私は現状を考えていたけれど、唐突に掛けられたミイドさんの声には曖昧に応えた。今が恵まれ過ぎて、そのうち地に落とされるんじゃないか、だなんて弱気……言えない。
『こんな大きくて綺麗な満月、日本じゃ先ず見れない。どうしても建物が邪魔するんだ、私の故郷では。発展の代償で空気もここより汚れてるから星も綺麗には見えないし、夜でも眩しいほどに光が溢れてるからそれに掻き消されてしまうしね』
『……』
ミイドさんは何も言わなかった。ただ、私の話を聞くだけで。もしかしたら心の底の気持ち、ばれてるのかもしれない。でもそれでも何も言わないでくれているのはとても有難くて。もしかしたら彼の優しさに甘えてしまってるんじゃないか、なんて遠慮も少し芽生えていたりもする。
『……甘えじゃないからな?』
あ、先手越された。
『全く、家族だと言ってくれるなら遠慮するなと言ってるのにな。物思いに耽るのは良いが、風邪引くぞ?』
わしゃわしゃと手を伸ばされて髪を乱してくるミイドさんの顔は、仕方がないという諦め混じりの苦笑だった。わしゃわしゃ、わしゃわしゃといつまでも頭を撫で回す。くそう、私は愛玩動物じゃないのにっ。
『ミイドさん撫で過ぎ!』
私にも撫でさせて、と手を伸ばすと避けられる。何故だ。ミイドさんが良くて私が駄目だなんておかしい!まあ別に髪が乱れるのは構わないんだけども悔しいことに変わりはない。
『シノブさんは可愛いからな。可愛いものを撫で回して何が悪い』
いつの間にか彼の苦笑はどこか面白がっている笑みになっていた。どう足掻いても彼は撫でさせてはくれないらしいので、他を撫でることにする。
『白貴』
〈主殿?〉
来て来てと手招きして側に腰を下ろす獣神姿の白貴。その大きなもふふわの頭や耳の後ろ、眉間近くとかを撫でまくる。もふもふふわふわ=癒し。そして正義。異論は認めない。
『ミイドさんはけちだよねぇ』
文句を言いつつ首辺りに顔を埋め更にもふもふを堪能すれば、白貴が何だか嬉しそうだ。これぞ一挙両得というもの。白貴は私に撫でられる事が好きらしいし、私は癒しを手に入れられるからね。
〈主殿、そこは……っ〉
白貴の弱い所は耳の付け根、というのは何度か撫でてあげているうちに気付いた。重点的に撫でてあげるとふにゃりと至福の表情になる。獣神姿で表情がこんなに分かりやすいのも珍しいのではないだろうか。と言うか白貴、雄だよね?男がそんな無防備に幸せに浸って良いのか。まあ可愛いから良いけどさ。獣神の威厳なんてものはとっくの昔に形無し。白貴曰く、私の手腕が良過ぎるからいけないのだそうだ。知るかい、そんなこと。
そんなこんなでミイドさんとも剣術や算術の教え合いをしながら日々を過ごし、日本で見知った植物を発見しながら皇雅や徒歩で森を進み、時折白貴を撫で回したりするうちにオリネシアに来てから2度目となる薫花に移り変わって。のんびり自適な旅が、これからも続くと思っていたんだ。
彼らが、私達の前に現れるまでは。
いつも拝読有難うございます!これからもよろしくお願いします。




