3-11 快適な旅路
〈 〉:獣神の声ですが、皇雅と白貴の一番の違いは相手の呼び方です。皇雅は基本呼び捨て。白貴は『主殿』と敬称付けな上、名呼びはしません。忍に忠誠を誓ったけじめの様なものと思って下されば。
皇雅に対しても『皇雅殿』と呼びます。白貴よりも皇雅が年上だからでもあります。あとは口調。皇雅は少々『〜故、』など堅い部分がありますが、白貴にはありません。どちらかといえば淡々と事実を述べる感じです。の割りには忍には感情豊かな気が……。
途中視点変わります。
皇雅とミイドさん、そして新しく白貴が加わり4人となった旅は非常に快適。白貴は日中は人型、皇雅は獣神姿。晩になると白貴は白狼に戻る。昼から獣神姿でも私は一向に構わないのだけど、彼が首を振る。『何で?』と聞けば昼間は余り私の役に立てないからだそうだ。それならわざわざ獣神姿で居続ける必要もないだろうと。
〈移動する際、主殿は皇雅殿に乗るだろう。我は狼だから騎乗には不向きだ。植物の知識も主殿には劣るし食す必要のない身体に生まれた為に、主殿やミイド殿に食事を作れる訳でもない。日中に我が役立つことは無いのだ〉
少し寂しそうに告げられる。いや、そんな事ないよ。本当にないからね?旅の連れが増えて楽しいしさ。そんな白貴が何故夜に獣神姿に戻るのかと言えば、皇雅の代わりに警戒に当たるらしい。今まではずっとミイドさんと皇雅に任せっきりにしてしまっていたから、心苦しさも少しばかり軽減した。いや、本当は私も寝ずの番を出来たら良かったんだけど……2人がやらせてくれなかったから。白狼は馬より警戒心が高いとは白貴談。獣神姿なら皇雅より広範囲で警戒出来るからなんだって。無理しないでね、とは重々に伝えておいた。ほんと、無理だけは絶対駄目だからね!
で、獣神姿に戻るのにはもう1つ理由があって。
〈主殿の役に立てるのなら否などあるはずも無い〉
そう喜び勇んでやっているのは私の添い寝だったりする。今の季節は紅涼で、寒いまでとはいかなくても朝方や夜は涼しい。だから最近は白貴の毛皮に身体を預けて寝ているんだ。マトルは持っているけど、身体を包み込む様な大きな天然毛皮に勝るものは無い。それがぬくぬくと温かければ尚のこと。
白貴の横腹に埋れてマトルを毛布代わりに掛けて寝る。野宿でこれ以上の贅沢はないよね!
***
白貴side
夜の帳が下り、ミイド殿が熾した火の周りを皇雅殿達と囲んだ。獣神姿に戻り伏せた我の腹には主殿が寄り掛かりうつらうつらと微睡んでいる。
あの日も、妻の見てみたいという願いでもあった花を探していた。だが幾ら探せども見つかる事はなく、不甲斐ないながらも我は花を諦めていたのだ。ところが息子達は違った。未だ四肢も充分ではなく駆ける事も漸く出来るようになったというのに、あちらこちらへ行っては花を探し続けていた。妻の喜ぶ姿が見たい一心で。
だが、母を思う息子心に絆され自由にさせていたのが我の過ちだった。その日、息子達が我と妻の下へ戻って来ることはなかったのだ。
我と妻は必死に探した。彼方の茂みに隠れては居ないか、此方の大木の樹洞に身を寄せていないかと。だが我が土地神であるこの森は広く深い。只々焦る心ばかりが募るだけで息子達は見当たらない。
これ程に後悔した事はない。獣神は番を持つことは出来るが、子を授かることは極稀。漸く授かった我が子を喪えば、2度と永い生涯で子に恵まれないかもしれないのだ。番になった相手と我が子まで獣神と同じ年月を生きられる訳ではないのだから。
翌日になっても我息子達は見つからず、妻は狂う様に息子の姿を求め続ける。我も妻のそばで我が子達を探し続けていた、そんな時だったのだ。何かに反応し妻が飛び出していったのは。
やっと我が下に戻って来た息子達に、先ずは妻を心配させたなと雷を落としておく。それから事情を問えば何と崖の中腹に落ちてしまっていたと言うではないか。この森で崖となるとあの滝の絶壁しかない。そんな危険極まりない場所に居たと聞き絶句した。落ちれば一溜りもない高所なのだ、落ちた者は絶命するだろう。
最初は妻も我も警戒していた、息子達を抱いて現れた相手。まさか崖上へ戻れなくなっていた息子を救ってくれていたとは!更に彼女は馬神である皇雅殿の契約者だった。オリネシアの者ではない事も、我にはすぐに分かった。だがそんな事はどうでも良かった。唯一の息子達を、救ってくれた恩人なのだから。
獣神にとって喪えば2度と恵まれないかもしれない子供。そして我と妻の何より大切で慈しむ息子。そんな唯一無二の存在を救ってくれた彼女に、何か返したい。そう思ったのは我も妻も同じだったのに、彼女は『礼が欲しくて助けたわけではない』と言い、自分達の最上のものを救ってくれた礼すら返させてはくれないらしい。同族の命を助けてくれた恩、それはやはり彼女の身を護ることで返さねば、というのが我と妻の一致した答えだ。
我ら白狼も然り、黒狼灰狼も警戒心が強い生き物だ。それは脈々と子孫にも受け継がれ決して変わることはない。……なのに息子達と言えば、特に下の息子の彼女への懐きようは何なのだ。確かに命の恩人ではある。恩人ではあるが、何故そこまで懐く?それも父である我よりも先に!
息子の余りの懐きようと彼女の嬉しげな表情に思わず巡った思考。そう思ったことにも驚いたし、自身の中にこの様な感情があるなどと初めて知った。……ああ、その手で我も撫でられてみたい。それなのに彼女は息子ばかりを撫で、そればかりか頬擦りまでする。羨ましいの一言に尽きる。
そこからは少しばかり抵抗があったものの、我は彼女の契約神となることが出来た。恩を返すことも無論の事、我が彼女を知りたかったと言うのもある。そして『イガラシシノブ』との真名を受け、我には白貴と名をくれた。白狼の名に相応しく、白く貴い存在だからと聞き我が心が歓喜に染まる。彼女は知らないだろう、我が至福に包まれているとは。
別れを渋る息子達を宥めて妻に託し、主となった彼女の旅に同行する。だが馬である皇雅殿や主殿と同じ人間であるミイド殿とは違い、狼である我が役に立てることは殆どない。獣神姿が本来の姿ではあるが、役に立てないのであれば獣神姿で居る必要がどこにある?
だが闇が辺りを包む頃、沈みがちの我を主殿は気遣ってくれた。我に主殿の役に立てる機会を与えてくれたのだ。それが添い寝だった。幸い今は紅涼、マトルは持ってはいるが我の毛皮に埋れて眠ることがお気に入りであり贅沢な事だと笑みを零す主殿。そんな事で喜んでくれるのか。あまり役に立てない我が主殿の側に居ても良いのか。こんな些細な事で彼女が喜んでくれるなら、我は幾らでもこの身体を差し出すだろう。
抑えきれない歓喜は尾にどうしても現れてしまう。主殿を包む様に、我は尾を身体に引き寄せたのだった。
命を守ってもらった恩は同じく命を護ることで返す、というのが同族意識が高い狼達の考えです。




