3-8 お父さんが獣神でした
抱き上げて頭を撫でてやると、グルグルと喉を鳴らす。はて。喉を鳴らすのは猫科の動物ではなかったっけ?……いや、ここ地球じゃないし、異世界で気にしたら負けだ。うん。
『お父さんやお母さんはどこに居るの?きっと心配してるよ、帰らなきゃね』
白狼の仔の兄に声を掛けると、鳴いて先を行く。そして少しすると立ち止まって私達を振り返った。
〈ついて来て欲しい、と言うているな〉
『え、白狼って警戒心強い……んだよね?』
『のはずだ』
白狼の兄弟よ、それで良いのか。警戒心のけの字も無いけど?寧ろ弟には懐かれてるけど?!突っ込みどころはあるけれど、とりあえずついて行くことにした。滝から離れて更に森の奥へと進む。そうして暫くして前方にがさりと現れた姿に、思わず足が止まる。
ウゥと低く唸り私達を威嚇するその白狼は、私達の側に居た白狼の仔達に気付くと更に牙を剥き出しにする。こ、これってピンチでは?
〈シノブ、仔を離してやると良い。この兄弟の母親だ〉
皇雅の科白にはっとした。もしかして子供を奪われたと思ってるのかと思い当たって慌てて白狼弟を地面に下ろしてやると、だっと駆け出し大きい白狼へ近寄っていく。急激に動くと敵と思われそうで去るにも去れず、取り敢えず様子見をすることにした。大型犬より少し大きいくらいの母親は子供が戻って来ると威嚇を収めてくれた。けどまだその瞳には警戒心が見て取れる。
『……皇雅、白狼のお母さんに敵じゃないって伝えられる?あと去っても良いかって』
小声で頼むと、皇雅は少し母親を見てから別の答えを返してきた。
〈その必要はないと思うのだがな〉
それはどういう意味なのかと問う前に、右斜め前方から悠然と現れて歩を進めてきたのは、母親よりも体躯の大きい別の白狼で。 思わず後退りせずにすんだのはその瞳が皇雅と同じ深紅色だったからだ。つまりはあの白狼も獣神。
『じ、獣神様……』
隣でミイドさんが漏らした声は本当に小さな音量だったけど、彼には聞こえたらしい。こっちへ顔を向けると歩み寄って来る。そして。
〈我が息子を救ってくれた事、感謝する〉
静かな、けれど少し掠れたハスキーボイスの声で頭を垂れてそう告げられた。
『え、いや、そんなお礼を言われるような事は』
していない、と咄嗟に出た返しに目前の白狼の獣神は首を振る。獣神というのは総じて体躯が大きいんだなぁと漠然と頭の片隅で思った。皇雅ほどに体高はないにしろ、彼も非常に大きい。何しろ167cmの私の腰まであるんだから狼として巨体と言えるんじゃなかろうか。
〈礼をさせて欲しい。異世界より参りし馬神の契約者殿〉
ば、ばれてる?!
……あ、そう言えば初めて会った時に皇雅が言ってた気がする。人間を透かし見て善悪や出身を判別出来るって。
それよりも。
『本当にお礼は必要ない、ですよ?』
〈それでは我の気が済まぬ。妻も同意なのだ、受け取ってはくれまいか〉
『いや、うーん……』
本当に良いんだけどなぁ。お礼目的でしたことではないし、そもそも獣神の子供だなんて知らなかったしさ。というか獣神って神だよね?神様でも子供出来るんだ?
〈馬神殿も口添えして貰えぬだろうか。獣神がどれほど子を得難いかは、馬神殿も周知のはず。我が子らを失うやもしれなかった我が胸内を察して欲しい〉
〈……と言うておるぞ、シノブ。確かに獣神は他に比べ非常に子を成し難い。生き物とは言え神だからな。1度失えば2度と恵まれぬ事もあり得る。だから狼神はシノブに感謝を伝えたいのだろう〉
皇雅の援護射撃が加わって、益々断りにくくなっていく。どうするかなー、私は本当に気持ちだけで充分だし。
『きゃう』
『ん?』
悩んでいる中で足元から聞こえた鳴き声に下を見ると、助けた仔が私を見上げていて。
『また抱き上げて欲しいの?』
その問いにグルグルと喉を鳴らして嬉しそうに尾を左右に振った。しょうがないなー、何がそんなに気に入ったのかな。
『ほら、おいで』
両手を広げ促せば飛び込んでくる。耳の後ろや頭を掻いてやると、そりゃあもうご満悦の顔をするから悪い気はしない。
〈……〉
ただ、白狼の獣神の彼がじとっと見てくるけども。何故その瞳に羨望の色が見えるんでしょうか……獣神様?




