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闘神の御娘(旧)  作者: 海陽
3章 東地方
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幕間 旅の合間に

ミイドside

東地方の森で日々を過ごして、早いもので繁生が終わろうとしている。今年の繁生程、快適に過ごせたことは無い。全てはシノブさんの知恵のおかげだ。


故郷での知恵はこのオリネシアにも通用するらしく、俺や獣神様が尋ねれば惜しげもなく名も無い草や樹木を見て、これはこういう名前、あれはこんな名前だと教えてくれる。本人は謙遜なのか『まさか!違う違う』と言っていたが、やっぱり博識だと思うんだ。特にあの『レモンバームウォーター』とシノブさんが言ったレンモールの香りが仄かに匂う水。あれは凄かった。毎年の悩みの種であるキートの被害、それが殆ど無かったから。それに香水のようにも使える事に気付いてからは、更に用途の幅が広がった。香水は茶と同じく貴族以上でないと手を出せない高級品だ。それを本物ではないとはいえ、擬似品を創り出してしまった。


そして茶も同様。自身を『お茶大好き人間』と言い、原料があるのにお茶が飲めないなんて!と悔しがったと思えば、『ちゃのき』という背の低い樹木から葉を採り蒸した後、広げて乾燥させていく。今度は何を創り出すのだろうと最近は俺も結構楽しみに眺めているんだ。彼女の創り出すものは実用的なものが多いし、俺もその恩恵を受けさせてもらっているからな。

そうして数日後に完全に乾燥して縮んだ『ちゃのき』の葉を、今度は鍋に沸かした湯に入れていく。するとどんどん湯が緑に染まっていくんだ。


『おお!ミイドさん、お茶出来たよ!お茶っ』


ライを見て食べた時と同じくらいに興奮し嬉しそうに鍋を見る彼女。容れ物に葉が入らないように慎重に緑色の湯を移すと、1つを俺に渡してくる。


『これが……茶、なのか?』


『うん。これは緑茶だよ。緑のお茶って書いて緑茶。身体にも良いんだよー』


1口啜って美味しいとほっこり表情を緩ませるシノブさんに、俺も口を付ける。苦味はあるが何だか癖になる味だった。……これが茶。


『お茶農家さんのお茶には程遠いけど、自前ならこんなもんだよね。オリネシアでもお茶が飲めるなんて嬉しいな』


……『お茶のうか』?

また知らない言葉が出て来た。だけど彼女は異世界の人。俺が知らない言葉を知っていて当然で、これからも先、知らない言葉は多く出てくるだろう。だから1つ1つ事あるごとに尋ねることはしないことにした。



***



『はあっ!』


『甘い!』


『っ、ならこれで……ッ』


昼間、俺はシノブさんに剣術を教えている。1日おきに互いに真剣で打ち合い、手解きをしているんだ。本当は刃を潰した物でやりたかった。万が一彼女を傷つけてしまったらと思うと剣術を教えたくはない。けれど結局その粘り強い懇願に負けたのは俺も彼女に甘いからだと思う。獣神様にも〈甘いな。シノブの事を言えぬぞ〉と笑われてしまった。


シノブさんは学ぶ事に貪欲だ。そしてそれを己の物にするのが速い。乾燥しきった地が少量の水を吸い込むように自分の力にしていく。その本気を知って、ダルムで部下達を扱いていたのと同様の厳しさで彼女を鍛えているが、女の身ながらしっかり付いてくる。

相手から目を離すなと叱咤すればきちんと次に反映してくる。脇が甘いと言えばしっかり固めてくる。実力で俺が抜かれてしまう日も近いかもしれないな。女に負けるなんて、と言う気持ちにならないとは確信が持てる。まあ、相手がシノブさんだからこそだが。……もちろん俺も精進しなくては。



俺が剣術を教えない日は立場は逆転する。シノブさんに算術を教えてもらうその日は彼女が師だ。先ずはどこまで算術が出来るのかと聞かれ『2桁の足し引きまで』と答えると、少し悩んでから教えてくれた。


『私は暗算で5桁6桁の計算が出来るけど、ミイドさんには先ず3桁位まで出来るように教えるね』


5桁6桁?!……先ずそこを聞いた時点で彼女との差が明確になり内心落ち込むが、何とか気を持ち直した。


『例えばね、んーと……』


彼女が悩みつつ地面に絵を描いていく。


『オレジが籠の中に3個あるとして。もしそれが5個あったらオレジは全部で幾つあるか。ミイドさんはどう計算する?』


『……3を5回足す、だろうな。オレジは15個だ』


『うん、足し算ならそう。3を5回足せば良い。でも1発で計算できる方法があるんだよ。掛け算って言うんだけど』


掛け算と地面に文字を彫り、そう言ってシノブさんは『掛け算』と言う算術を説明する。そして『九九』と言う簡単な覚え方を伝授してくれた。1通り教えてくれた後で、オレジの例えの答を告げられる。


『同じ数、つまり3が5個ある。と言うことは3×(掛ける)5で、答えは3×5=15さんごじゅうご。足し算と同じ答になるでしょ?』


応用も出来るよ、との言葉が後に続く。その衝撃は驚くなんて物じゃない。余りに画期的過ぎて、彼女の教えに必死に頭を働かせて付いていった。『筆算』と言うやり方も教えて貰った。あれは凄い。計算の痕跡が目に見えるから、どこが間違えたのかも分かり易い。


日を重ねてやっと3桁位まで足し引き掛け算が出来るようになると、日を改めた次の機会には『テスト』だと言って俺がきちんと理解出来ているか試される。そして出来ていれば笑顔で喜んでくれるんだ。ついつい見惚れてしまうのは……彼女には秘密だな。


足し算引き算の桁数を多くし、掛け算を習い、その桁も増やして……と彼女の教えは難度が高くなっていく。けれど難しいと感じないのは、シノブさんが根気強く俺がその難度を完璧に理解出来るまで付き合ってくれるからだ。そうして彼女までとはいかなくても、4桁までならこなせるようになった。だが俺が4桁に辿り着く為に四苦八苦してる間に、シノブさんは7桁8桁まで進んでしまったが。


足し算と引き算そして掛け算が出来るようになった俺に、彼女が次に教えてくれたのは『割り算』。


『全部で20個のレンモールがあるとして、5人で均等になるように分けた時。自分の物になるレンモールは幾つか』


これは掛け算が応用出来るんだよと言われ、九九を口の中でなぞらえていく。……5×4=20ごしにじゅう、と言うことは1人4個か。


『そう正解!でね、この割り算も筆算が出来るんだ』


地面に数字と何かの記号のようなものを彫ると、これが割られる数でこっちが割る数、と説明していく。そうしてこの割り算と筆算を自分の物にする為に、俺はまた何日も費やした。俺にとって足し引き掛け算、そして割り算も4桁の問題の正解を出すには筆算をしてもかなり手間取る。だがシノブさんはそれを全て頭の中で解いてしまうんだ。それも1アド(1分)も掛からずに。


『私や私と同じ年齢の子は高校で数学を学ぶけど、因数分解、証明、微分積分、方程式、関数……たくさん習うんだ。多分オリネシアには無いと思うし実際生活する中で使うかって言われたら微妙な所だし。……そう言えば高校数学は頭を使わせる為にいろんな問題を解かせてるんだって言われたなぁ』


いんすうぶんかい?びぶんせきぶん?ほうていしき……?シノブさんの世界では算術は『数学』と言うらしい。数の学問だから数学、成る程なと思ったのと同時に、シノブさんの母国では彼女くらいの齢の人は皆、算術が桁違いな難度を解くことが出来るのだと言うことに、俺はただただ驚くしかなかった。

オレジ:蜜柑。

レンモール:檸檬。

キート:蚊。


本来のお茶の製造は忍がしたような簡単な手順では勿論ありません。手間暇掛けて作られますが、ファンタジーなので作者がイメージで書いてみました。ご了承を……。

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