2-12 忍の豹変
途中、視点が変わります。
「皇雅、何でこんなのばっかり絡んで来るのかな」
〈シノブが男に見えるのであろうな。男にしては小柄な体躯故に舐めておるのだろう〉
「そっか」
淡々と呟いた自分の言葉に、何かがすとんと胸に落ちた。……ああ、これは苛立ちだ、と。シダ村のことがあっても、ネイアでの文官騒ぎは心にしこりを残していらしい。思い出したくも無い文官の顔。その顔が、前に居る3人に重なった。
見たくない。思い出したくない。
嫌悪感が蘇り、思わず顔を顰める。……すうっと周りで街の人達の不安や心配の細波が小さくなって消えていくのを感じた。どこかで感じた事がある、そう確信出来た不思議な感覚。そのふわふわ感のまま……私の足は彼らへ向かっていた。
***
皇雅side
3人を目にし、シノブの顔に嫌悪感が浮かんだ。それはネイアでのあの文官を思い出したに相違無いだろう。男と間違われ、良い様に操れると言外に言われたのだとその表情から感じ取り。女子の身で、あの侮蔑にはさぞや声を大にして拒絶したかったに違いない。その負の感情は未だその胸奥で燻って居たのだろう。
シノブの眼から感情が抜けた事に気付いたのは、シノブが動く直前であったと思う。我に一言も言わず、すっと足を踏み出す。
余りにも静かな所作。2歩目を地に着けた瞬間、その動きは俊敏な獣の如く疾くなった。
先ず左手の男。片脚を軸に身体を捻り、飛び蹴りに似た蹴りを放つ。躊躇無く、急所の1つ頸へ。タッと着地するや否や、央の者に手を伸ばすと襟を掴み、間を与えず其奴を宙へ浮かせ地へ叩きつける。右手の者へは、木棒を短く持つと鳩尾へ先端を押し付け背から地へ倒した。
『……ゔ、がっ』
前2人は声さえ上げれなかったが、鳩尾に食ろうたそ奴は短く苦声を上げた。急所の内、最も心臓に近い鳩尾。鳩尾を拳などでは無い硬い木棒でど突かれでもすれば、誰でも呼吸が儘ならぬ事は人間では無い我でも理解できる。
『この……っ!!』
地へ叩きつけられた男が、ふらつきながらもシノブへと反撃をと拳を振り上げる。が、振り上げたその形でそのまま固まった。
ひたり、とそ奴の喉元に向けられていたのは、触れる寸前で止められた木棒。鳩尾には代わりにシノブの膝頭がのし掛かっていた。あの者はさぞや剣の切先を向けられたと感じただろう。シノブは横をちらりとも見てはいない。それなのに何故、襲い来るあやつが分かったのか。
『動かないで下さい。……あなた方のせいで、あの男を思い出してしまった。どうしてくれるんですか』
酷く冷たく硬い声は、普段のシノブからは程遠い。一体どうしたのだ、シノブ。何故その様に豹変してしまったのだ?
俯いてその顔が見れないだけに、焦燥が我の胸内に広がる。頸を蹴られた男はまだ気絶したまま。喉元に木棒を突き付けられた男も、シノブが鳩尾に乗っている男も、一部始終を見ていた街の者達ですら、凍った様に動かない。
『おま、え……っ。何者だ……?!』
喉元に木棒を突き付けられたままのそ奴が声を絞り出す。
『その質問に答える必要はありますか?』
シノブの答はにべも無いものだった。
『私はあなた方に誰なのかと聞いた。あなた方は私如きに名乗るものはないと言いました。なら、私も答える必要なんてないでしょう?まあ、あなた方が答えたところで盗人の烙印が付くだけですが』
『っ、』
『前科があるなら尚の事、捕らえてもらわなくては。このシロムに、あなた方のような物騒な人は要らない。他の皆さんが安心して暮らせませんから』
存在を否定されたそ奴は、怒気も覇気も抜けたかのよう。体格など比べるもなく、華奢だと見縊っていた相手に一方的に伸された上、己の存在を否定されたのだ。力が抜けるのも無理はない。そんな凍った空間を動かしたのは、シロムの兵達だった。何事かと駆けつけ、シノブとそ奴らの現状を見ると動きを止めた。
『お、お前らはっ』
3人の顔を見た兵らは、持っていた縄で奴らを捕らえて行く。……シノブはだらりと腕を下げたと思えば、そのまま固まっていた。
〈シノブ。我が契約者。……戻って来るのだ我が元に〉
シノブのみに声を聞かせ、近寄る。異世界から我の元に現れたシノブは今、オリネシアに存在して居るが居ない。何時もの明るく笑うシノブが居ない。
帰って来い。
シノブの頭を髪を緩く食む。歯を立てずに何度も何度も。そうして鼻先を頬や髪に幾度も摩れば、やっと身動ぎした。
『皇、雅?』
か細く、だがしっかりと我が耳に届いたシノブの声。
『私、何を……あの3人を返り討ちにした、様な気がするんだけど……』
頭を押さえながらも背に木棒を戻す。細かった言はひと区切り毎にはっきりしていった。
〈……余り覚えておらぬのか。あの者らに何を告げたのかも?〉
『え、何か言ったの?皇雅、私変な事言ってなかったかな、大丈夫?』
ああ。
我は思わず歎息した。安堵したのだ、いつものシノブが戻って来たのだと。




