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闘神の御娘(旧)  作者: 海陽
2章 北地方
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2-8 泊まらせて下さいっ

ドカッドカッと力強い音と共に、地面を抉り土埃を上げる。皇雅の襲歩がこんなに速いなんて!


「凄い、凄いよ皇雅!襲歩ってこんなに気持ち良いんだねっ」


〈うむ、我も心地良いぞ。ネイアの兵はまだ許せぬが、良き気分転換になった〉


広い平野を暫く駆け続け、気持ちが落ち着いた所で漸く駈歩かけあしまで速度を落とした。


「あー楽しかった!……これからどうする?皇雅。次の街か関所ってどこにあるんだろう」


〈ふむ。ネイアより西へ来た故、ネイアと首都の間にある関所を目指せば良いのではないか?暫し待て、シノブ〉


閉眼し歩みを止めた皇雅は、何か考えてるみたい。少しして開眼した彼の瞳は黒に変わっていた。


〈……この先に確かネイアよりやや栄える関所、シロムがあった筈だが〉


「シロム?ここから1番近いのがシロムって関所なんだね。じゃあその街に行こうかな」


〈なればシロムに決まりだな。だがシノブ、シロムは此処より数日駆けねばならぬ距離だぞ?〉


「え?」


皇雅が駆けても数日は掛かるのかー。うーむ。


「途中に村とか、食料が買えたり出来る所があれば良いんだけどな」


〈点在はしていた筈だが、今はどうなっているのか分からぬ〉


皇雅の記憶によると、村としてそれなりに賑わいがあったのは何年も前の話らしい。今は寂れて無人の村の名残があるだけかもしれない、と。


「それでも行ってみようよ、ここから近い村にさ。人が居れば勿論良いけど、居なくても家の名残でもあれば夜を明かせるだろうし」


それにさ、と笑う。


「キャンプなら経験があっても、野宿って初めてなんだ。旅人なら野宿の1つでも出来るようにならなきゃね」


〈きゃんぷ……?なんだそれは。シノブの居た世界の物なのか?〉


あ、キャンプって単語はこの世界には無いのか。


「キャンプは折り畳み可能な家みたいな物や食料、寝泊りに必要な道具を持って外で生活することなんだ。1泊でも良いし、食料や都合が合えば何泊かしても良いの。遠出した時とか、大自然の中で過ごす時にするんだよ」


〈何、折り畳みが可能な家とは。シノブの世界とは随分この世界とは違うようだな〉


「うん、そうだね。だいぶ違うよ」


飛行機や新幹線、高層ビルのことなんて何て説明すれば良いのか分からない。鉄の塊が空を飛んで荷物や人を運ぶなんて誰が信じるだろう。……ああ、じいちゃんのこと思い出してしまった。じいちゃん元気かなぁ……。お母さんお父さんも死んじゃってる私には、じいちゃんしか家族が居なかった。いつか、じいちゃんの元に帰れるのかな……ってダメダメ!今は皇雅が居るんだからっ。この世界で逞しくならなきゃいけないんだから!


気持ちが沈みそうになるのを無理矢理切り替えて、私達は村へと向かった。誰か住んでると良いなぁ。私には地理が分からないから、道は皇雅に任せてずっと駈歩かけあしで進む。そして村に着いたのは、もう日が沈んだ後のこと。けれど今は夏の始めに当たる季節らしい。まだ夕方みたいな薄明るさの中で辿り着いた村は、何だかその村の規模にしては随分寂れて見える。でも人は住んで居るみたいで、ちらほらと家から光が漏れていた。


「うう、お尻が痛い……」


襲歩と違って腰を浮かせたまま、なんてしないんだもん。これは明日筋肉痛かも……。


〈だから辛ければ言えと申したであろうに〉


「だ、だってぇ……っ」


プルプルと震える脚に力を込めて皇雅に掴まり立つ。そうして一件の家の扉を叩いた。


『どちら様で……』


そろり、と扉を開けてくれたのは男性。50歳くらいのその人は、少し胡散臭そうに私を見てから隣の皇雅に気付くと目を見開いた。


『あ、あの、旅をしてるのですが……一晩、屋根をお借り出来ないでしょうか?本当にどこか隅で良いので、お願いしますっ』


こんな風に全く知らない土地で、全く知らない人に宿をお願いするのって凄く緊張する。結構必死に頼んだのに、男性はわなわなと震えたと思ったら『爺!爺、ちょっと来てくれ!』と奥へ引っ込んでしまった。え、ちょっと、駄目なの?良いの?


「だ、駄目ってことかな?」


〈しばし待て、シノブ〉


皇雅にはそう返されて男性を待っていたら、彼は別の男性を連れて来た。7〜80歳くらいの老人の彼は、私と皇雅を見てその細い目を大きくした。


『も、もしや……獣神様で……?!』


え、バレてる!?


如何いかにも、我は獣神だが〉


『何と……っ。この年で獣神様に御目に掛かれるとは……何という僥倖、光栄でありましょうか』


皇雅が私を契約者だと告げれば、深々と頭を下げられた。と言うか獣神だってバラして良かったの?皇雅。

金の瞳を見せ、それから深紅の瞳へ戻した皇雅と家の中へ招かれる。改めて泊めてもらえないかとお願いすれば、即座に頷かれた。


『この様な寂れた村ではありますが、何日でもご滞在下さい。契印持ちの獣神様にお会い出来るなんて……』


老人の彼は感動した様に声を震わせる。隣の扉を開けてくれた男性も何だか幸せそうって言うか、嬉しそう。そ、そんなに感涙咽ぶ事なの?

でもまあ、取り敢えず泊まらせてもらえることになって良かった。

『ああ……行ってしまわれた』


『何て恐ろしい事を……っ。獣神様がお怒りになったぞ』


『ああ、俺も見た。あの文官め、畏れ多くもあの方々を手中にだと抜かしたそうじゃないか』


『今に罰が当たるぞ。……兵や隊長も命知らずな……』


ネイアの街では民の間にそんな会話が囁かれ、文官は高が関所とは言えど一関所の全ての民の不興に肩を狭くし、逃げる様にその日のうちにネイアを去ったという。

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