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闘神の御娘(旧)  作者: 海陽
2章 北地方
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幕間 僥倖と後悔

文官の兵士side


独白です。


文官に付きネイアにやって来た。その往路の途中でかの関所(ネイア)に出した使者が持ち帰って来た報せの中に、獣神様が街にお出でだとあったのだ。


嫌な予感がした。


(文官)は強欲な人間だ。権力においてその執着が凄い。それは畏れ多くも獣神様にも向いていたから、その報せを聞き、仲間の兵の皆に懸念は広がっていった。

常々言っていた。獣神様を手中にしたいと。その度に何て恐ろしいことを言うのかと冷汗をかいたものだ。まさかネイアにいらっしゃる獣神様を、とは考えたくも無かった。


けれど予感は的中してしまった。ネイアの南門に出迎えた守備兵達のやや後ろ、他の馬よりも一際大きく見事な体躯の馬に跨った若い人が居た。獣神様はどの動物であろうと、同種の者より体躯が大きくご立派なのだと教えられて来たから、きっとあの馬が獣神様なのだろう。何よりその両眼が深紅なのは獣神様である証だ。しかしあの人は一体誰なのか。獣神様の背に、畏れ多くも跨って居るなんて……。

だが俺達兵士、民なら尚更、獣神様に御目に掛かれる事なんて生涯に2度あるかどうかなのだ。それを20歳半ばのこの歳で御目に掛かれるなんて、何て僥倖。けれど、文官の目つき顔つきにさあっと血の気が引いた。獣神様と背に乗っている若いあの人を舐め回すように見たのだから。


その視姦に似た視線に気付いたのか、獣神様の背に乗る若い人が無表情に変わった。獣神様の纏う雰囲気も重くなったのは気の所為では無いはずだ。そして次の瞬間、獣神様の両眼とあの人の右眼が厳かな、眩いばかりの金色に変化した。まさか……あの若い人が契約者(契印持ち)だったとは!

緩慢にこちらに近付いて来る。その1歩1歩がとても重く、怒りが手に取るようだ。気付いていないのはきっと文官だけ。


『あなたが文官ですか。

何て不躾な、私欲に塗れた眼で私達を見るのですか。私達はネイアの者ではありません。ネイアの顔を立ててあなたが来るまで留まって居たけれど、本来私達が一関所の隊長に命令を受け従う義理など無いのですが。あの隊長も困ったものですね、こうも安易に私達の事を漏らすなんて』


男にしては華奢な四肢、細い声。恐らく普段なら明るいのだろうその声は恐ろしさを覚える程冷たかった。


『あなたの顔、眼の色から獣神をどうこう出来ると思っているのだと筒抜けです』


ああ、やはり……。


『獣神は曲がりなりにもこの世界で敬うべき神であるはず。それを、しかも皇雅を私欲に汚れた眼で見るなんて……非常に不愉快です』


突き放す科白に誰も口を開けないでいた。勿論、俺も。


『『目は口ほどにものを言う』とは良く言います。私を見て高が若男ガキだと侮り嗤った事、分からないとでも?』


〈我らを従わせられると思うなど浅はかな。我が契約者に対しての不躾なる視線。我が物にと我を見やる無礼。我が忍耐の強さに感謝するが良い。然も無くばその方などとうに屍となっておろう〉


獣神様のお声も酷く冷たく憤っているのが良く分かる。……こいつは何て恐ろしいことをしたのか。こいつは『歓迎の宴を』と言い繕ったがそれも見苦しいものでしか無く、聞いたお二方、特に契約者の方は嫌悪感をその顔に露わにした。その顔に幼さが垣間見えて。何故だろう、この契約者が女に見えた。そしてお供出来たら……なんて過ぎってしまったんだ。叶うはずが無いのに。


『歓迎ですか。懐柔し我が物にする機会、の間違いでしょう?』


にべも無く吐き捨てて獣神様と共に俺達や文官こいつから背を向ける。


『これでネイアの顔は立てたはず。では失礼します』


その声にはっとしたのか、無様に慌てふためいたこいつは俺達に命を下したのだ。それも、畏れ多くも獣神様方を『引き留めろ』と!

俺達はこいつに仕える兵だ。だが皆平民の出身だからこいつよりも獣神様方を敬っている、それだけは間違いが無い。そんな畏れ多く敬う対象(獣神様)に無礼は働きたく無い!

だが文官の命令には従わなくてはいけない。……どうかお許し下さい、獣神様。契約者の方。


馬を操り獣神様方へ近付くと、獣神様方は少しだけ俺達へ視線を向けた。


〈我が襲歩に追い付けるならば追い付いてみよ。さすれば宴とやらに出ても良いがな〉


嗤う響きを伴う獣神様のお声。……襲歩だって?!鐙も鞍も轡も、馬具を一切着けていないのに襲歩なんてしたら落馬するに決まっているのに!けれど、俺達は腰を浮かせた契約者に正気だと理解した。この人は馬具を一切着けずに獣神様を駆けさせるつもりだと。

軽く嘶き、俺達から逃げるお二方。速歩はやあしから駈歩かけあし、そして襲歩しゅうほへと速度を上げていくと、最初から襲歩しゅうほだった俺達に追い付けるはずも無く。



何て脚力、何て速さ。これが獣神様のお力なのだと痛感させられた。契約者のあの方は、いとも涼しい顔で襲歩しゅうほ状態の獣神様に跨って居られるというのに。

俺達の馬があっという間に息が上がってしまい、見る見るうちにお二方は小さくなって消えてしまった。ご無礼のお許しを請うことが出来なかった。いや、機会があってもさせてもらえるとは思えなかったが、それでも。


後悔ばかりが胸を埋め、俺達は同じ気持ちでお二方が去ってしまわれた方角を見つめていた。

シン国北地方の管轄権を持つ文官ダミエ。その周りを護る役を負う兵士はこんな気持ちだったんです。

自分達の主でもある文官をこいつ呼ばわりしている事から、兵士達の心は既に彼から心は離れているということで間違いない。うん。

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