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闘神の御娘(旧)  作者: 海陽
4章 1部 首都アトゥル
114/115

幕間 その強さがあっても

ここずっと、数ヶ月単位で更新してますね……

忘れた頃に更新しても読んで下さる皆様には感謝!



ミイドside

『ミイドさぁーん……』


ハイドウェル家の屋敷に戻り、彼女の部屋へ足を向けた俺を待っていたのは、一足先に帰っていたシノブさんのそんな情けない声だった。

ぺたりと床に座ったまま、テーブルに頭を乗せてだらんと脱力感たっぷりに眉尻を下げている姿。……ああ、可愛いな……ではなくてっ。


『どうした?』


『閣下と手合わせすることになっちゃった……』


彼女は断り切れなかったと眉間にしわを寄せて呻る。閣下って……え?ハッサド宰相のことか?!


『ハッサド宰相か?』


『そう……』


『どうしてそんな事に?』


『昼餉一緒に食べて、会話してたらいつの間にか』


話を聞けば、財務部署の書類を閣下に提出しに行ったら昼餉に誘われそのまま流された、とのこと。……そういえば最近シノブさんとは昼餉を共にしていない。たまには誘っても良いだろうか。


『今度は俺と一緒に食べないか?昼餉』


『食べる!』


誘いをかければぱっと起き上がり笑顔が咲いた。が、またへちょりとテーブルに突っ伏した。


『あー……もー……』


閣下め、と眉尻を下げ目を閉じる。


「ーーーー、ーーーーー」


……?

最後のは何て言ったんだろう。久し振りに聞く、彼女の母国語だ。……あまり前向きな雰囲気ではないが。


『なあ、シノブさん』


前々から思っていたんだ。この世界にはない、ニホンというシノブさんの国。その言葉を話すのは、この世界では彼女1人だけ。その『ニホン語』で彼女と話してみたい。彼女をニホンへ帰したくはない、でも、母国を忘れて欲しいと言うつもりも全くない。むしろ彼女らしさを構築させる1つとして、心の中にずっと在り続けていて欲しい。俺はこのオリネシアの中で異世界を知る、たった1人の人間で……ずっとシノブさんの味方でありたいから。


『俺に、シノブさんの母国語を教えてくれないか?』


『日本語を?』


『そう。前から興味があったんだよ』


『ふーん?ひらがなだけになっちゃうけどそれでも良いなら』


『ひらがな……?ああ、それでもいい』


『うん、わかった』


見事ニホン語を教えてもらえることになった俺だったが……考えが甘かったと痛感するのが習い始めた初日だとは、まだ露ほどにも思っていなかった。



***



その日。


馬の獣神、皇雅様に跨ったシノブさんと共に出勤すると、王宮の玄関には元凶もといハッサド宰相が彼女を待っていた。そしてまたへちょりと眉尻を下げ困ったように笑ったシノブさんはやっぱり可愛い。……本人には言えないが。


訓練場に着くとやはり兵達の目が集まる。シノブさんとは言えば、諦めたようにかくりと頭を垂れた。


そうして始まった彼女対宰相の手合わせ。まずは剣術と刃を潰した模造剣を渡され、向かい合う。



剣も構えず散歩でも行くのかと思うようなゆっくりとした足取り。何を、と思った瞬間、足速とは言えない速さへ跳ね上がった。


飛び上がり剣を上から振り下ろした。が、さすがというか宰相は剣を横薙ぎしシノブさんを弾き飛ばした。


『……っ、はー』


彼女は転ぶこともなく、剣を地に突き立てて直ぐに体勢を立て直した。が、心臓に悪い。俺は無意識に詰めていた息を吐き出した。刃を潰してあるとは言え男女の差もある。当たれば痛いし、なにより実戦経験は彼が上。シノブさんはどう対策を立てるのだろう。


そんな俺の心配をよそに、彼女は正面から宰相へ向かっていく。上から下から斜めから。

彼は難なくシノブさんの攻撃を捌いているが、彼の攻撃もシノブさんに全て防がれている。軍事の頂点にいるハッサド宰相、その攻撃を全て防ぎ何合も続いている……それがどんなに凄いことなのか、シノブさんはきっと分かっていないのだろう。


剣舞のような手合わせが止まり、いくつか言葉を交わした彼とシノブさん。その言葉は俺のいるところには聞こえなかったが、彼が驚いていることだけはよく分かった。


今度は兵に渡された棒で手合わせを再開することになったらしい2人だが、彼が何か言った途端に起きた周りの兵達の悲鳴にびびった。何なんだ一体。


そしてくるくると頭上で棒を回し構えたシノブさんは、後姿だけでも雰囲気が変わったのが分かった。



棒と模造剣が交差し、直後剣が弾かれる。攻める宰相にそれを悉く防ぐシノブさん。弾き、剣筋を逸らし、時に掬い上げるように。


『な、なあ……俺の見間違いかな。棒が曲がって見えるんだが……』


『俺もだよ……何なんだあれ……』


そんな声が少し離れたところから聞こえてその方を見ると、兵2人がしきりに目を擦りながらシノブさん達を凝視していた。……それだけ彼女の動きが速く洗練されているということなのだろう。


剣さながらに、槍のように、はたまた盾のように。多彩な面を見せる彼女の棒術に宰相はなかなか反撃に移れずにいるようだ。

攻撃を仕掛けても全て躱されてはどうしようもない。


上で交差し下で打ち合い、背を逸らし、攻撃を弾く激しい攻防。そして。


『……は?!』


横薙ぎをしゃがんで避けたと思った。が、なんと彼女はその状態から伸び上がって後方へ回転し宰相から距離を置いた!


シノブさんはあの技を『バクテン』と言っていた、はず。以前見せてもらったことがあるからこそ頭が思考停止するのを阻止できたが、初見の宰相や周りの兵達は皆唖然として固まっていた。


その中で動きを見せたのはシノブさんだ。姿勢を低くしだっと地を蹴り、彼へと向かっていく。

先程よりも鋭い攻撃、それを数合攻防した直後、彼が軽く腰を折った。どうやら彼女の蹴りが腹部へ入ったらしい。


反撃を許さんとばかりに更にシノブさんの蹴りが彼を襲い、宰相の剣は弾き飛ばされ乾いた音を立てて転がった。



そこからは彼女の独壇場だった。



無手となった宰相に彼女も棒を手放し向かっていく。蹴り技か、カラテか、ジュウドウか。どの武術が繰り出されるのかと想像する中で彼女が放ったのは蹴りだった。


体重なんて無いかのように右から、左から。飛び退き避けることもなく、回転したと思えば飛び上がり技を繰り出す。その速度も速い。

ひらりひらりと舞う鳥の羽根のようで、思わず見惚れてしまっていた。


時折彼の顎へと掌底が放たれ、それを宰相が避けてはまた攻防とは言い辛い一方的な攻撃と防御が展開された。


そうして彼に反撃らしい反撃をさせないまま、手合わせはシノブさんの肩への一撃で膝を着いた宰相の一言で決着した。彼女の圧勝という形で。



『……、勝った?』


周りの兵達がわあわあと歓声を上げるうるささの中、不思議とシノブさんのそんな声が耳に届いた。


『勝った?……勝った!?皇雅!ミイドさん!勝った!!』


『おめでとう!凄いな!』


〈流石は我のシノブだな。見事だったぞ〉


俺と獣神の皇雅様の元へ走ってくる彼女の顔は喜色一色。俺達にぶつかる直前で急停止し、俺の手を取りぶんぶん振って喜んでいる彼女はとても可愛かった。

そしてどうでもいいことだけれど、彼女の手はとても柔らかかった。

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[良い点] まだ途中ですが、楽しく読ませていただいております。 [気になる点] 〉そしてどうでもいいことだけれど、彼女の手はとても柔らかかった。 棒術の達人で、剣の練習もしている人の手が柔らかいという…
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