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闘神の御娘(旧)  作者: 海陽
4章 1部 首都アトゥル
113/115

幕間 理解の機会を得て 3

数日後。


最後まで渋る顔のシノブ殿を連れ、訓練場へと赴いた。ぽつりと『目立ちたくないのに』との声に横を歩くシノブ殿を見ると俯いていて表情は窺えなかった。


この日、私は王宮の玄関口で彼を待っていた。ここならば王宮に出入りする全ての貴族達が通る。当主や子息に混じり財務部署に勤務する彼も同様に。だが契約神である馬神の獣神に騎乗し出勤してきたシノブ殿の顔は遠目にも思わしくなく、私を認めた彼の中性的な顔は眉尻を下げ困ったような笑みが浮かんだ。

先日の食堂でのこともあり、この手合わせのことは陛下にも伝えてはいない。伝えれば、伝わりでもすれば陛下は是非にと観に来るだろう。それでは大事になりかねない。渋る彼に手合わせに引き込んだのは私のわがままであり、それ以上困らせたいわけではなかったのだから。


共に出勤していたミイド殿もついていきたいと言うのでそれを許し、訓練場にます足を踏み入れると同時に兵達の視線があちらこちらから飛んでくる。それも主に獣神とシノブ殿に対して。


『訓練に戻れ。訓練量を増やしても良いのか』


パンパンと手を叩く。私に視線を集めさせてそう告げれば、慌てて目をそらす兵達に嘆息した。全く、集中力が足りない者達だ。



***



『こちらをどうぞ』


『はい』


刃を潰した訓練用の模造剣を彼に渡す。軍事を掌握し任されている身とはいえ、模造剣を握るのは私も久し振りだ。王宮内での帯剣を許されている数少ない人間の1人である自分だが、実際に剣を振るったことはここ数年ない。だから今回の手合わせは良い慣らしになるだろうと思う。


『……』


外衣を脱いだシノブ殿はといえば、渡した模造剣を少し眺めてから両手や片手で持ち上げている。と思えば徐に正面に構え、1歩踏み出し上から下へ剣を振るうと続けざまに横へと払う。そして斜めに、また逆横にと捌くその自然体に思わずほうと感心した。

そして模造剣を地面に置くと身体を曲げ伸ばしする。それを彼の中では一通りの動作をこなしたのだろう、『お待たせ致しました』と告げられた。


『今のは何をしていたのですか?』


『身体の関節をほぐしていました。突然激しい動きをしようとすると身体がついてこないことがありますから』


その答えに驚いた。

戦など起きないに越したことはないが、肝心な時に身体の動作が遅れるのは戦時には不利となる。彼の言葉にはどきりとすることが多い。




『ひとまずは剣のみで参りましょうか』


『はい。お手柔らかにお願いします』


『どこからでもかかって来て良いですよ』


律儀なシノブ殿に、ふふと口角が上がる。彼は深呼吸を1度すると俯き気味に瞑目し、剣の腹をひと撫でするや面を上げた。その目の真剣さに剣を持つ手に力を入れる。


だが彼は剣を構えもせずこちらへ歩くように進んできた……瞬間。その近付く速度が跳ね上がった。


『っ!』


華奢な体躯からは予想すらできないその速さ。


縦に地を蹴った彼に直感で模造剣の柄と剣身を両手で捧げ持つように横に構えた直後、頭上から彼の剣が振り下ろされた。


『ふっ!』


腕の力に任せて横に剣を薙いでその方向へシノブ殿を飛ばした。が、剣を持たない片手と両足を地へ付きあっという間に体勢を立て直してしまった。


『そう上手くはいかないかぁ。残念』


然程残念にも思えない軽い口調。


正面に構えた剣が、上から下から斜めから私へと迫る。もちろん私とて難なくそれらを捌けるが、内心では驚愕で言葉が出ないでいた。


速い!


攻撃に重みはないにしろ、この速さはそこらの兵を上回るだろう。彼は自身を武人ではないと言った。にも関わらずこの速さ、この立ち回り……武術を修めているからこそなのか。


彼の正面を上から狙い振った剣は、顔の側面に盾のように添えた剣の腹で筋を逸らされた。


逸れた直後には剣の切っ先が胸を狙い迫る。掬い上げ弾いた剣と共に、彼は私と間合いを置いた。


『……驚きました。これのどこが未熟だというのですか、シノブ殿』


本当に、彼の腕前は未熟どころか手練に入る域ではないかと思う。構えを解いて見せれば、彼も私が剣のみの手合わせを中断するのだと理解したらしく身体の力を抜いた。……全く、王家の剣術指南役と何合も続くだけでも相当な腕だというのに。


『自分でも驚いてます。まさか続くとは思ってませんでしたから』


その声も然程、特に驚いているようには感じられない。



『さて、シノブ殿。次の手合わせは剣以外も有りとしましょう』


『……よろしいのですか?』


『ええ。棒術、空手、柔道、蹴り技……でしたか?私も是非見てみたいのですよ』


はあ、と困惑した彼の返しに微笑むことで肯定すると、いつの間にかシノブ殿のそばに1人の兵が棒を持って立っていた。


『こちらをお使い下さい』


『あ、ありがとうございます……?』


周りを見回せば野次馬の兵達が距離を置いて見ているではないか。そうか、そんなに訓練が好きならば増やしてやろう。兵達も本望だろう。ふふふと笑いを零せばざわりと慄きが走った。


『お前達に走り込みを50追加する。怠らないように』


直後、聞きたくもない男の悲鳴がそこかしこから耳に届いた。忠告はした。破ったのはお前達だろうに。


『……あの。もし良ければなんですが、その走り込みに私も参加させていただいても宜しいでしょうか』


『シノブ殿?』


『その、最近あまり身体を動かす機会が無くて。首都の外へ皇雅と駆けに行くにも毎回許可がいるので、なかなか……』


シノブ殿が語尾を濁らせた。


獣神と首都の外へ出かけ身体を動かしたいが、その頻度はそれなりに多い。その度に許可を求めては煩わしいだろうと思うと申し出れないのだ、とのことだった。


『そのように気を遣わずとも良いのですよ?シノブ殿』


彼はもっと望んでも良い。遠慮なく言ってくれて良いのにと強く思う。その謙虚さも彼の美徳ではあるが。だが彼は微笑うだけだった。




『さて、参りましょうか』


『ええ。……いざ!』


先程とは打って変わった覇気。頭上でくるくると回し棒を構えるその顔には楽しささえ伺えるようで、やはり棒が彼の得物なのだと感じた。


『はあっ!』


互いに向かっていき打ち合った直後、棒を回転させ模造剣を弾かれる。


縦、横、斜めと狙うのに剣筋は一向に彼に届かなくなった。掬い上げ、弾き、逸らされる。明らかに剣の時より動きが良く、鋭くなった。


これは、本気でいかねば。


時に槍のように、時に剣のように動きを変え迫る棒に反撃がままならない。


上でぶつかり、下でも衝撃が腕に走る。横に振り抜けば上体を反らし避ける。回転する棒を弾き、防御する。


再度横に薙いだ剣筋は屈んだことで躱された。直後、彼は後方へ身体を伸び上がると同時にそのまま身体を回転させ私と距離を置いた。


『……っ』


何だあれは!コキコキと首と腕を回した彼は、唖然とする私に気付くとにっと笑ったのだ。


中腰に屈んだと思った瞬間、棒を構えた彼が迫る。

咄嗟に下から迫るそれを防げば、即座に正面から迫る棒。首へと迫ったそれを弾いた転瞬。


『隙あり』


衝撃が横腹を襲った。


『……くっ』


無様に転ぶことだけは避けたが、数歩よろめいてしまった。何が起きたのだと彼を見やれば、恐らく蹴り技だろう、上げた状態の片脚を地へ下ろすところだった。


『行きますっ』


『!』


ダンッと地を踏み込んだ彼。


咄嗟に構えた私の剣の腹を身体を回転させて蹴り、弾き飛ばされた。


『なっ、』


痺れる手。いつの間にかシノブ殿の手に棒はなく、彼、私ともに無手の状態。


そこからは彼の独壇場だった。


右から、左から、回転し、飛び上がる。迫る脚技に腕や手で防御し払うことが精一杯だ。


不意打ちのように顎を狙い私へと掌底が襲う。


くっ……の剣術指南役のこの私が!剣術であればこんな一方的にやられはしないのに……!


ガッと正面から来た蹴りを、足裏を掴んだ。一瞬だが動きを止めたシノブ殿に僅かでも反撃を、と動こうとした瞬間。


ぐいっと地へ手ごと引き寄せられ、重みが掛かった直後。左肩に強い衝撃を受け膝を着いた。この僅か数秒で。


『ぐ……は、っ。……?!』


一体何が起きたのか。


たん、と軽い音を立てて目の前に立ったシノブ殿は、足を強く掴んだはずなのに痛がる素振りさえ見せずに私を見ていた。


『勝負あり、でよろしいでしょうか?』


『……』


その静かな声音にまだだ、という声と負けたな、という声で胸内で葛藤する。


『……これが、貴方の実力なのですか?』


不思議と悔しさはなかった。だが、全力だったのかと問うてみると簡潔な返答が来た。


『いいえ』


答えてから、あ、と慌てて頭を振った彼は言葉を付け足した。


『手を抜いたわけではありません、閣下。それは自身の信条に反しますから。ただ、私が会得した全ての武術をご覧になりたい、とのお言葉には添えなかったので否定させていただきました』


嘘を吐いているようには見えない。空手、そして柔道という無手の武術は使わず私に地に膝を付けさせた。……負けを認めざるを得ない、か。


精進しなくては、と苦笑交じりに嘆息した。


『……素晴らしい武術でした。再戦を頼みたいほどです』


『負けた』とは剣術指南役である身として素直に言えず、再戦をと口にすることで今回は負けたと言外に告げる。数拍おいてワッと周囲が歓声に湧いた。


『……、勝った?』


ぽつりと漏らしたシノブ殿には先程までの凜とした雰囲気は欠片もなく、その声音も唖然呆然という言葉がよく似合う声だった。

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