4-25 ラストワンの限定昼餉、ゲット!
『……』
『……閣下?』
書類を元の山に重ね、椅子からゆるりと立ち上がった閣下は少しの間私を見下ろしてから溜息をついた。
『貴方の中での私は、一体どの様な者として映っているのでしょう?』
どの様な者、って言われても。
『……いつ、どんな時も冷静沈着で頭脳明晰。だけど昼餉が好きでその時間を邪魔されることが嫌い、でしょうか』
昼餉好きの情報源は陛下ね。陛下みたいに度々会ってるわけじゃないから、他は想像かな。何ていうか、邪魔されるのを嫌うくらいにお昼ご飯大好き人間って感じ?……まあ、良いんじゃないかな、ギャップってことで。それを伝えたら、今度は盛大に溜息吐かれた。
『シノブ殿……。確かに宰相たる者、いついかなる時も冷静に物事に対処せねばなりません。なので冷静沈着は否定しませんが……、何よりも昼餉好きと思われていたのですか、私は。一体誰よりそのような人物像を教えられたのです?まあ、大体の想像はつきますが』
『陛下です。閣下とは幼馴染みなんですよね?お互いを良く知っている仲でしょうし、それなら信憑性もあるなと思ったので』
仲が良いかどうかはその人その人によるだろうけどさ、少なくとも陛下と閣下は悪くないと見た。だって陛下のことを『あの野郎』なんて罵れるくらいなんだし。倉庫を出て食堂へ向かいながら話をする。あれ、こんなに話してるのハイドウェル家の屋敷の時以来かもしれない。
『それに』
『?何でしょう?』
『1つくらい意外なところがあった方が、親しみやすいと思いますよ?』
閣下も結構な美男子なんだし。とは言わずにおいたけど。けどそれを聞いた彼は、うっと息を詰まらせて空を仰いだと思うと、今度は脱力するように俯いて嘆息した。そして私を流し目に見る。
『貴方は昼餉好きな私の方が、親しみを持ってくれるのですか?』
『そうですね。あれもこれも完璧となると、何というか堅物な印象を持ってしまうので近寄り難いですし。ですが、親しみを持って欲しいからと自身を偽ってまで接しられても困りますが』
例えばさ。近付きになりたい人が読書好きだからって、別に本が好きでもなんでもないのに無理に「本好きなんだ」なんて偽るのもね。もちろんそれが切っ掛けで読書好きになったなら結果オーライだよ?うん。でもずっと偽って会話してたらそのうちばれると思うんだ。だって無理して話題探してるわけなんだし。少なくとも私はそうやって近付いて欲しくはない。それなら最初からぶっちゃけてきて欲しいもん。そしたら「この本面白いんだよ、1度読んでみてよ」なんて言えたりもできるだろうし。あ、もちろん人によりけりだとは思うけどさ。
『……。私が本当に昼餉好きだとしたら、貴方はどう思われますか』
食堂がそろそろ見えてくるかなってところまで進んだ時、立ち止まった閣下に見下ろされてそんなことを聞かれた。どう、って聞かれても……。
『そんなに食べることが好きなんだなぁ、ってくらいですね。私も美味しいものは好きですし』
『それだけ、ですか?』
『他に何を思えば良いんでしょう?『想像と違う!』って言えばいいですか?』
もしかしてあれかな?令嬢達にあれこれ勝手な人物像作られて言い寄られてたとか?『こんな人だと思ってたのに!』的な。
『いえ……いえ、貴方はどうかそのままでいて下さい』
淡く首を振った閣下は、どことなく嬉しそうで。口角が少しだけど上がってるなんてレアな表情だ。閣下って感情を表に出さないっていうか、いっつも冷淡そうなんだもの。
『そういえば、シノブ殿はもう昼餉に食すものは決まっているのですか?』
『あ、はい。ライのラーン包みをと思っていますが』
『ライのラーン包み?』
『ええ、今日の限定昼餉だそうですよ』
実はこれ、食堂で働いてるルダさんって男性が昨日こっそり教えてくれたんだ。こっそりね、こっそり。『ご馳走様でした』って食後に声を掛けてからちょこちょこ食後に短く話すようになって、そのうち『明日の限定(昼餉)はな、』って教えてくれるようになった。気さくで良い人なんだよ、ルダさん。因みに年は30後半。ミイドさんとは少し違うタイプの良い兄貴分。で、本当は当日にならないと分からないはずのメニューを教えてくれる代わりに、私もちょろっとバンブーラの使用方法を教えてみた。バンブーラっていうのはあの竹もどきね。水筒代わりにしたりライも炊けるよ、って。目をまん丸にして驚いてたっけ。今日も厨房にいるのかな。
『お、シノブ。今日は少し遅く来たんだな』
『ルダさん』
『……ん?ハッサド様も一緒だったのか。珍しい組み合わせだな』
明るい笑みを浮かべていたルダさんは、隣の閣下を見て少しだけ目を見開いた。まあ確かにあんまり見る組み合わせじゃないもんね。普段は1人か陛下と一緒に、もしくはミナト様と昼餉を食べてるし。ミナト様は私が女って知ってるからね、気遣い疲れることもない。あ、もちろん彼は年上だから言葉遣いはちゃんとしてるつもり。
『閣下に用事がありまして、そのついでというか延長で昼餉を、って感じですね。あ、今日の限定昼餉ってまだ残ってます?』
『あるぞ。運が良いな、最後の1食だったんだ』
『本当ですか!』
よっしゃ、今日は限定昼餉ゲットだ!と喜んでたら、ルダさんがこっそり耳打ちしてきた。
『……本当は良くないんだがな、シノブが来ると思ってこっそり1食取っておいたんだ』
なんと!そ、それって良かったのかな……でも私の為に取っておいてくれたんだよね?なんて良い人なのルダさんっ。後で上から怒られなければ良いけど。
『そ、それ大丈夫だったんですか?』
『いや。……だからこっそりとって言ったろ』
ルダさんがにやりといたずらを成功させた時のような笑みを浮かべた。閣下に見えない位置でこれまたこっそりサムズアップまで付けて。というかオリネシアにもあるんだ、サムズアップ。ガッツポーズと言い、結構同じ意味の動作ってあるんだね。共通点が多いのは嬉しい。
『今度、このお礼に東地方の森で見つけた植物のこと教えますね。シン国では名前が付いてませんが、私の母国では利用法がある植物なんです。……ちょっと変わったお茶にも出来るんですよ』
『なに?!、っ』
『だ、大丈夫ですか』
ルダさんが大きな声が出そうになって慌てて噛み殺した。舌を噛んだのか顔を顰めてるし。お茶はシン国では高級品だから、この情報は結構凄いんじゃないかな。ま、私からすれば馴染みがあるから教えるんだけどね。ちなみにこの変わったお茶。ハーブティーのことだったりする。植物っていうのはカモミールのこと。東地方のあの森ってさ、ハーブ類もそうだけど殆どの植物が群生してるんだよね。本当に謎だ。
軽く手を振って、閣下が手招きしている食堂の角の方にある机へと向かった。サムズアップの時は隣にいたのにいつの間に移動したんだろうか。
『お待たせしまして申し訳ありません、閣下』
『良いのですよ。しかし楽しそうでしたね、シノブ殿。一体何を話していたのですか?』
向かい合わせで席に着いて、漸く昼餉に手を伸ばした私と閣下の間にはなんともほのぼのとした空気が流れている。彼の表情もいつも見る冷淡さが抜けて柔らかい。……何故その彼の顔を見て、周りは騒ついてるの?
『私達が首都に来る前は、東地方の森にいたというのは憶えておられますか?』
『ええ……、勿論です』
閣下は微かに眉を顰め、それを直ぐに消して頷いた。
『あの森は植物の宝庫なんです。シン国では利用する事もなく、名前すら付いていない植物が多種多様に群生していますが、それらは私の母国では全て名前が付いているもの。そしてその利用方法も存在しているんです』
『名が付いている?』
『ええ。例えばですが、群生する植物の中にレンモールの香りがするものがあります。ご存知ですか?』
例に挙げたのはあの大量に群生していたレモンバーム。今じゃすっかり『檸檬=レンモール』ってぱっと出るようになったけど、慣れるまでがごっちゃになって大変だったんだよねぇ。
『レンモールの香りがする植物……思い当たる植物はありますが、名はありませんね』
『その植物は、母国では『レモンバーム』と呼ばれています』
『レモンバーム……ですか』
『シン国と私の母国では、同じ物、植物、食べ物でも呼び名が全く異なります。シン国の『オレジ』は母国では『蜜柑』、『レンモール』は『檸檬』。『バンブーラ』は『竹』、『ライ』は『米』。似た呼び名はあっても、同じ発音の物はありません。『剣術』『棒術』『槍術』『国王』『宰相』といった名称は通じるようですが、シン国と母国では国土面積も通貨も違うのです』
『ほう』
『兵の数だけなら、獅子が蟻を踏み潰すが如くシン国にやられてしまうでしょう。そもそも国土面積や人口自体が砂と岩程の違いがあるのです、兵の数もそれだけ差があるはずですから』
まあ、実際はどれだけの差があるかなんて知らないけど。逆に日本の方が兵の数が多いかもしれないよね、もしかしたらさ。それに日本の科学力や自衛隊の兵器とか使えば日本がシン国を蹂躙出来ると思うんだ、多分。シン国にライフル銃や軍艦、戦闘機なんて無いんだし。ま、日本がオリネシアにないから言える誇張だけど。流石に国の宰相を目の前にしてさ、『母国は小国ですがシン国を蹂躙出来ます』なんて言えるわけがない。嘘も方便ってところかな。
ライのラーン包み:オムライス
限定昼餉:日替り定食(一品だけの時もある)




