4-24 宰相閣下からの誘い
『宰相閣下、いらっしゃいますかっ』
陛下にあの子爵位の人を任せて、重い書類を持って走ること5アド。彼の執務室になんとか時間前に辿り着いて、扉をノックした。
『その声はシノブ殿?私はここにおりますが』
戸惑いの色を含んだ声で応え、扉を開けてくれたハッサド宰相閣下は大量の書類を持った私達を見て目を丸くした。
『ど、どうしたのです?その様な大量の書類など持ったままで』
『宰相閣下、本日の財務部署から提出する書類をお持ちしました。間に合いましたか?』
『は?ああ、今日の分の書類提出ですか。……しかしシノブ殿、間に合ったとは?』
とりあえず室内に通してくれたので、彼の大きな執務机にどさりと書類を下ろして紐を解いた。ああ重かった。肩と腕が痛いよ。
『陛下が『ハッサド宰相は昼餉の時間になると一切の任務の手を止める』と教えて下さったんです。『遅れたらもう1度寄ることになるから急いだ方が良い』と』
『……』
ふうと安心感の息を漏らして、彼を見ると何だか憮然とした表情で。
『……何勝手に教えてるんだ、あの野郎』
『?!』
ぼそりと聞こえた声にびっくりした。びくって肩跳ねたよ。だってあの宰相閣下だよ?いつも『私』が標準装備で、敬語外すところを見たこともないあの宰相閣下が!すっごい口悪く陛下のことを罵った!
『ああこれは失礼を、シノブ殿。書類、確かに受け取りました。陛下が仰られた先程のお言葉でしたら気にせずとも大丈夫です。シノブ殿や獣神様方には当てはまることはありません。いつでも引き受けますので』
そうにっこりと笑みを浮かべた宰相閣……ああ、もう!長いから閣下でいいかな。ね、良いよね?ちゃんと敬称ではあるんだし。でもさ。
『いえ、次回からは幾分早く提出出来るようにします。時間厳守は働く者としては当然です』
社会人として時間厳守は当たり前のルールだしね。それを守らず解雇された、なんてニュースも見かけたくらいだし。それに。
『閣下の昼餉のお時間を割いて頂くなど、畏れ多いですから』
これに尽きる。うん。
『シノブ殿は本当にしっかりとした考えをお持ちですね。他の者達にも是非見倣って欲しいものです。ですが昼餉時でも構わないのですよ?これは私の本心ですから』
『は、はい……、?!』
ちょ、ちょっと閣下?!何ずいっと迫って来るの!しかもそんな和かに微笑まれても何も出ないよ?
『シノブ殿』
更にずいっと迫る彼、思わず後退る私。
『な、なんでしょう?』
『陛下とは大分打ち解けられたとか。私とはそうはして下さらないのですか?』
近い近い!!その綺麗な顔を近付けないで、閣下!目のやり場に困るっ。いや、美形だからじゃなくてその期待の篭った瞳がさ!
『遠乗りにも誘われたそうですね。陛下自ら誘われるというのは本当に稀なのですよ。ダウエル殿を始め十指にも満たない。……彼と親しくしているのに私には一向に敬語を払っては頂けず、ずっと他人行儀なまま。寂しいのですが』
きゅっと手を取られ、逃げることも出来ずに聞いていたらそんなことを言われて、ぎょっとした私は悪くないと思う。
閣下も私のこと男だって思ってるんだよね?ね?!なのに何で手を握ってくるの?!しかも『寂しい』って何!……まさか男色の人じゃあない、よね?
『あ、あの?』
『私とてシノブ殿とは親しくなりたいと思っているのですよ。貴方は聡く、頭も良い。貴方と共に過ごす時間は有意義なものとなる気がします』
『それは買い被り過ぎかと……』
『そんなことはありませんよ。その謙虚さも貴方の良さです』
だから買い被りだよ閣下。私、そんな美徳まみれの人間じゃないんだからさ。
〈……謙虚、か?〉
くくく、と喉を鳴らす皇雅に横目で睨む。だまらっしゃい。言われんでも言われる程謙虚な性格でもないのは分かってるから!
『直ぐにでも友人口調にしろとは言いません。それは時間を掛けてといくつもりですから。ところでシノブ殿。この後は何か予定はありますか?』
『この後、ですか?財務部署の倉庫に寄って、昼餉にと思っています。その後はまた職務ですね。本日は夕方まで勤務ですし』
『そうですか、夕方まで職務があるのですね。昼からお暇なら茶に誘おうと思ったのですが』
『え、』
『しかしそれならば……、ふむ。よろしければ昼餉を共にいかがでしょう?』
嫌ーな予感が……なんて思ったら当たっちゃったよ!嘘でしょう、まさかフラグだったとは。今日のお昼はライのラーン包みなのに。
『いえ、閣下の貴重なお時間です。私如きがその邪魔となるわけにはいきませんから。それにこれから倉庫へ書類をしまいに行くので昼餉のお時間を奪ってしまいます。どうぞお気遣いなく』
本当のことだしね。でも本音をばらせば『一緒にお昼を食べるのは遠慮する!また好物食べ損ねるからっ』だったりする。でもそんなこと彼に通じるわけもなく。
『ああ、そちらの書類は倉庫に持っていくものでしたか。構いませんよ、私も付いていきましょう。そのまま食堂へ向かえば良いのですから』
結局、私は閣下を引き離すのに失敗したのだった。……はぁ。
『皇雅、『あ』の11』をくれる?』
〈うむ、これか〉
『次は『さ』の25』』
〈これだな〉
『あ』と『さ』の段は足場を登って書類をしまい、急ぎ足で違う棚へと向かう。閣下は何で付いてきたんだろう、何も面白くもないと思うんだけど……。
『それから『て』の20』』
〈うむ〉
『『み』の2』……よし、終わった!閣下、お待たせしました』
『おや、早かったですね。そんなに急がずとも良かったのですが』
閣下へ振り返ると、1脚だけあった椅子に座って近くに積み重ねてあった書類を読んでいた。……結構古びた椅子なのに何で彼が座ると優雅に見えるのかな?不思議だ。それにね、急がなくてもいいって言うけどそんなわけにはいかないでしょうが。
『閣下は昼餉の時間を楽しみになさっているんですよね?それなら尚更のこと、こんな所でお時間を取るわけにはいきませんから』
後で『昼餉が』なんて恨まれたくないからさ!食べ物の恨みは怖いんだからね!




