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闘神の御娘(旧)  作者: 海陽
4章 1部 首都アトゥル
102/115

幕間 後輩の秘密

ミナトside

シノブは、変わった後輩だ。


年の割には精神的にも落ち着いていて、男にしては随分と華奢な体躯。声音も声変わりしているようでしていない……らしい。声変わりしていないというのはシノブ本人の言葉だ。だが男とも女とも言える中性的な声を持ち、その音は静かで柔らかく、結構心地良く耳に届いた。『女のようだな』と他の子息からからかわれることがあっても、本人は反論1つせずにただ微笑っているだけだった。

が、琴線に触れられた時のシノブはまるで別人かと思う程に声質が変わる。低く堅くなる声音、いつもの朗らかな口調は有無を言わさぬ敬語に変化する。


そして何より脳裏に焼きついて離れないのが、数度だけ見た武術の腕前。『棒術』は槍術を棒に置き換えたものと思えばまだ分かる。だがあれは……。


最初にその鱗片を見たのは、確か試しの話が出た時だ。ダウエル様に連れられ初対面を果たしたあの日、契約者とはいえ学問を知らぬはずの平民が職務に加わると聞かされた。膨大な算術をこなす我が財務部署でシノブに出来るはずがない、それは僕のみならず皆が感じたはずだ。だが平然と佇むシノブに短気だったグリフィスが『試し』を受けろと言い出した。学問は貴族以上の者に恩恵があるもの。平民に『試し』を受けろとは無茶なことを言う。1問も解けないだろうに、とは思ったが、シノブはそんな僕らの想像を見事なまでに裏切った。かつて誰も成したことが無い全問正解を叩き出したんだ。これまたその場にいた誰よりも速く、のちにダウエル様に伺ったところによると歴代最高の正解速度だったそうだ。

だが僕が言いたいのはその恐ろしいまでの算術の腕ではない。皆の監視の前で全問正解を出したシノブに、あろうことかグリフィスは手を上げた。難癖をつけるまでもなく不正はしていないことは明白。それなのに『平民如きが』と逆上したのだ。……今でもそれを思い出す度彼には内心呆れている。


それはほんの一瞬の出来事だった。床に物を叩き付ける打音と共に、手を上げたはずのグリフィスがシノブの足元に転がっていた。『は?』と呆然としたのは仕方ないと思う。一体何をしたのかと思えば、シノブは事も無げに『失礼を致しました。身の危険を感じたものですから』と宣った。一体何をどうしたら、今も変わらないあの華奢な体躯で自身より体格の良い男を倒せるのか。今でもあの時の詳細は分からない。


そしてつい先日、陛下のお言葉によって部屋でシノブが見せてくれた武術。本人曰く『カラテ』の『かた』というあれ。息を整えたその時から、僕らはシノブが作り出した場の空気に飲まれ圧倒された。


中衣の衣擦れの音。瞬きの間に変わり移る四肢の動作。鋭利な刃先を思わせる手の形。足音立てずに床を滑る様に移動する足の動き。何より、その厳か且つ口を開くことすら憚られる雰囲気はシノブが説明した通り『見せる武術』と言える。『カラテ』はシン国には無い武術。それは確かにそうだし、僕は武人ではないから詳しいことは分からないけれど、この『形』ではっきりしたことが1つあった。……シノブは、手練(武人)だ。


それは、数日のちに元首都兵隊長のミキフ・ルーニャとの一戦で見せつけられることとなった。あれは瞬殺といっても過言ではなかったから。一戦後に彼に対してシノブが放った辛辣な言葉、無表情、淡白ながらも冷たい声音はどれもが全くの別人の様だった。


『首都兵に選ばれたその優越感と傲慢』


『場所や立ち位置が違っても、首都兵も王宮勤めをする方々と同じです。『命令』は『任された仕事』であり、そこに私情を挟むことを良しと考える人は一体どれ位いるでしょうね?挟んだ私情が宰相閣下の考えを無視し、あなたは降格処分を受けた』


全ては自業自得ーーーシノブはそう言ったのだ。シノブがミキフを見下ろすその視線に温度を感じることはできなかった。



***



ある日休憩時に食堂へ昼餉を食しに行くと、何故かいつもより騒がしいと感じた。扉の所ではその原因はまだ分からなかったが、昼餉を手に席を探しているとその原因に出会した。……と言うより巻き込まれた。何て事をしてくれる。まさか陛下がいらっしゃるなんて、しかも畏れ多くも陛下に諫言する羽目になるなんて思わなかったんだ!

あの下知が下されても、僕はシノブが敬語を外したところを見たことが無い。……ただ、随分とはっきりものを言う様にはなったと思う。その図太さというのか、豪胆さは不敬だと思うより寧ろ尊敬する。敬語は外れずとも、2人の間柄は時折親しい友人のように見えることがあるのだから。


と言うかシノブ。僕は君より先達なんだけどね?本当に、何故僕を巻き込むんだ。しかも理由が『通り掛かったから』っておかしいだろう?!陛下に諫言だなんて肝が縮むかと思ったよ。


『ありがとうございます、ミナト様』


『全く。陛下は友人だと仰られているから、君はあれこれ返答も出来るかもしれないけれど。僕は違う。陛下に忠誠を誓う臣下だ。今回は上手く収まったから良いものの、陛下のお言葉1つでどんな処遇を受けるか』


『も、申し訳ありません。でも助かりました』


愚痴のように小言を呈しつつ隣のシノブを横目で見れば、身を竦めて頭を下げる。その表情からは情けなさや申し訳なさが窺え知れた。


『シノブ、逃げないようにね?』


一言釘をさせば、心外だと言わんばかりに首肯した。いや、シノブが約束を破るとは考え辛いが、念の為。信用が置けることは既に部署の誰もが知るところだ。シノブは『2アルン(2時間)後にこの書類を仕上げるように』と告げれば、ちゃんと2アルン(2時間)以内で仕上げてくる。どうしても間に合わないと判断すれば明確な理由と共にその旨を報告してくる。中途半端に任務を放り投げることだけは絶対にしない人間なんだ。だから約束を反故にするとは思えない。


一方で、シノブは謎が多い人間でもある。


先ずシノブの性別はあやふやだ。陛下や宰相閣下は男だと思っている……のだろう。あの接し方は女にするものではない。女性相手ならある遠慮が見受けられないからだ。シノブは女にしては低く、男にしては高いというどちらにも取れる声をしている。体躯も男としては華奢だが、女としては平たいのだ。いや、不躾な話ではあるけれども。同年代の貴族子女と比べると成長不良なのかと思う程だ。短髪であることも首を傾げる一因になっている。

そして母国も、他国出身とは知っているがその国名を聞いたことがない。シノブ自身母国に関して話さないし、身内親族の話題は極力避けているように見える為に僕らも口に出さない。高い算術能力や武術の腕前もそうだ。『母国で会得した』とは聞き及んでいるものの、それ以上の詳細を語らなかった。シノブの国は何て名で、どんな国で、どんな生活をしていたのか。何1つとして不明のまま。『いつか話してくれるのでは』と思ってはいたものの、その気配も無い。


だから今回の事で、1つでもシノブの事が知れたらと思った。優秀な後輩は未だに自らをただの平民と思っているようだから、先達の僕が少しでも助けになればと。


そうしてこの食堂の件から最初の休日、友イーニスの元へ前触れを出して屋敷へと馬を向けたのだった。

長いので分けました。

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