第230話 決闘
「……来ないのか?」
男は剣を構え、エミリスと向き合ったまま、彼女が動かないことを口にした。
大見得を張って出てきた割には慎重派なのだろうか。それとも……。
男がそう思っていると、エミリスはそれまで下げていた剣先を男に向けた。
「こっちから行っても良いのですか? ……なら行きますけど」
軽く答えると、そのままゆっくりと一歩ずつ男に近づく。
特に緊張感もなく、ただ歩いているだけにしか見えず、それが男から見て余計に不気味に思えた。
(素人……というわけではないが……。大口を叩くほどにも見えんな……)
特にきちんと習ったわけではないが、様々な相手を打ち負かしてきた経験がある。
それは型を持たないが故に、相手の弱点に合わせて変幻自在に立ち回れるということでもある。
その経験からすると、どう考えても自分が負けるとは思えなかった。
不気味なのは、得体の知れない自信と、怪しげに光る剣だけだ。
(試してみるか……)
男はそう考えると、エミリスを待つ。
あと一歩。
そこまで近づけば自分の踏み込みで剣が届く。
そのタイミングで、男は筋肉を弾けさせた。
(狙うは……剣のみ!)
横から自分の剣をぶつけて、弾き飛ばしてしまえばいい。
それを狙い、身体を低く下げ、下手から持ち上げるように剣を一閃した。
――キィン!
甲高い音が闇夜に響く。
それと同時に、折れた剣先が魔法の灯りを浴びながら空に舞った。
一瞬、男はエミリスの剣の横っ腹を狙ったこともあって、相手の剣を折ったのかと思ったが、すぐにそうではないことに気づく。
「な、なにいっ!」
見なくてもわかる。
手に伝わる重さが、明らかに軽い。
つまり、折れたのは自分の剣だということだ。
(剣にヒビでも入ってたか……?)
そうとしか考えられない。
だいぶ使い込んでいた剣だ。
気に入って手入れはしていたつもりだったのだが、気づかぬうちに疲労溜まっていたのかもしれない。
ただ、幸い折れたのは半分ほどだ。自分の腕ならこれでも戦えるはずだ。
「……運が良かったな。これくらいはハンディとしてやろう」
「別にそんなのいらないですけど。せめて新しい剣に変えたらどうです? 何度やっても同じだと思いますけど」
「ほざけ。言わせておけば」
男は折れた剣先をちらりと見る。
中程で綺麗にまっすぐ折れていて、まるで切断したかのような切り口に見えた。
相手は先ほどと変わらず、剣を前にして立っているだけだ。
剣の差がある以上、油断していては足元を掬われることもあり得ると、気合を入れ直して構える。
そのとき。
――バシッ!
「ぐっ!」
突然、剣を握る手に痛みが走り、危うく剣を落としそうになった。
何が起こったのかわからないまま、痛みを堪えて握り直したが、一瞬相手から注意を逸らしてしまったことに気づく。
(――ヤバい!)
危険信号が頭の中で反応し、全身の毛穴が開くような感覚を覚えた。
――ギン!
「うあぁっ!」
音も聞こえないまま、一瞬で間合いを詰められたと同時に、剣を振るう僅かな風切り音と、微かな感触が手に伝わる。
カラン――。
そして、軽い音を立てて、半分残っていた剣先が足元に落ちて転がった。
先ほどの逆。
素早く切り込んできた相手は、自分の剣を狙って根本から折ったのだとすぐにわかった。
踏み込みの音が聞こえなかったのは、達人レベルの足運びだったのか。
そう思ったが、まさか彼女が地に足を付けず浮いていたとは想像すらしていなかった。
男は柄だけになった剣を握りしめ、一歩後退りながら自分に剣を突きつけるエミリスを見た。
「んふふ、その剣ではもう戦えませんね。まだやります? まぁ、何度やっても同じですけどね」
「くっ……」
相変わらず余裕のある表情を見ると、確かにその通りなのかもしれないと思ってしまう。
離れているときにはわからなかったが、ルビーのような赤い目がじっと獲物を狙っているように感じられて、ぞくっと背筋が凍る。
(……赤い目?)
自分では初めて見たけれど、先代から話に聞いたことがあった。かつて売った少女のなかに、そういう目をした赤子がいたことを。
「……で、結局どうするんですか?」
動かない男に焦れたのか、エミリスは気だるげに尋ねた。
剣先は下に向けて、棒立ちだ。
男は柄だけを持って構えている自分の姿と対比して、滑稽だと笑う。
どう考えても、この状況で勝ち目などあるはずもない。
新しい剣を手にして勝ったとして、果たしてそれで勝ったと言えるのだろうか、とも。
「……俺の負けだ」
「ふーん。……周りの皆さんはそんな感じじゃなさそうですけど、良いんですか?」
はっとして振り返ると、仲間たちがこちらに向かって弓を引いているのが見えた。
自分を含めて、矢を浴びせようとでもいうのだろうか。
「く……」
まさか、と思いながら男は唇を噛む。
しかし、この状況ですら、眼前の女は焦る様子もない。
「貴方も人望がありませんねぇ……」
「ふ、ふん。お前に首を刎ねられるくらいなら、道連れのほうがマシだ」
そう強がって言うものの、男の顔は引き攣っているようにも見えた。
「ま、矢くらいどうってことないんですけどね……」
男には、かすかにエミリスのそんな呟きが聞こえた。
そのとき弓を構えた集団のなか、ひとりの男の掛け声とともに、一斉に矢が放たれる。
ヒュンヒュンヒュン!
「くっ……!」
矢が風を切る音が響くなか、自分に当たらぬことを祈りながら、男は少しでも確率を下げようと身体を伏せた。




