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第196話 開会式

 ウィルセアの紹介で壇上に上がった初老の女性に一同の視線が集まる。

 恐らくこの民衆のなかで、エレナ女王を直接見たことがある者はいないのだろうが、それでも彼女の名や特徴は誰もが知っている。


 もちろん偽者だと疑うものは誰もいない。

 なにより、この近隣では最も有力者であり、エレナ女王とも親戚筋であるダリアン侯爵よりも先に、彼女が壇上に立っているのだから。


 普段の気さくな一面を持つ彼女をよく知っているアティアス達ではあるが、今日のエレナ女王はまさに「女王」としての威厳を備えていた。


「皆さん、はじめまして。今回は、新しい領主、アティアス男爵に招かれて、ここウメーユの収穫祭に来ました。また、マッキンゼ子爵のみならず、ダリアン侯爵も駆けつけるなど、若くともアティアス殿の人望がそれほど厚いことを表しています」


 いずれもアティアス本人が招いた訳ではないのだが、結果的にそうなったことを利用して、エレナ女王はそう述べた。

 アティアスが苦笑いしているのを、口元を緩めてエミリスは眺めていた。


「実はここウメーユには以前も来たことがあります。この町は豊かな自然があり、改めて素晴らしい町だと感じました。度々領主が代わり、混乱もあるかと思いますが、今後はアティアス殿が末永い平和を約束してくれるでしょう。今回、私も街を歩き、祭りを楽しむつもりです。気軽に声をかけてくださいね。――皆さんで祭りを盛り上げていきましょう」


 挨拶が終わると、民衆から大きな喝采が上がる。

 それに軽く手を上げて応えると、更に声が上がった。


「次に、ダリアン侯爵殿より、ご挨拶を頂戴いたします」

「はい」


 ウィルセアの言葉に、ダリアン侯爵は真剣な顔で壇上に向かう。

 エレナ女王の直後だというのに、緊張しているような素振りはあまり感じられなかった。


「えー、この度は収穫祭の開催、おめでとうございます。アティアス殿に代わられてから初めての開催ということで、図々しくも私どもも来てしまいました。先程エレナ女王陛下からのお言葉もありましたように、アティアス殿は……」


 意外なほどすらすらと挨拶の言葉を紡ぐダリアン侯爵を見て、アティアスは驚いた。

 これまで長い間、伊達に侯爵として領主を任されているわけではないことを理解する。


 昨日はひと悶着あったけれども、この演説を聞いて、敢えて敵に回すことが得策とは限らないと感じた。


「……以上で、私からの挨拶とさせていただきます」


 深々と頭を下げて壇上から降りるダリアン侯爵に対し、エレナ女王の際に比べると少ないながらも、拍手が散見される。


 続いて農業組合会長の挨拶など、滞り無く開会式は進んだ。

 そして――。


「――最後に、アティアス男爵より、来場いただいた皆様に御礼の言葉をお伝えさせていただきます」


 ウィルセアの紹介で、真面目な顔をしたアティアスが壇上に向かうが……。


「せっかくだからエミーも」

「ええ!? ちょっ……!」


 ふと思いつきで、エミリスに声を掛けてその手を引く。

 慌てる彼女だったが、そのまま引きずられるように一緒に壇上へと並ぶと、深く頭を下げる。


「――エミリスちゃーん!」


 そのとき、唐突に民衆の中から大きな声で彼女の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 誰の声かは分からなかったが、住民の誰かなのだろう。元々、彼女は目立つ容姿でもあるし、普段から大量の食材を買い求めるのでこのウメーユの住民から有名だ。

 一方で、兵士達は皆その尋常ならざる魔力を知っており、男爵の懐刀とか、影の支配者などと恐れられているのだが、彼女は気にしていなかった。


 ともあれ、その声を皮切りに、様々なところから声援が飛び交う。

 戸惑いながらも、ペコペコと頭を下げるエミリスの横でアティアスは苦笑いをしていた。


 それが落ち着いたころ、アティアスは口を開く。


「こんにちは。私が挨拶をするよりも、妻に任せたほうが良かったのかもしれませんが――」


 そう言いながらエミリスに目を遣ると、周りからも笑い声が聞こえた。


「今回、こうして無事に開催できることは、皆さんの準備のおかげです。さあ、挨拶が長くなってもいけませんので、今から皆さんでどんどん盛り上げていきましょう! ……ちなみに、このエミリスに大食い大会で勝った者には賞金を出しますので是非チャレンジしてください」


 アティアスが話すと、エミリスが小さく手を振る。

 しかし、「そんなの無理だろー!!」「ハンデ付けてー!」とかの声が聞こえてきて、彼女はにんまりと笑った。


「ははは。――それでは、今から収穫祭を開催します!」


 ふたり並んで礼をして、壇上から去る。


 そうして、いよいよ収穫祭が始まった。

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