第190話 収穫祭前日
「そんな研究までやっていたんですね。……それが、なぜワイルドウルフに?」
ヴィゴールの話に、アティアスは驚きつつも疑問を呈した。
ヘルハウンドの方が圧倒的に戦力としては強力だ。
なにしろ、多少の魔法は効かないうえに、よほどの戦士でもない限り倒すのは難しい。
「……知能は高くなったのですが、命令を聞かなかったのです」
「それはなぜ?」
「正確なところはわかりませんが、ヘルハウンドの方が強いですからね。命令する側よりも」
「なるほど……」
人間ならば、純粋な力よりも立場や権力がある人はいくらでもいる。
しかし、獣の世界では力の強いものが立場も強い。
当たり前のことだ。
より賢く、知能をつけたからといって、その根本は変わらなかったのだろうか。
「ですから、手に負えなくて廃棄したのです。……と言っても倒せるわけもなく、そのまま放逐しただけですが」
「それがこの子……の可能性があると言うことですね」
「ええ。ただ、見たところまだ若い。研究をしていたのは随分前ですから、そのものではないのは間違いないでしょう」
ポチがその話を理解しているのかどうかわからないが、ちらっとヴィゴールの方を見ては、耳をピクピクとさせていた。
「……それにしても、これだけ懐いているとは。エミリスさんにそれだけの力があるのを見抜いているのでしょうね」
「そんなものですかね?」
エミリスがポチを抱いて不思議そうに聞く。
「ええ、力がない者に懐くと思えませんからね」
◆
「あれから色々考えていたのですが、私の予想ではダリアン卿はかなり強気に来ると思っています」
エミリスが淹れたお茶を飲んで一息ついたヴィゴールは、そう話した。
「強気……ですか」
「ええ、もしかするとかなりの兵士を連れてくるのでは? 護衛のためだとか言って」
「……それで、何らかの要求をしてくる。という訳ですか」
「そうですね。ここの部隊の兵力を知らない訳はないでしょうけど、収穫祭で観光客も多い。面倒事を起こすぞと言うだけでも脅迫にはなります」
つまりこのウメーユに兵士を連れてやってきて、嫌がらせをすることをチラつかせるということだろう。
初めての収穫祭で大きなトラブルがあれば、領主としての手腕が問われることもあって、できれば避けたいと考えることを見越してのことだ。
しかし、ヴィゴールは「くくく」と笑った。
「普通ならそうでしょうが、楽しみですね。……ダリアン卿の唖然とする顔がね」
◆◆◆
そして、その2日後。
収穫祭前日のことだった。
ヴィゴールの予想通り、ダリアン侯爵は通常の外交では考えられない、30名もの兵士を連れてウメーユに到着した。
「アティアス男爵、此度はよろしく」
アティアスとエミリスは砦の入口で出迎える。
ダリアン侯爵の横には、先日も顔を見せたジェインが立っていて、その後ろに護衛の兵士たちが並んでいた。
その中には、ジェインと一緒に来ていた騎士もいるようだ。
いずれにしても、護衛にしてもかなりの重装備で、しっかりとした鎧を身に着けている者ばかりに見える。
「ご無沙汰しております、ダリアン侯爵。……確か一度ゼバーシュにお越しになられた際、お会いした記憶がございます」
「そうだったか。いや、アティアス殿もルドルフ殿に似てご立派ですなぁ」
「いえいえ、まだまだ若造ですので」
ダリアン侯爵は、息子のジェインに比べて背丈はあまり変わらないが、かなり恰幅のいい男性だ。
歳はまだ40代くらいだろうが、髪はだいぶ薄くなってきていた。
ダリアン侯爵はアティアスの斜め後ろに立っていたエミリスに視線を向けた。
「……それにしても、珍しいお嬢さんですな。その目と言い、髪と言い……」
「こちらは妻のエミリスです。多少、特徴がありますが、お気になさらず」
アティアスが紹介しつつ、少し脇に避けると、エミリスは深く礼をする。
「エミリスでございます」
「ダリアン侯爵です」
頷く程度に頭を動かしただけのダリアン侯爵は、じっくりと舐めるようにエミリスを見た。
その視線にエミリスは背筋がゾクッとしたが、もちろん顔には出さなかった。
「まだ若いですな。うちのジェインと……同じくらいか、歳下にも見える」
「一応、もう17になっておりますよ」
アティアスが補足すると、ダリアン侯爵は「ほぅ」と頷いた。
実際の年齢を言うわけにもいかず、戸籍で登録している年齢を伝えたまでだった。
「――さ、お疲れでしょう。中へどうぞ」
「ああ、そうさせてもらおう」
アティアスに促され、ダリアン侯爵は砦の中に足を踏み入れる。
護衛の兵士たちは10人ほどが付き添い、残りは砦の外で待つようだ。
「こちらへ」
あまり使われないが、砦の中に来客を通すための広い応接室があり、アティアスはそこに案内する。
部屋に入ってすぐ、先に入って待っていた人物から声がかけられた。
「お久しぶりです。ダリアン侯爵殿」
「――! 貴殿は……マッキンゼ子爵……! なぜ……」
この場で顔を合わせることになるとは思っていなかったのか、ダリアン侯爵は目を見張った。
応接室の中では、ヴィゴールとウィルセアが先に待機していて、優雅に礼をしていた。
「いえ、私も娘の活躍を見たくなりましてね。気まぐれですよ」
そう言ってヴィゴールは口角を上げた。




