第157話 約束
「それはどういう……?」
「父から聞きましたが、アティアス様はこのあと男爵になられるのでしょう? そしてゼルム家から独立して領地を。……あなたの側で、私を使っていただきたく思います」
ウィルセアの提案に、アティアスは即答することができなかった。
アティアスはしばらく無言でいたが、ようやく声を絞り出した。
「それは……ヴィゴール殿との相談は……?」
「はい。お前の人生だから好きなようにしろ……と。私なら、諸侯との外交も務められます。それに関しては、恐らくエミリスさんよりも。……どうかお願いいたします」
彼女のさらりとした長い金髪が床に付くほど深く、ウィルセアはアティアスに頭を下げた。
彼が頷いてくれるまで頭を上げない覚悟だった。
以前にエミリスと2人で相談していた時にも、ウメーユを統治するのにウィルセアが適任であることは理解していた。
ただ、それでもいざ彼女から言われてみれば、なかなか決断できなかった。
長い時間、頭を上げないウィルセアを見て、アティアスはついに覚悟を決めた。
「ウィルセア、頭を上げてください」
「……嫌です。あなたが首を縦に振ってくださるまでは、上げません」
「頭を下げたままでは、私の頭が見えないでしょう?」
それを聞いて、ウィルセアははっと顔を上げた。
「――それって」
「ええ。是非、私からあなたに協力をお願いしたい。……大変だと思いますが、かまいませんか?」
「は、はいっ! 喜んで!」
ウィルセアはアティアスの手を取って、笑顔で頷いた。
◆
「とりあえず今日は宿に帰るよ。また明日にでも城に行くから、詳しい話はそこでしましょう」
「はい。父にも伝えておきます。……お気をつけて」
「ああ、それじゃ」
アティアスは酔っ払って寝ているエミリスを背負ったまま、屋敷の前で見送りしてくれたウィルセアに小さく頭を下げた。
宿に向けて歩いていると、冬の冷たい風が顔に当たって気持ちよく感じた。
そして、背中の彼女は温かかった。
「さて……エミーにどう説明するかなぁ……」
「……何をですか?」
アティアスは独り言を言ったつもりだったが、不意に背中から返事が返ってきて驚いた。
「お、起きてたのか⁉︎」
「はい。いま起きましたっ!」
エミリスは笑顔で彼の背中から飛び降りると、アティアスの腕を掴んでその顔を見上げた。
「お酒はもう大丈夫なのか?」
「んー、よく寝たので大丈夫っぽいです」
「そうか。それはよかったよ」
また二日酔いにでもなるのかと心配していたが、今の様子を見ている限り、大丈夫そうだった。
「……で、私に何を説明してくださるのですか? もしかしてウィルセアさんのことです?」
「な、なんで今日に限ってそんなに鋭いんだ……?」
アティアスが怯みながら聞き返すと、彼女は得意げに笑った。
「だって、そのくらいしか思いつかないですし」
「あ、ああ。そうだ。……エミーが寝てる間のことですまないが……ウィルセアにはウメーユに来てもらうことになった。詳しくは明日相談するが……」
アティアスは先ほどの話を正直に彼女に伝えた。
それを聞いたエミリスは、難しい顔をしながら呟く。
「……話はわかりました。でも、浮気しませんよね……?」
「ああ。それは約束するよ」
「絶対ですよ……?」
「絶対だ」
アティアスは大きく頷いた。
それを聞いてエミリスは満足したのか、いつもの笑顔を見せた。
「……もしも、万が一ですよ。アティアス様が将来ウィルセアさんを抱かれるとか言った時は、私もご一緒させていただきますからねっ」
「おいおい、それは……どうなんだ?」
「私は絶対アティアス様の側から離れませんから、そうなるのも当然ですっ!」
胸を張るエミリスに、アティアスは苦笑いした。
お酒を飲ませればコロッと寝てしまうのだろうが、それは後が怖すぎる。
彼女の顔色を窺うしかないだろう。
「まぁ心配するな。……エミリス様のご機嫌を損ねるようなことはしないよ。約束だ」
「うむ、良き心がけじゃ。せいぜい励むがよい。……ふふっ」
もう一度アティアスは言い切って、彼女の頭を撫でた。
ウィルセアにも言ったように、エミリスの幸せを最優先にするというのは、彼が以前にも誓ったことだからだ。
◆
「昨晩は突然失礼いたしました」
翌日、アティアス達はミニーブルの城に出向き、ヴィゴールと面会していた。
もちろん、ウィルセアも同席している。
「いえいえ。わざわざシェフに来てもらったのに、かなり残してしまいましたから。ちょうど良かったです」
あとでウィルセアに聞いたのだが、昨晩最初に行こうとして休みだった店のシェフを呼んで、パーティをしていたらしい。
エミリスがその匂いに引き寄せられたのだった。
「ありがとうございます。……ところで、ヴィゴール殿はどこまでお聞きになっておられますか?」
「それは王都からの使者の話ですよね?」
「そうです。恐らくワイヤードという方が来られたのだと思います」
ヴィゴールの確認に、アティアスが答えた。
「ええ。宮廷魔導士……とは言ってましたが、それ以上の何かがあるように思いましたね。たった1人で女王直々の重要な書状を持ってきた訳ですから」
「確かに……普通では考えられませんが、あの方ならそうでしょうね。なにしろ女王直々の護衛を勤めていますし」
「なるほど……。ここにその書状があります。読んでみてください」
ヴィゴールは話すよりも書状を読んだ方が早いとばかりに、ふたりに手渡した。
「ふむ……。ゼバーシュに届いたものとほぼ同じ……内容が違ってたらどうしようかと思いましたが、そうでもないようです」
「それは良かった」
「書状の他に、ワイヤードさんは何か言ってましたか?」
アティアスは口頭での指示がないかを確認する。
するとヴィゴールはその時のことを思い出しながら答えた。
「いえ、特には。……ああ、そういえば、アティアス殿が領主になった際には、女王も来られると言っていましたね。ついでにミニーブルやゼバーシュにも寄ると。……私の就任のときも含めてですが、こんな辺境に女王が来られたことなど一度もありません。……よほど気に入られたようですね?」
「……そうかもしれませんね。まぁ、気に入られているのはエミリスでしょうが。王都での事件も、エミリスあってのことです」
「なるほど。エミリスさんなら納得します」
今や『エミリスなら』というだけで皆が納得するほど、彼女の存在感は大きい。
本人はあまり気にもしてないのだろうが。
「――さて、今朝娘から昨日の話を聞きましたが、娘はあなたのためにここを離れるつもりだそうです」
「……はい」
「私の大事な娘をあなたに預けるわけですから、それ相応の覚悟はあると思ってよろしいですか?」
「――お父様!」
真剣な顔でアティアスへと問うヴィゴールに、ウィルセアが横から口を挟んだ。
しかしヴィゴールはそれを手で制する。
アティアスはしばらく黙っていたが、同じく真剣な目でヴィゴールに向き合い、口を開いた。




