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第156話 提案

 ミニーブルに着いたときはもう暗くなっていたこともあって、その日は宿に泊まることにした。


「アティアス様っ! お腹空きましたっ! またあの店行きたいですっ」

「あの店って……前に来た時の?」

「ですっ! 子羊の……」


 彼女が言うのは、以前初めてミニーブルに来たときのレストランをアティアスは理解した。


「ああ、今日開いてるかな……? とりあえず行ってみるか」

「はいっ!」


 ◆


「……閉まってますね」

「閉まってるな」

「…………がっかりです」


 店に行ってみたが、新年ということもあって、レストランは休業日だった。

 お腹を空かせていたエミリスは、あからさまに落胆して肩を落とした。

 うっすらと涙を浮かべてすらいる。


「うぅ……。もう生きていけません……」

「そこまでか……? まぁ、店は他にもあるから適当に歩いてみよう」


 アティアスに促され、彼女はなんとか気を取り直す。

 しばらくは彼に引きずられるように歩いていたが、ふと鼻をヒクヒクとさせると、急に目を輝かせた。


「なんか美味しそうな匂いがしますっ! 絶対間違いないですー」


 彼女に引きずられるように、2人は通りを歩く。

 ただ、どうも店がある辺りとは違い、住宅街に入っていく。


「……こんなところに店があるのか? この辺りは個人の家だと思うぞ?」

「すみません……。私も心配になってきました。すごく美味しそうな匂いはするんですけど……」


 彼女も不安になったのだろうが、とりあえず歩いていくと、ふと1つの大きな屋敷の前で足を止めた。


「ここなんですけど……。どう見ても誰かのお家ですね。残念です……」

「仕方ないって。良いもの食べてる人なんだろ。さ、他の店探そうか」

「はい……」


 エミリスはまた肩を落とした。

 どうにも今日はうまくいかないと思いながら、ふとその屋敷の表札をみると、そこには『マッキンゼ』と書かれていた。


「あれ、ここってもしかして……?」


 彼女が表札を指差して、彼に声をかけた。

 それを見たアティアスも、なるほどと頷いた。


「ヴィゴール殿の屋敷かもしれないな。……かといって、今訪ねていくわけにもいかんだろ」

「あはは、まぁそうですね」


 苦笑いしながら、彼女はその屋敷の明かりのついた窓を見る。

 そこには、見慣れた少女――ウィルセアがたまたま外を眺めているところだった。


 邪魔をするのも悪いと思いながらも、エミリスが街灯の下で手を振る。

 すると、運よくウィルセアがそれに気づいたのか、驚いたような顔をしたようにエミリスの目には見えた。


 すぐに窓からウィルセアが見えなくなると、程なく玄関に明かりが灯り、中から彼女が顔を出した。


「な、なんでおふたりがここに……⁉︎」


 びっくりした様子でウィルセアが2人に声をかけた。


「こんばんは。お元気そうで」

「アティアス様、こんばんは。お会いできて嬉しいです」


 アティアスが挨拶をすると、ウィルセアもスカートを摘んで、上品に礼をした。


「夜にすまない。たまたま夕食の店を探してたんだけど、こいつの鼻がここから良い匂いがするからって来てみれば。……すぐ帰るよ」


 そう言いながら、アティアスはエミリスの頭をわしゃわしゃと撫でた。


「そうなんですね。ちょうどシェフを呼んで家族でパーティをしていたところです。……料理がかなり残ってますから、もしよろしければおふたりもいかがですか?」

「家族での夕食に俺たちが行くのは悪いだろ。また今度にするよ」


 アティアスが断ろうとしたが、その手をウィルセアが握った。


「いえ、ご心配なく。捨てるのも勿体ないことですし、お父様も喜びますわ」


 どうしようかとアティアスは隣のエミリスの方を見るが、彼女は美味しそうな匂いに涎を垂らしていた。

 お腹を空かせている番犬をそのままにするわけにもいかないかと、彼はウィルセアの提案に乗ることにした。


「それじゃ、甘えようか」

「はいっ。それではこちらに……」


 そのままウィルセアに手を引かれて、2人は屋敷の中に足を踏み込んだ。


 ◆


「ご無沙汰しております。ヴィゴール殿。突然呼ばれてしまいまして、申し訳ありません」

「こちらこそ、ようこそいらっしゃいました」


 パーティをしていた広間に入ると、ほんのりと赤い顔をしたヴィゴールが2人を出迎えてくれた。

 すでにだいぶお酒を飲んでいるようで、機嫌が良さそうだ。


「とりあえずワインでもどうぞ」


 勧められるままに、2人はグラスを手に、ワインを注いでもらう。


「これは美味しいですね」


 アティアスが軽くひと口含み味わう。

 ふと横を見ると、既に空になったグラスを手にしたエミリスが笑顔を見せていた。


「……エミー、ここでそんなに行くな。大変なことになるぞ?」


 危険を感じたアティアスは、そっと彼女の耳元で忠告するが、もう遅かった。

 完全に空腹だったお腹にワインを一気に流し込んだのだ。

 今までの経験でどうなるかくらい、すぐにわかった。


「……むはー。このワインー、さいこーですー」


 あっという間に酔いが回った彼女は、グラスを片手、もう反対側の手にボトルを持ち、へらへらと笑う。

 こうなるともう潰れるまで手がつけられないと、アティアスは頭を抱えた。


 ◆


「エミリスさんって……お酒に弱かったんですね……? 意外でした……」


 床に寝転がって寝息を立てるエミリスを見ながら、ウィルセアはアティアスに呟いた。

 もちろんウィルセアはまだお酒が飲めるような歳ではないので、ワインの味などはわからないし、酔ったこともなかった。

 ヴィゴールも意外と酒には弱いようで、あれからしばらくして潰れてしまったようだった。


「ああ。エミーはな、魔導士としては最強だけど、この酒の弱さはどうにもならないな。初めて会った時から変わらないよ」

「ふふ。でもそういうのも含めて、愛していらっしゃるのでしょう?」

「そうだな。強いところもあるし、弱いところもある。それが良いんだ。人間ってそういうものだろ?」

「そうですね……」


 ウィルセアはひとつため息をついて、幸せそうに寝ているエミリスを見る。

 そして、真剣な顔をしてアティアスに向き合った。


「……アティアス様はまだ会ってないと思いますが、私には小さい双子の弟がいます。後継はそのどちらかです」

「弟が……いたんですね」

「ええ。まだ本当に小さいので、母から離れられませんが。先ほどもアティアス様が来られる前、一緒に食事をしていたのですけど、もう遅いので先に寝室に」


 家族でパーティをするにしても、ヴィゴールとウィルセアしかいなかったのはそういうわけだったのかと、アティアスは理解した。

 ウィルセアが続ける。


「……ですので、私はいずれ一般人になるか……どこかの貴族に嫁ぐか……どちらかになるでしょう」

「まぁ……そうだろうな」

「どちらにしても、それはまだ先のことです。それで、私なりに考えたのですけど……それまで、いえ、可能ならばそれからもずっと……私はアティアス様のお力になりたいと思うのです」


 ウィルセアは自分の胸に手を当てて、アティアスに訴えた。

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