36,№4444。
──ハムナー視点──
ホウジョウを揺すぶっていた女が、いきなり消えていなくなった。
ハムナーは訝る。今のは転送とは違うようだ。だとすると何なのか。
ふいに背後から、女の声がした。一瞬ドロシーさんが戻ったのかと思ったが、これは違う。
おかっぱ頭の女が、ハムナーに伝えてくる。
「今のは案内係№4444です」
このおかっぱ頭は、≪サハラ・ダンジョン≫が使役する案内係だ。
「いまのが案内係だと? だがよ、そうは見えなかったが?」
「案内係4444は欠陥品として破棄されたはずです──なぜいまだ存在しているのかは不明」
「破棄されたはずの案内係だとぉ? なら今は、ホウジョウの脳内に戻ったのか?」
「おそらくは──」
ハムナーはしばし考え、結論する。
案内係4444の謎などは些末なことだ。ホウジョウは寝続けている。そして今や起こす者はいなくなった。これだけが大事なことだ。
★★★
──アーダ視点──
イチゴから聞いた話を、汐里とソフィアにも伝える。
ちなみにイチゴに対する反応は対照的だった。
「おじさんに力を与えた存在だよね。まるで、おじさんの女神さまみたいだよね」
「脳内に寄生しているって、それはもうモンスターの範疇だと思うのだけど。北条さん、脳味噌とか食べられてないの?」
アーダの脳内で、イチゴが話し出す。
〔汐里さんはさすがですねぇ~。見る目があります。対してなんなんです、このソフィアって女は? タケト様に腹パンされるだけのモブ要員が、なぜこんなところにいるのです? 腹パン枠とかいらないんですけど〕
アーダは思った。こんなモノを脳内に飼っていながら発狂しないとは。師匠のメンタルは強靭すぎる。さすが師匠だ。
アーダたちはすでに前進を始めていた。
最下層に達するまでは、女王蜘蛛を休ませる計画だ。
そこで前衛をアーダが務め、後方からはソフィアが魔法攻撃を仕掛ける布陣。真ん中には、非力な汐里。
S級ダンジョンを進むのに戦力が2人というのは心もとない。だがそこは元A級フロアボスと、Sランク冒険者だ。何とか前進している。
ただし、いまのところ雑魚モンスターしか出てきていないからだが。ここでフロアボスが出現したら、計画を変更して女王蜘蛛の力を借りることになるかもしれない。
ところが杞憂だった。
第84階層あたりから、フロアボスどころか雑魚モンスターさえ現れなくなったのだ。
「どうなっているんだ?」
〔最下層には、3万体近くのモンスターが集まっていますからねぇ。ここらへんのモンスターは全部、最下層に行っちゃっているんですよ。これで敵の奇襲を心配せずに済みますね。さ、駆け足~〕
〔まて。いま3万体が集まっていると言ったのか? その中に師匠が寝ているのか? どうやって師匠に近づき、起こせというのだ?〕
〔さぁ。そこは上手くやってくださいよ~。そうだ。アーダさんって、ハムナーさんの許嫁じゃないですか。そこを利用するんですよ。モンスター大軍の前で、お二人でハメられては? 言うなれば、陽動ハメハメですっ! その隙に、汐里さんたちがタケト様を起こすと〕
アーダは心の底から、このイチゴというのを殺したくなった。
殺意を感じ取ったらしく、イチゴが楽しそうに言う。
〔残念ですが、それは無理でーす。あのタケト様でさえ、わたしだけは殺せなかったのですよ~〕
〔……〕
そんなことをしているうちに、最下層に到達。
アーダたちは最下層外縁の物陰から、状況をうかがう。
イチゴが話していた通り、数えきれないほどのモンスターが集っていた。その中央には、城塞のようなものがある。あれが魔導兵器だ。
噂にだけは聞いたことがある【埋もれた兵器】。
その隣には小塔があり、頂上にハムナーがいた。
ソフィアが青ざめた顔で言う。
「な、なんなの、これは──≪サハラ・ダンジョン≫の主力は、こんなところにいたんだわ。あたしたちが苦労して倒してきたのは、主力から外れたモンスターに過ぎなかったのよ」
「だろうな。そうでなければ、我々の実力でS級ダンジョン深部を進めたはずがない」
「どうやって北条さんのもとに行けばいいのよ?」
汐里が背伸びして、
「うーん。そもそもさ、おじさんはどこで寝ているのかな? この位置からじゃ、見つけられないよ。モンスターたちの中に分け入って捜さないと」
「本元さん。自殺したいのなら、もっと簡単な方法があるわよ」
「ソフィアさん。リスクを冒していかないと、世界の危機だよ。えーと、あと何時間だっけ?」
アーダの脳内でイチゴが答える。それをアーダが汐里に伝えた。
「残り154分だそうだ」
〔なんだかんだで、最下層まで来るのに時間がかかってしまいましたからねぇ〕とイチゴが付け足す。
「本当に残り時間は少ないんだねぇ」
「ああ。だからこそ慎重にいかなければ。私たちがここで捕まったら、それこそ世界の終わりで──」
ふとアーダは自問した。なぜモンスターの自分が、世界の心配などしなければならないのか。
汐里が指を鳴らす。
「あ、いいこと思いついた」
「なに?」
汐里は両手をメガホンの形にして、あろうことか大声を出す。
「お客さーん!! 終点ですよー!!」
全モンスターが、一斉にこちらを見た。
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