34,「あの方の子種が欲しい」。
──ハムナー視点──
爆睡するホウジョウタケトを遠くから見守るモンスター軍。
そんな中、ハムナーのマナーモードにしたスマホに着信があった。またもドロシーさんからだ。声を潜めて電話に出る。
「朗報ですぜドロシーさん。ホウジョウの奴、いまだ起きる気配がありません」
「そのようですね。『冒険者は瞬間移動できない』の禁忌を破った二日酔いは、相当なものなのでしょう。それはそうと──繃帯帝の件で、言い忘れていたことがありまして」
「ああ、繃帯帝ですかい。ホウジョウに瞬殺されちまいましたからね。まぁ今となっては、厄介モノを処分してもらったとも言えますからねぇ」
「わたくしが申したかったのは、そのことです。厳密には処分されていません」
「え?」
「繃帯帝は殺しても、しばらくすると蘇るのです。なぜなら繃帯帝は、≪サハラ・ダンジョン≫そのものですから」
ハムナーは喉が渇いてくるのを感じた。
「じゃぁ、この≪サハラ・ダンジョン≫が存在し続ける限り──」
「繃帯帝は蘇り続けます」
ハムナーは眩暈がした。なぜドロシーは、そんな重要なことをいまさら言うのか。嫌がらせか。
いや、いまは『上司』の愚痴を言っている場合ではない。
「とんでもねぇ! あの血に飢えた戦闘狂が野放しになっちまっているってことだ! ドロシーさん、悪いんですが──そのう、また奴を幽閉してはもらえませんかね?」
「かしこまりました。今からそちらに向かいます」
次の瞬間。
ハムナーのそばで青い光が輝き、一人の女が現れる。年齢は24で凍結。肩のところで切りそろえた、蜂蜜色の髪。一度も日差しの下に立ったことがないような白い肌。
「冒険者をやめた特権とは、まさしく転送でございますね」
「ドロシーさん……」
かつてダンジョンには、全てのモンスターを統べる王がいた。
言うなれば、唯一絶対の魔神が。
だが今や魔神はいない。
それはつまり、【五魔王族】や【三魑魅族】を統制する存在がいなくなったということだ。そうなれば、ただでさえ我の強いラスボスたちが足並みをそろえるはずもない。
その原因を作ったのが、このドロシーだった。
1人目の冒険者にして、魔神を瞬殺した真の化け物。
人間とモンスターを勝手に凌駕した『何か』。
魔神瞬殺の話が出るたび、ドロシーは謎の謙遜を示す。いわく──
「瞬殺ですか? まさか。8秒はかかりましたので」
そんなドロシーが、今はうっとりした眼差しを向けている。
ホウジョウタケトに。
「彼がホウジョウタケトですね。あぁ、わたくし以外にステータス∞の方にお会いできる日が来ようとは」
そして熱っぽいともいえる口調で続けるわけだ。
「わたくし──あの方の子種が欲しい」
「はい? ドロシーさん、いまなんて?」
「ハムナーさん、想像してみてください。ステータス数値を遺伝させる方法があるとしましょう。その上で、もしも∞と∞が掛け合わされたならば──その子供は、どのような存在になると思いますか?」
想像したとたん、ハムナーは寒気を覚えた。
これ以上、この話を続けるのは危険にも思える。
そこで本題に入ることにした。
つまり、繃帯帝の件に。
まずは近くの側近に声を潜めて、尋ねる。
「繃帯帝の居所は、確認したか?」
「はい。現在、第70階層にて女王蜘蛛と交戦中です」
その情報に、ハムナーの思考が追いつかない。女王蜘蛛は、髑髏皇帝の部下のはず。
それがなぜ、≪サハラ・ダンジョン≫にいるのか。
するとドロシーが言うわけだ。
「髑髏皇帝でしたら、ホウジョウタケトに殺害されました。お気の毒です」
「な、なんだって」
驚きのあまり大声を出しそうになったが、何とか抑えた。
だがさらなる衝撃が、ハムナーを襲う。
「それと、あなたの許嫁のアーダさんですが──ホウジョウの弟子になられたようですよ」
「……は?」
「これすなわち、ネトラレという状況なのでしょうか? ですがハムナーさんは、いまだアーダさんには触れたことさえございませんよね?
でしたら厳密には、ネトラレではないのでしょうか? 無知で申し訳ございません。ネトラレが発生する状況とは、すでに性的交渉があった者同士に対してなのでしょうか?
アーダさんのように処女だった場合は、どうなるのです? やはりネトラレ? あらハムナーさん、どうされました?」
「……ホウジョウタケトぉぉぉぉ」
ドロシーさんのスマホに着信。しばらく通話してから、ドロシーさんがハムナーに言う。
「申し訳ございません。マンハッタンのほうでトラブルが起きまして。先にそちらを片付けねばならなくなりました」
ホウジョウへの憎悪で滾っていたハムナーだが、ドロシーの話を聞いてハッとした。
「ですがねドロシーさん、繃帯帝をまた幽閉してくれるはずじゃ?」
「わたくしが戻るまでは問題ないかと。今は冒険者の方々と楽しまれているようですし。ではハムナーさん、くれぐれもホウジョウタケトを起こさぬように──では」
そうしてドロシーさんは転送して消えた。
どっと疲れたハムナーは、自分の玉座に腰かける。
ホウジョウを起こすななど、わざわざ念押しされるまでもない。今は許嫁を寝取られた憎悪よりも、大事なことがある。
すなわち、それは人類攻撃計画の成功であり、そのためには──
爆睡しているホウジョウへと視線を向けたとたん、ハムナーは凍り付いた。
先ほどまでホウジョウの寝ているソファベッド周辺には、誰もいなかった。最下層にできたエアポケットだ。
ところが、今は女がいる。
虹色の髪を長く伸ばした女が。
しかもあろうことか、ホウジョウタケトを揺すぶっているではないか。
その女の声が聞こえてくる。
「タケト様~、タケト様~。もう朝ですよ~。ほら起きてくださ~い。モンスター大虐殺タイムですよ~」
ハムナーは声量を抑えるのも忘れて、怒鳴った。
「誰かその女を殺せぇぇぇぇぇ!」
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