8,やり過ぎた。
山脈蜘蛛が、オレを見たとたん逃げ出した。
〔なんだ、アイツ?〕
〔あ、分かりました。称号ですよ、称号。フロアボスともなれば、冒険者が得てきた称号も見ることができるのですが──タケト様は、ほら〕
オレの視界上に≪蜘蛛殲滅王≫という称号名と、黄金のトロフィーが出てくる。
〔これは山脈蜘蛛100体を殺した者にのみ与えられる称号です。これを見て、あの山脈蜘蛛はビビりましたね〕
〔逃がすか!〕
オレは跳躍して、山脈蜘蛛の前に出た。
そしてビルのような脚の一本に、わざと踏まれる。
「ぐぁぁ、踏まれたぁぁ!」
脳内でイチゴがバカ笑いしだした。
〔見事な棒読みすぎです! わたしを笑い殺す気ですか!〕
〔お前は黙ってろ〕
涼花と小陽が祈るような、真剣な眼差しを向けてきている。
〔見ろ、あの2人は信じているだろ。自慢じゃないが、オレは学生時代2カ月ほど演劇部にいた〕
〔20カ月いたら良かったのに〕
オレの名演技は、山脈蜘蛛をも信じさせていた。なぜなら逃走から交戦モードへと切り替えてきたからだ。≪蜘蛛殲滅王≫に勝てるかも、と考え直したわけだな。
つまりオレは、モンスターの心さえも動かしたのだ。
そして、激しいバトルが始まった。
山脈蜘蛛は、お得意の鋼糸を織り交ぜた攻撃コンボを発動。
オレは何度も何度も立ち上がり、山脈蜘蛛を殴っ──
たように見せかけ、紙一重で寸止め。
小陽たちから見たら、オレの渾身のパンチが効いていないように見えることだろう。
〔タケト様、殴るだけじゃつまらないですよ! 派手なのいきましょ、派手なの!〕
〔派手なのだって?〕
〔攻撃系のスキルを使うんですよ! もちろん外さなきゃダメですけど!〕
コイツもノッてきたらしい。
〔いいだろう。派手なスキルは──よし、これだ〕
オレはいったん、山脈蜘蛛から距離を取った。
せっかくなのでダメージを食らっているかのように、片膝をつく。
もう、ダメだ。倒れそうだ──という演技。
すると声援が聞こえてきた。
「おじさん、頑張って!」
「おじさん、あともう少しだよ!」
「おじさん、そろそろ真面目にやろ?」
汐里からのは声援ではなかった気もするが。
とにかく、ここは必殺技を使うとき。
「くらえ、蜘蛛の化け物! 《爆裂風神逆烈渦》!」
〔あ、タケト様。それはやり過ぎです〕
途轍もない風の渦が現れ、山脈蜘蛛を1秒でバラバラにしてしまった。
さらに風渦はダンジョンの天井をも抉っていく。
〔ダンジョンの天井が崩壊しますよ~!〕
〔ダンジョンのくせに壊れるって、どういうことだ?〕
〔D~Fダンジョンまでの構造材は、次元鋼50ですので。《爆裂風神逆烈渦》には耐えられません。せめて核爆発にも耐えられる次元鋼80じゃなきゃ〕
〔あー、だから《爆裂風神逆烈渦》の注意事項に、『C級ダンジョン以上でご使用ください』とあったのか〕
何事も注意書きは読むものだ。
悲鳴を上げている汐里たちを、《要塞》のキューブで包んで守る。
オレは残骸に埋もれた。ので身震いして吹き飛ばし、残骸の外に出る。
面白いことに、崩落した天井の先には黒い渦が広がっているだけ。つまり単純に『上』が19階層というわけではないようだ。
汐里たちのもとに行く。
涼花、小陽はショックのあまり言葉を失っているようだ。まぁ無事なので良し。朱美はまだ気絶中。
汐里は驚愕しつつも、言葉を発した。
「おじさん──真面目にやろって言ったけど、あそこまでやらなくても」
「今のは事故みたいなものだな。今回のダンジョン攻略は、ここまでにしよう」
と提案したのも、すぐそこに≪転送ポイント≫があったからだ。
しかし、さっきまではなかったような。
〔ここのダンジョンの管理者代行が、タケト様に是非とも出ていって欲しいようですね〕
〔代行?〕
〔管理者は殺しちゃいましたから〕
〔ああ、髑髏伯爵のことか〕
汐里も≪転送ポイント≫に気づき、うなずいた。
「そのほうがいいみたい」
≪転送ポイント≫より外に出る。
「途中までは良かったが、最後が大変だったな」
「そうだね。おじさんがいなかったら死んでたよ。小陽と涼花は、もうダンジョン潜るの嫌になっちゃった?」
涼花が首を横に振る。
「ううん。最後は怖かったけど。なんか、次はもっと上手くやれそう気がする」
小陽がオレの顔を覗き込むようにして、笑いかけてきた。
「それに、どうやらウチらには最強の助っ人がいるようだしね」
「いつまでも当てにするなよ」
汐里が心配そうに、気絶中の朱美を見やる。
「けど朱美はどうかな? もうダンジョンなんて懲り懲りかもね」
朱美がパッと目覚めて、周囲を見回した。それから、ニッコリする。
「ダンジョン攻略、楽しかったねぇ」
いまどきのJKは、思っていたよりタフらしい。
その後、汐里たちとは東京駅まで戻ってから、別れた。
次のダンジョン攻略も一緒に行く、と約束させられて。
ビジネスホテルに戻ったオレは、所持金が危機的なのに今更ながら気づく。
「仕方ない。このダイヤでも売るか」
《収納》で保管していた、拳大のダイヤのことだ。
しかしこれ、正規のルートでは売れそうにない。ダンジョンで入手したと言ったら、どこのダンジョンだという話になるし。
〔となると、闇市みたいところで売るしかないな〕
〔裏社会ですねぇ。コネでもあるんですか?〕
〔あるわけないだろ。だが案ずることはない。こんなときこそ〕
ググるのだ。
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