4,口は災いのもと。
山梨百名山のひとつ小金沢山。
ここにあるのがD級≪小金沢山ダンジョン≫だ。
D級とはいえ、いまだに完全攻略者が出ていないダンジョン。
適度な難易度ということで、人気が高い。
ちなみに完全攻略したあとも、ダンジョンは存在し続ける。ただし、倒したボスが復活することはない。
≪樹海ダンジョン≫も今頃はラスボス不在だが、誰も最下層にはたどり着けないだろうから問題なし。
小金沢山へ向かう前日、汐里から電話があった。
「どうした汐里?」
「うん。明日持っていく荷物のことで相談があって。食料と水以外は、シェラフは持っていくとして、テントとかガスはどうしたらいいかな?」
「知らん」
「ええ、知らないの? ≪樹海ダンジョン≫のときはどうしたの?」
「手ぶらで入った」
速攻でドラゴンに食われるつもりだったしなぁ。
「よく水も食糧もなしで完全攻略できたね?」
「≪樹海ダンジョン≫は定期的に水源地があったからな。あと食糧は、現地で獲った」
「え? ダンジョン内って、食べられる生き物なんているの?」
「ああ、エビとかな。けっこう美味かったぞ」
厳密にはフロアボスの海獣王の子供だが。なかなか癖になる味だった。
「ググってみろ。冒険者のパッキングの仕方とかあるだろ」
そして当日。
早朝から出発して、小金沢山に到着したのが昼ごろ。
ダンジョン周辺には観光客が多い。たいていは外から眺めるだけで満足するが、中には冒険者たちもいる。
〔≪樹海ダンジョン≫とは違って、ここは盛況だな。≪樹海ダンジョン≫の案内係として、どうなんだイチゴ?〕
〔仕方ないですよ~。あっちはS級ダンジョン+富士樹海の組み合わせですよ。不人気スポットになることが運命づけられていましたね〕
まずは昼食を取ることになった。
グルメサイトで高評価のレストランが近くにあったので、そこへ行く。
と、待っていたのは行列。
「うわぁ~、やっぱり混んでるねぇ。どうする、みんな?」
パーティ・リーダーである汐里が、みなに尋ねた。
小陽がスマホをいじりながら、
「他も混んでるでしょ。休日に来たのが間違いだったよね~」
「平日は高校があるからね小陽」
「2、3日くらいサボっても良かったよね、って話」
汐里たちの計画では、≪小金沢山ダンジョン≫内で1泊。
第24階層を目指し、そこの≪転移ポイント≫から出る予定。
オレの計画は、最下層まで行ってラスボスをちゃちゃっと始末する。
あとはテキトーに。
さて。
オレたちの前に並んでいるのが、これからクラブに騒ぎにいきそうな感じの男4人。
こんなのでも冒険者らしく、以前≪小金沢山ダンジョン≫に入ったこともあるようだ。
茶髪のチャラチャラしたのが、涼花の気を引こうとしゃべりかけている。
「≪小金沢山ダンジョン≫でヤベェのが、第20階層に出てくるフロアボス。山脈蜘蛛って奴で、小山なみの蜘蛛。コイツがつえーんだよな。ま、俺たちなら倒せるけどよ」
山脈蜘蛛がフロアボスだと? イチゴに確認。
〔あの蜘蛛、≪樹海ダンジョン≫の雑魚中の雑魚モンスターだろ?〕
〔あっちで雑魚でも、こっちでは立派なフロアボスです。しかも強敵枠ですよ~〕
何というか。これも一種のカルチャーギャップだな。
ふいに茶髪チャラ男がオレを見て、指さしてきた。
「あっ、あんたアレじゃん! Gランクとかいう、超最底辺の冒険者! 俺もあんとき組合支部にいたんだよ。いやぁ、あんときは笑わせてくれたぜ」
すると汐里が茶髪チャラ男に向かって言う。
「ちょっと、おじさんに失礼でしょ! ちゃんと謝ってよね!」
「あ、なんだお前。さてはアレだろ、パパ活中だろ。こんな女に冒険者面されると、こっちも迷惑だよなぁ? 冒険者の品位が下がるってもんだぜ」
「何それ!」
ここで小陽が割って入る。
「ほら、ほら。列が動くよ。みんなお腹空いてるから、気が立ってるんだよ。あとさ、あんた達はもうウチらに構わないでくれる?」
汐里も茶髪チャラ男も、まだ言いたそうだな。ただちょうど店内へ誘導されるところだったので、双方とも引き下がる。
店内のテーブル席についても、汐里の怒りは治まってなかったが。
「さっきの人、ほんとに失礼だよね。おじさんのこと何も知らずに、あんな風にバカにしてさ」
「分かったから、もう汐里も忘れなって。おじさんを見習いなよ。ぜんぜん心を乱されてないよ。ほら、目も死んだ魚のようだし」
令和ギャルよ、それは褒めているのか?
とにかく汐里の怒りも静まり、昼食は和気あいあいとしたものになった。
まぁ、オレは黙々と食べているだけだったが。
その後、男子トイレに行ったら、先ほどの茶髪チャラ男と鉢合わせた。
「なんだ、Gランクのヘボじゃねぇか。そこをどけよ、邪魔だ」
「それは失礼」
オレは平和主義者なので、一歩脇に退いてやる。
茶髪チャラ男がバカにしたように笑い、言った。
「情けねぇヤローだな。どうせオメーみたいなのが、満員電車で痴漢してんだろうぜ」
オレはニッコリ笑って、聞き返した。
「すまない、誰が痴漢だって?」
「あぁ? 耳が悪いのかよ、おっさん? てめぇだよ、てめぇ」
とりあえず茶髪チャラ男の右耳をつかんで、引きちぎった。
「うわぁぁあ痛てぇぇぇえ!」
ついでに茶髪チャラ男の右ひざも軽く蹴っておく。
なんか、グチャリと潰れた。
「ぎゃぁぁあぁぁぁあ!」
「痴漢冤罪だ。言え、痴漢冤罪と」
「い、痛いよぉぉぉぉ! オレの膝が、膝がぁぁぁぁあぁぁぁあぁぁ!」
「膝のことは忘れろ。痴漢冤罪だ。言え、痴漢冤罪と」
茶髪チャラ男は這いつくばって逃げようとする。
ので、その右手を踏みつぶしておく。
「あぎゃぁぁぁぁぁ!」
「あぎゃぁぁじゃない。痴漢冤罪だ。言え、痴漢冤罪と」
「ぢ、ぢがん、え、えんざ、いぃぃ!」
「そうだ。オレは痴漢冤罪だ。いいか、覚えておけ。これからはどんなときも忘れるな。結婚する日も、孫ができた日も、肺がんで死ぬときも忘れるな。このオレが痴漢冤罪だったことを。1秒でも忘れたら、お前の家に行くからな。分かったか?」
茶髪チャラ男は鼻水垂らしながら、ぶんぶんとうなずく。
「わ、わがりましだぁ!」
「よし、お前は見込みがある奴だ。あと警察には言わないでね。仲間には転んだとか言っておいて。じゃ、冒険者ライフを頑張るんだぞ」
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