偽物ー弐
芹沢一派の葬儀は、暗殺の2日後に、盛大に行われた。涙を見せない千夜に、一部の隊士達が
「可愛がって貰ってたのに…。」そう、口にする。
涙を流さない事が、そんなに不思議?
私には、泣く資格すらない。
————芹沢を殺した、私には……。
芹沢鴨、筆頭局長であった彼の暗殺。この事実は、闇に葬られる。新選組と共に生きると選んだ以上、誰であろうと、これを蒸し返してはならない。
千夜は、目を瞑り、芹沢に黙祷を捧げた。
芹沢の遺体は、壬生寺に埋葬され、こうして、芹沢暗殺の幕は閉じたのである。
「 今日もまた
桜かざせる武士の
散るとも名をば残さざらめや 」
今日もまた桜をかざして武士は、散ってゆくが、その名は後世に残されてゆくであろう。
そんな意味。
「……千夜さん。」
寂しそうに、そう呟いた千夜。中村は、たまらずに、声をかけた。
「……こんな事で、落ち込んでる場合じゃ無いんだよ。わかって、るんだけど…。」
辛くてたまらない。歴史を動かしたい。歴史を変えたい。なのに、自分の感情は、思い通りになってはくれない。
「ちぃ?身体、冷えるやろ?中入ろう?」
山崎に声をかけられ、「……うん。」と返事をする。中村が、立ち上がろうとする千夜を支るが、
「あ、厠行ってから寝るから、
先に部屋もどって?中村は、休んで。」
と、二人に声をかけた。
「大丈夫ですか?なんなら厠まで…」
「大丈夫だって。」
そう言う千夜。中村は、それ以上、強くは言えず、自室に引き返した。山崎も、部屋へと戻っていった。
一人、厠に向かった千夜。自分の行く手を阻む
人影に、千夜は足を止めた。
目の前の男は、刀を手に、異様な表情を見せる。殺気立ったような、その表情に、思わず、一歩後退する千夜。
普段から、厠に用事がなければ、人なんて通らない、その場所。
ザァザァと音を立てて、狂ったような風が、通り抜けていく。木の枝が音を立てたのに、気をとられ、そちらに視線を向けた千夜。
次の瞬間、ズシャッと嫌な音が響いた。
「……総、ちゃ……」
ズルッと中庭に倒れた千夜。それを見下ろす男
沖田が、はぁはぁっと荒く息をしていた。
中庭に倒れた千夜。ジワリ、ジワリと、赤が地面を広がっていく。
ザッ。ザッ。ザッ誰かの足音。いつもなら、誰のか、わかるのに、今は、わからない。その場所から、早く、離れなきゃ…そう思って刀についた赤を振り払おうとした時、
「総司、んなとこで、何、刀ーーっ!!」
沖田が手にした刀。それは赤く染め上がっていた。そして、沖田自身も赤く、まるで、人を斬った後の様。
何があったのか?と、視線を彷徨わせる土方
そして、中庭にある桜色のソレに、視線は固定された。
「……ちぃ?なに、そんなトコで————っ!!」
それ以上言葉が続かなかった。
赤く染まる地面。倒れたままの千夜。
「ちぃっっ! !おいっ!おい、ちぃっ!目を開けろっ!」
千夜に駆け寄り、だらりとした身体を揺する。
「目、開けてくれよ。————頼むからっ!!」
土方の悲痛な叫び声だけが、屯所に響いた。
どうして?なんで、土方さんが泣くのさ…
その子は、ちぃちゃんじゃないのに————。
『……総、ちゃ……』
あの子は、倒れる前、僕を見て笑った。
刺されたのに…
土方の声に、人が集まりだし、その惨状に、ただ、ただ、絶句した。中庭に、何かを抱きしめた土方。その腕には、変わり果てた千夜の姿。
————総ちゃん。
そう、笑いかけてくれる、彼女
その姿を見て、沖田の手から刀が滑り落ちる。
————僕は、何をした?
僕は、誰を刺した?
今頃、震えだす沖田。グイッと捕まれ、頬に鈍い痛みが走る。そして、傾く自分の身体。殴られたんだと気付いたのは、地に倒れた時だった。
「沖田さんっ!自分が何したか、わかっとるんかっ! ?」
僕を殴ったのは、山崎君だった。
その顔は、怒りに満ちていて、倒れた僕を見下ろす、その目は、見た事無いくらい、冷たく、鋭い視線だった。
沖田の視線は、山崎から千夜へと向けられる。
カタカタ震える手に、ベッタリついた血、僕の刀が、ちぃちゃんの身体を突き刺し、そのまま、倒れている、
動かない身体…………死……んだ……?
桜色の髪、白い肌。全て、思い出の中の彼女と同じ。
ちぃちゃんが…死んだ?
「怖かった……。ちぃちゃんが、僕の知ってる、ちぃちゃんじゃないのが…」
そんな理由————。
「何がや。知ってなきゃ、あかんのか?沖田さんが、なんて言ってもな、此処に倒れているのが、ちぃや。お前が、思い出した記憶がなんやねん。藤堂さん、永倉さん、原田さん。ちぃを思い出してなくても、ちぃをちゃんと受け入れとるやん!今、此処に倒れている、ちぃが、一度だって、俺たちを責めた事があったか?」
ちぃちゃんが、責めた事など、一度もない。酷いことを沢山したのに、彼女は、いつも笑って……。
『大丈夫。私が側にいるから。』そう、言ってくれた。僕が、今しなきゃいけない事、倒れた彼女に駆け寄ったが、どうしていいか、わからない。
土方さんが、僕を睨むけど、そんなのは、どうでもよくて、半ば土方さんの腕から奪う形で、僕は、ちぃちゃんを抱きしめた。
「ちぃちゃん!起きて?ちぃちゃん……死んじゃ、やだよ!ちぃちゃんを失いたくない。
誰でもいい……。ちぃちゃんを助けてっ!」
ポタポタ流れる沖田の涙。
何故、偽物だと決めつけて、彼女を見ようともしなかったのか…?
あの笑顔は、ちぃちゃんだった。間違いなく。
「誰でもいいなら、私が、助けてあげるよ。総ちゃん。」
軽くなった腕…カランカランと刀が落ちる音、
フワっと抱きしめられる感触。
「ちぃ…ちゃん……?」
ぎゅーっと、してくる総ちゃん。
「総ちゃんわかってる?」
「うん。僕、騙された~」
はぁ、大きい子供
「騙してないよ。」
「へ?」
「この血も、手の血も本物。
みんなごめん、協力してもらったのに、
マジに刺さった…地味に……」
「お前なにしとんねん!」
怒られても……




