大坂力士乱暴事件
文久三年六月二日
壬生浪士組 大坂に巡邏に出発
同年六月三日
夕方、大阪に向かった、芹沢・山南・沖田・永倉・平山・野口・斎藤・島田魁が舟遊びの後 大坂力士と乱闘。
夜、近藤・芹沢の連名で乱闘の顛末書を東町奉行所に提出。
同年六月四日
前日の乱闘により、力士、熊川熊次郎死亡
私は、大阪行きで、何が起こるかわかっていたのに止めなかった。
理由は、二つ
この大阪行きで、近藤さんが言葉を残している。
英雄でないものこそ英雄である
芹沢を見て感じた事があったとされる言葉。
私はこの言葉は、近藤さんにとって、大事な一歩だろうと考えた。
二つ目は
祇園北林での相撲興行。これが決まったのが、この事件があったからだ。これは町人にも好評だったもの。
だからと言って、命と天秤にかけていいものでは無い。が。今の壬生浪士組にとっては、大事なイベントだと思った。
その二つの理由が無ければ、私は、止めて居ただろう。
ズルズルと町中を歩く。島原から屯所までの帰り道、大阪で起きる、力士乱闘事件の事で、頭がいっぱいだった。
まだ、芹沢らは帰って来ていない。と言うことは
よっちゃんは、力士達と乱闘したなんて知らない…
屯所に帰る途中だったのだが、身体が重い。
隊務と島原の潜入両方やってる千夜
舞、三味線、お琴の稽古に、隊務、小姓の仕事
挙句に芹沢の止める回数の増加。夜中に眠り早朝に帰る屯所…睡眠時間はごく僅かで、身体は悲鳴を上げていた。
朝まだ薄暗い時間、
ゴホゴホッゴホゴホッと嫌な咳が出る。
周りに誰も居ないのを確認して、ステロイドを吸い込む。
この薬は、まだ、存在しない薬だ。だから隠さねばならない。
ゴホゴホッゴホゴホッゴホゴホッ
微かに感じた視線。
高い場所から、この時代の高い場所なんて、屋根の上ぐらいしかない。が、人影が見えた。
「岡田…以蔵…?」
見えた人影はすぐに消える。
一度見た事があった。
人斬り以蔵の姿を、
一月に土佐藩から脱藩した筈だ。
何で京に?
ゴホゴホッ
「なんちゃーがやないか?」
方言?土佐の!”大丈夫か?”そういう意味。
うずくまりそうだった身体をなんとか起こせば、
目の前に
「…………坂本龍馬…」
会いたかった人物がいた。
逃げられないように、咄嗟に着物を掴んだ。
「なき名前をしっちゅう?おんし何もんだ?」
苦しくて言葉が出てこない。
「平井は、ゴホゴホッ」
どうした?と聞きたいのに、肝心な所で咳が邪魔をする。
「平井?平井を知っちゅうのか?」
ゴホゴホッ掴みかかってきた龍馬
熱が出てきたのか、朦朧とする中
ハァハァ……
「六月八日……切腹…する。ゴホゴホッ龍馬、七月にここで……ゴホゴホッ行け!こんなトコで油を売ってる場合か
仲間を、助けてやれ…ゴホゴホッ」
言った言葉が自分にも理解できない。
しかも見ず知らずの奴に、こんな事を言われても普通、何とも思わないだろう。だけどこの男は、
「わかった。おんし身体を大事にしやーせんといかんだぞ。」
笑って、そう言った。
「あぁ。」
走っていく龍馬の背を見て
「お前は行かないのか?ゴホゴホッーー…以蔵。」
屋根の上に現れた以蔵。
「ーーっ!…お前何者だ。」
「さあ?お前、これ以上、孤立するのは、
ゴホゴホッやめておけ。見限られるぞ。」
「うるさいっ!」
こいつは普通の反応するんだな。
キンッ以蔵は、千夜に斬りつけるが、
アッサリと千夜にクナイで受けられてしまう。
「あんたは弱い。ゴホゴホッ弱いから人を殺す事しか考えない。弱いから人を信じない。裏切られるのがそんなに怖いか?ゴホゴホッゴホゴホッ…
お前が強いなら、人を信じろ。龍馬を信じてみろ!」
チッっと舌打ちをして以蔵は消えてしまった。
千夜が言った言葉が伝わったか、わからぬままに…。
この時、彼女は、気づかなかったんだ。
逃げの小五郎が、
近くでその様子を見て居たなんて————。




