記憶の混濁ー弐
騒ぎを聞きつけ、芹沢の部屋へとやって来た土方ら、
目の前の光景を見て、絶句した。
どうなってやがるっ?
さっきまで、笑顔を振りまいてた、千夜が 倒れて、
芹沢が、
「お前達は、何者だっ!」
いつもの威厳すらない。まるで、何かに怯えている様な、そんな感じで、刀を片手に、ただ、それを振り回す。
新見は、己の身体の後ろに、倒れた千夜を庇い続ける。
平間は、芹沢を背後から押さえつけているが、体格のいい芹沢だ。平間はズルズル引きずられる、形となっていた。
『芹沢はもう長くない。』
『命をかけて作った組。それが、壬生浪士組。』
あゝ、もう長くないって、殺されるとかじゃなく、
蝕まれて死ぬのか。
「ちぃちゃんっ」
「ちぃっ」
声を荒げた、藤堂と沖田。二人が駆け寄ったのが見えて、二人の隙間から赤く染まった千夜が見えた。右目から血を流し、肩からも、おびただしい程の赤が畳を汚していた。生きているのかわからねぇ。
今、芹沢をほって、ちぃに駆け寄ったら、きっと怒鳴られるだろう。未だ、暴れ続ける壬生浪士組筆頭局長。
「総司、新八っは、俺を援護しろ。
平助、左之は、ちぃと新見をっ!」
「「「「応っ!」」」」
皆の返事の後、
「斬っちゃっていいんですか?土方さん。」
気が抜けそうな程に、楽しげな沖田の声が聞こえてきた。
「阿保かっ!斬っていい訳ねぇだろぅがっ!
————こいつは、壬生浪士組の局長だっっ!」
認めたくねぇがな。
キィンッキィンッ部屋に響く真剣の交わる音。
悔しいが、芹沢についていくのが精一杯な三人。
「芹沢っ!テメェ!、この組の局長だろうがっ!
しっかりしやがれっ!!」
「お前など知らぬわっ」
ドカッっと、足で土方を押し倒す芹沢に、土方は、キッっと視線を向けた。
「痛てぇな!あゝ。俺の名前も忘れたか?仕方ねぇな。
壬生浪士組副長!土方 歳三だっ!!」
『土方は、ーー。』
『んーよっちゃん』
『土方歳三は、鬼になれない。芹沢が鬼なら、私は悪魔だね。』
「誰だっ?知らぬっ。」
俺は、あんな穏やかな時など知らぬ
全てを————捨て————
『壬生浪士組は、お前の命そのものっ!』
揺るぎなき碧い瞳。風になびく桜色の髪。
畳で動かなくなっている桜色の髪が視界に入る。
倒れているのは誰だ?
『芹沢、命は重い。一人の人間の死が負の連鎖を起こす…
仲間、家族、兄弟、その人間に関わった全ての者たちの悲しみが、憎しみとなり、また、新たな死者をつくる。
————忘れるな。芹沢。命は尊く、重いものだ。』
そこに横たわる小さな身体。新見は、傷だらけで、平間も髷が乱れている。
動かない彼女。————死。その言葉が頭をよぎる。
「千夜……。っ俺が千夜を————
「勝手に殺すな。芹沢。」
ゆっくり、起き上がった千夜の身体。皆が驚きの表情で、それを見た。彼女の周りを漂う光。
それは、次第に彼女の身体を覆っていった。
「なんだ!この光っ!」
土方が、光を引き離そうと刀を振り回すが、無意味。
「大丈夫だよ。」
左手で体を支え、なんとか、上半身だけ起こし刀を右手に持つ千夜だったが、カラン…カラン…と、刀は、落ちる。
それと同時に、フワッと光が消えた
「誰か山崎をーー「自分なら此処に。」
部屋の入り口に立っていたのは、山崎烝。
千夜の前にしゃがみ込む山崎、
後ろで支えてくれてるのは藤堂。
「ちぃ?これ、幾つかわかるか?」
そういって、千夜の目の前で、指を二本立てて見せる山崎。
「………。」
わかるわけないじゃん。
右目は、————もう見えない。
あの光達は、痛みを取り除いてくれただけ。
「なんでやっ!
なんで、そないな無理ばかりするんやっ!?右手も力入らんのやろ!!」
「だったら、どうしたの?右目がないなら、左で見ればいい!それでも足りないなら、右耳がある。右手が使えないなら、左手があるっ!」
「何、言うてん?頭おかしなったんか?ちぃ。」
「おかしくなんてなってないし、誰も悪くもない。
私が避けれなかった。ただ、それだけの事だ。
平間、新見、芹沢を休ませてやれ。」
「…千夜……。」
「薬ちゃんと呑んで、ちゃんと寝ろ。
苦しくなったら、私に言え。
今度はちゃんと、————止めてやるから。」
自分のがボロボロなクセに、何で、笑ってられる?どうして————?




