過去の記憶と強くなりたい気持ち
翌日、
私は、総ちゃんに壬生寺に行こうと誘われた。
「え?でも。」
「大丈夫だよ。土方さんは、夕方まで帰って来ないし、
いざとなったら、僕が何とかするし。ね?」
その、何とかする。を信用しては、いけない気がする。
だけど、誰かと一緒に出かけたかったのは事実。
屯所を出るのは、大抵の場合は、お使い。一人で出歩く事はあっても、誰かと一緒に。は、此処に飛ばされてからは、無かった。芹沢のは、勝手についてきただけだし…。
「うん。じゃあ、素振りしても?」
「まぁ、無理しない程度なら大丈夫かな?」
と、許可を頂いたので、木刀を片手に、二人で壬生寺に向かった。
壬生寺。京都市中京区壬生にある律宗大本山の寺院で、
本尊は地蔵菩薩、開基は園城寺の僧快賢である。
中世に寺を再興した円覚上人による融通念仏の「大念仏狂言」を伝える寺だ。昭和38年に、放火により本堂とともに焼失した。現在の本尊・地蔵菩薩立像は、火災後に本山の唐招提寺から移されたもの。
壬生寺の本堂を視界に映しながら、怪我をしている千夜は、沖田が子供と遊んでいる姿を石段に座って眺めていた。
子供達が走り回る姿を見て、私は、
あんな風に、同じ年頃の子と遊んだ事なかったな…
ツギハギだらけの着物。それでも子供達の笑顔は輝いていて、泥だらけになって遊んでいる。
将来僕は、武士になるんだ。私は、お嫁さん。
そんな、夢を語ってる子供達。無邪気な会話が聞こえて来た。
「ちょっと待ってて?」
「えー。」
「ちょっと、だけだから。」
こちらに、かけてくる沖田に、千夜は
「どうしたの?」と、声をかけた。
「ん?ちょっと、疲れちゃったから休憩。」
そう。っと、僅かな笑みを見せる千夜
「子供、好きなんだね。」
「あぁ。うん。そうだね。嫌いじゃ無いかな。」
「…………。」
「ちぃちゃーー「沖田さーんっ!」
何だよ。っと声がした方を見る沖田。千夜も、声が聞こえた方へと視線を向けた。慌てた様子の平隊士が息をきらせて、こちらに駆けてきて、息を整えながら、報告した。
「沖田さん。町に、不逞浪士が!今、井上さんが応戦しているんですが人数が、多く。」はぁはぁ。息切れしながら話す隊士に苛立ちながら
「源さん、一人で置いてきたの! ?」
「すいません。」
「私もーー「君は、ダメ。屯所に戻ってて。」
行く。と言おうとしたのに、すぐさま、ダメだ。と返事が返ってきた。
「場所は?」
「島原の近くです!案内します。」
「総ちゃん!」
「いい?ちゃんと屯所に帰るんだからね?」
私、子供じゃ無いんですが?
「わかった。」
それを聞いて、沖田は走って行ってしまった。
彼らの背中を見送り、
「はぁ。帰ろうかな。」
折角、木刀持ってきたのにな。不意に、子供たちに視線を向けた。
ーー千夜ねぇちゃん
笑った子供たちを思い出す。
それが、
ーー助けてっ助けてっ
そんな叫び声に変わっていった。
千夜の周りは、赤く染め上がる。
紅く。朱く。赤く。
京の都は、火の海にーー…。
蘇る記憶、助けを求め叫ぶ声、泣きじゃくる子供、
————嫌だっ!やめてっ!!!
頭の中の記憶が、幻想を見せる。目の前の子供達が焼けてしまう幻想を——。
全てを変えるのは無理。でも、京を火の海にする訳にはいかない。出来るものなら全てを変えたい。無邪気に遊ぶ子供達を見て、決意を新たにしなければならないのに、
一人で何が出来る?という、焦りと不安。
まだ、私は何もしていない。
————悩むなっ!————諦めるなっ!
そう思えば、思う程、私の心は空回りをしてしまう。
ふーっと息を吐き、屯所を出る時に持ってきた木刀を振り回した。身体の痛みなんて構ってられない。
もっと、もっと強くならねば、
無邪気に遊ぶ子供達のために、あの笑顔を守るために、私は、武士にでも、鬼にでもなってやるっ!
よっちゃんの教えてくれた剣術を無駄にしないっ!
どれぐらい、木刀を振り回していたか、あの子供達の姿はなく。気がつけば!空は茜色へと変わっていた………。
もう、夕暮れ時か。
握る事すらままならず、手から滑り落ちる木刀がカランッと音を立てて転がった。
ハァハァ…
木刀が持てないなら、懐から、くないを取り出し木に投げる。木には届かず、地に落ちる、クナイ。千夜の腰は、ペタリと地に着いてしまった。
私には休んでる時間なんて無いのにっ!
悔しくて、もどかしくて、クナイを地面に突き刺した。
流れそうな涙を空を見上げ耐える。
その空は、茜色の空。今は、泣く時じゃないっ!
ジャリ…ジャリ…
小石を蹴る音が、千夜の耳に届いてきた。
「こんな所で何をしておる?
土方が、慌ててさがしておったぞ?」
ジャリ…ジャリ…
近づく足音。聞き覚えのある声。空を見上げる私の視野に入ってくる大きな人影。動けない私の頭を容赦なく鉄扇で叩いた。
バシッ
「痛いっ!この頑固オヤジッ!」
心の声が、つい、出てしまった。
でも。本当に痛いんだから仕方がない。
「あははは。」
何が可笑しいのか?声の主、芹沢が笑い出した。
頭を押さえる千夜。
「動けんくせに、言うことは一丁前だな。」
うっ…動けないから何も言えないのは事実だ。
「千夜、
人は一人じゃ強くなれぬ。何を焦っておる?」
さっきは、たたいたのに、頭を撫でる芹沢。
大きな手、刀を振るってるからか、手はスベスベではなく、本当ゴツゴツしてた。だけど、あったかい…
「ーー…強く、強くなりたいっ!」
涙腺が一気に緩んだ。我慢していた涙が溢れ出す。
「何故?」
「みんなを…守りたい…。私は、人斬り集団なんかにさせたくない!
壬生浪士組は、芹沢が作った大事な組。例え、農民や町民の寄せ集めだとしても、暗殺集団として、世に出したくない。本当は、誰も殺して欲しくない。だけど、無理だと知ってる。幕末のこの、時代に、殺さず話し合いだけで、生きていくのは無理。私は、芹沢、あんたの意志を継ぎたいっ!」
溢れる涙をグッと止め芹沢を再び見る。
「お前は、阿保だな。俺の意志などーーーー
「皆無と言いたいか?
江戸を立ち京の都まで、病気のお前が何故そこまでして、京に残った?何故、近藤さんに全てを委ねようとする?
悪は芹沢、あんたで、近藤さんは善人か?
全てを捨て、芹沢は江戸を立った。
芹沢、その身体で立ち上げた“壬生浪士組”は、お前の命そのものだろっ!」
私は知ってる。金は人を狂わせる。善人の近藤さんは、妾をつくり武家の様に扱われていく。
そして、芹沢も同じだ。
京に上洛してまだ日も浅い。なのに、羽織を注文した芹沢、どれだけの想いを組みに託しているか、そんなの、見えなくてもわかる。
「私は、今の芹沢なら
今のままのあんたなら、命を賭けてもいい。」
「壬生浪士組が、俺の命か… 」
そう。芹沢は、新選組の土台を作った男。
命を賭けて作った組だ。それは、間違いない。
痛む左脇腹を押さえただ芹沢を見つめた。




