煙管の匂い
千夜が怪我して四日目の朝。
「土方ざん。ちぃちゃんいつ起きるんですか?」
俺の背中に背後霊のごとく乗っかる総司の姿。
毎朝こうだ!毎朝!
気持ち悪いったらありゃしない。
俺だって千夜に早く目さめて欲しいが、こればっかは、どうしようもない。
「おはようさん。ってまたかいな。沖田さん…。」
呆れた山崎の声が聞こえてくるが、引き離してはくれない。千夜の治療が優先だから。
この前、引き剥がして貰おうとしたら
『あかん。ちぃの肌に触れんと元気出ぇへん』
とか、ぬかしやがった。もちろん拳骨はくれてやったが…。殴り足りないぐらいだ。
「副長。茶を持ってきました。」
「斎藤か、丁度飲みたいと思ってたんだ。」
「土方さん、朝餉持ってきたぜ。」
「土方さん千夜はどうだ?」
「俺も様子見に来たぜー」
何度でも言おう。毎朝こうだ!
何かしら理由をつけてちぃの様子を見に来る。
にしても、朝から騒々しい。
藤堂が、不意に天井を見上げ
「あれ、なんだろう?」
と、首を傾げる。
拳ほどの光が、部屋の中に現れた。
その数は、徐々に多くなっていった。
「あぁ。ちぃから聞いたことあるわ。」
「ちぃちゃんの、希望の光なんだって。」
「あの光が、俺たちのとこまで、ちぃを運んでくれたらしい。」
ふわふわ浮かぶ光
「綺麗だな。」
そう、藤堂が声を上げた。
皆に流れ込む、千夜との記憶の欠片
それと同時に、千夜の目がうっすらと開いた。
「ちぃ?」
「ちぃちゃんっ!」
「千夜!」
「ーー?…私、生きて、た。」
久しぶりに声を出すからか、声が擦れていた。
笑顔になった幹部達。
「おいおい、生きてた。は、ねぇだろ?千夜。」
「心配かけやがって。」
原田と永倉がそう声をかけてくれて
「全く、お前は、目を離せば無茶をする。」
と、斎藤が
「無事で、良かった。」と、藤堂が
「ちぃちゃん、大丈夫?」と、沖田が
そして、沖田が土方を突いた。
「ほら、土方さん。言うことがあるんでしょう?」
「……その、 悪かった。…色々…」
「それで謝ってるつもりですかっ! ?」
違う。よっちゃんは、照れ臭いんだ。
みんなの前で、謝るのが…。
痛む身体。少し身体を動かしただけで、身体は悲鳴を上げた。気を抜けば、すぐに夢の中に旅立てそう。
「よっちゃん、みんなも、ごめん。ちょっと、疲れた…。」
「せやな、ちぃは、まだ起きたばっかやし。」
烝の言葉に、
そうだなっと納得してこの日は解散になった。
みんながいなくなった部屋。よっちゃんと二人っきり
彼女が疲れた。なんてのは、勿論、嘘で、みんなを追い出す様にしたのは、よっちゃんがこの方が話しやすいと思ったから。
だけど、なかなか、よっちゃんは話してくれなくて、
「よっちゃん?」
結局、私から話しかけてみる
「ん?」
優しい声色。ちょっと前の土方からは、想像出来ないほどだ。でも、それ以上、言葉は続かない。
よっちゃんは、人に弱い所を見られるのが嫌い。昔から。
妙に、意地っ張りで、照れ屋。
でも、なんか隠してるのはわかるのに、何を押し殺してるのかわかんない。
文机に身体を向けてしまった土方
身体を無理矢理起こして、ゆっくり、はって動いた。
よっちゃんに飛びついたら、
「うわっ。」って声が聞こえて、
気づいたら、勢い余って
よっちゃんを押し倒していた。
「ちぃ…。」と、よっちゃんの弱い声。
嬉しかった。私を思い出してくれたのが、
よっちゃんは私の頭を撫でて抱き締める。
鼻を掠める煙管の匂い。
懐かしくて、嬉しくて涙が流れた。
ちぃは言わなかった。
思い出したの?って、言わなかった。
気付いた筈なのに、辛い記憶もある、楽しい記憶もある
ちぃは、わかってる。
俺が自分を責めないように、こいつは聞かないで居てくれる。
お前の笑顔が、俺は好きだ。




