揺るぎない視線
まるで貪る様に
深い口付けを繰り返す土方
「…っっ…んっ!」
千夜の襟元を左右に大きく広げた時
土方の動きは停止した。
白い肌に
赤やら青やら紫やらの傷あとが露わになる。
痛々しい、その傷に、土方は、指を這わせた。
ーー拷問の跡
自分が命じたがために出来た傷…。
そして、千夜を見れば、碧い瞳が自分を映していた。
暴れる様子も、逃げ出す様子も無い。
土方は、千夜に覆い被さりながら
「ーー。逃げねぇのか?」
そう聞いた。
「逃げないよ。」
意志の強い。その表情
「何でだよ!どうして、
お前は、間者なんだろうっ? !」
「私は、間者じゃない。」
「んなの、信じられるかっ!」
「なら、抱きなよ!
私は、抵抗しないから、抱くのが嫌なら、殺せばいい。」
真っ直ぐな瞳で、そう言った彼女。
「私は、貴方を、貴方たちを、
————裏切らない。決して。」
傷付けた自分に向かってそう言った女。揺るぎない、その視線。京に来てから、裏切られてばかりだった。
何を信じて、何を信じたらいけないのか、
全くわからず、全てのモノを疑いの対象にしてきた。
「お前を傷付けたのは、俺だ。
それを知っても、お前は、そう言えるのか?」
まだ、新しい傷をなぞりながら、そう聞いた土方
自分に伸びてきた、白い腕
その手は、土方の頬に触れた。
「何度でも、同じことを言うよ。」
何で、どうして俺を責めない?
なんで、自分を押し倒した相手に手を伸ばす?
なんでだよ。
こいつを大事と思ったり
懐かしいと思った事は確かにあった。
だけど、わからない…っ。
俺を包む、この感情が、何かわからない苛立ち。
フワっと包まれた温もり
「よっちゃんはね、今のままでいいんだよ。
私を無理に思い出さなくて大丈夫。
私は、壬生浪士組にずっといる。」
千夜に、抱き締められている事に気付いたのは
大丈夫と言われてから、
俺は、お前に酷い事したのに、
それでも、そんな温かい言葉を掛けてくれるのか?
「捕まっちまったのは、俺。か。」
「??何言ってるの?」
「いや。何でもねぇ。」
そう言って立ち上がる土方
千夜は、襲われた時のまま、キョトンとした顔を見せる。
「とっとと、着物を直せ。」
「あ、うん。」
着物を直し、土方を見る千夜
何やら身支度を整えている様子
「お出かけ?」
「あ?あぁ。ちょっとな。
芹沢さんに誘われてな。ここ。冷やしとけよ。」
頬を指差しながらそう言った土方
「今日は、帰らねぇから。」
「わかった。
いってらっしゃい。よっちゃん」
笑顔を向けてくれる千夜に少なからず、安心する。
「あぁ。」
でも、気恥ずかしくて、言えなかった。
お前は、此処に居ていいと。間者だと、もう随分前から
疑っていないとは…。言えなかったんだ。
この時、沖田の言葉を思い出していたら、
あんな事には、ならなかったのに、
俺は、千夜を残し、部屋を出た。
***
島原へ向かおうと、芹沢の後ろを歩く土方。
前には永倉と芹沢。
少し後ろに新見に平間が居て、
芹沢派ばかり…
俺、行かなくてもいいんじゃねぇか?
とも思うが、誘われた手前、逃げ出す訳にもいかず、
ただ、ついていくしかない。
まだ、屯所を出たばかりの道、
「芹沢さん、こんばんは。」
男が芹沢に挨拶をして、横を通り過ぎて行った。
その男は、土方に鋭い視線を向けニヤリと口角を上げて
立ち去った。
殿内の奴、俺には、挨拶も無しかよ。
立ち去った男が、屯所へ入るのを見ながら悪態を吐く。
殿内義雄、武士の生まれで、農家の出である
近藤の存在を邪魔に思っているのは目に見えてわかっていた。
だが、まさか、これから、何かを仕出かすとは
誰も予想はしていなかった。
いや、
1人の女以外は…
ブルッと身体が震える。
土方が出かけた後、風呂へ入り、土方の部屋でもある自室で布団に横になった彼女は、何か嫌な予感がして身体を起こす。
殿内義雄の暗殺が近いこの時期
もし、この世界が少しずつ私の居た世界と違うなら
殿内は、
「近藤さんの暗殺をするかもしれない。」
だとしたら、
『芹沢さんに誘われてな。』
よっちゃんも、芹沢も、居ない今日なら、動きやすい。
私なら、確実に今日、実行するだろう。
千夜は、近藤の部屋へと足を向けたのだった。




