国家機密と眠り姫
清に着き、二人がすぐに向かった場所は、警備員が何十人も居るような物々しい場所。
「ご苦労。」
そう、警備の人間に声をかけた伊藤。
「いつ来ても此処は凄いね。」
「警備がなきゃ、また、同じことを繰り返すだろうが。なにせ、戦闘機を使えるのは、あいつしか居ないんだからな。」
「だからって、清にずっと居させるのもヤダなんだけど。」
「意識が無いんだから仕方ないでしょ!さっさと行くよ。」
木戸達が目当ての部屋へと足を踏み入れる。
部屋の真ん中にはベットがあり、そこに横たわる千夜の姿。
沢山のチューブに繋がれ、身体には包帯を巻かれた変わり果てた彼女の姿がそこにあった————。
「……千夜。前、来た時よりは、顔色良くなった?」
千夜の頬にかかった髪をどかしてやる伊藤。
「まぁ、多少は……。なにせ、連合国も千夜を生かそうと血眼になってるからね。腕のいい医者ばかりをココに集めて。」
「戦闘機を作れるのも戦闘機に乗れるのも千夜だけだしね。千夜が生きてる事さえ、国家機密にするぐらいだし……。」
「沖田に会ったが、あれは、相当だな。頬がコケてしまって、痛々しくて見ていられなかった。」
伊藤は千夜に歩みよる。
「……ねぇ、千夜?起きて?沖田が君を待ってる。新選組が、君を待ってるんだよ?」
「ダメか……?今回は、何としても連れ帰らなきゃ。次に来れるのは、いつになるか、わからない。」
「わかってるよ。でも、こんな状態でも生きてくれてるのは、不謹慎にも嬉しい。」
「……そう、だな。」
「生きて、千夜。みんな君の帰りを待ってる。
君がいつ帰ってもいい様に、頑張ってるんだ。
だから、君も頑張るんだ。君を待ってる人の為に————。」
日本では、千夜は死んだ事になっている。だけど、それを伝えるのは酷だと、嘘を吐いてしまった。
伊藤は、千夜の手を握り締めた。
祈る様な気持ちで————。その時だった。ピクッと指先が動き、薄っすらと目を開けた千夜
「千夜?俺がわかる?」
視線を漂わせ、伊藤を見定めた千夜。
「…………トシ、マロ……?」
掠れた声でそう言った。
「よかった。よかったっ!」
感激のあまり、千夜を抱きしめる伊藤。
「……痛っ……」
慌てて伊藤は千夜から離れた。
「ごめん。つい……」
「ついじゃないでしょ?総理大臣。」
桂の声に、ゆっくりと視線を向け、
「……桂。」
見えた人物の名を口にした。
短く息を吐き出した木戸。昔から変わらない。
彼女はいつも俺を桂と呼ぶ。
ゆっくり瞼が閉じそうになる千夜
「……千夜?」
その声に、千夜は、目を再度開いた。
「…………?」
疲れてしまったのか、少し小首を傾げ声はださなかった千夜を見て、木戸は何か可笑しいと、
近くに居た医者を呼びつけた。
「どうしたの?」
伊藤は、千夜の異変には気づかなかった。
ロウソクを千夜の前にかざし、左右に動かす医者。
「どう?」
「右目は、見えていない様です…」
木戸が気付いたのは千夜の目の動き、右目だけ、追いかける事をしなかったのだ。
「……そう。他には異常はない?」
「今の所は……」
「ありがとう。」
木戸と伊藤が千夜を見たとき、すでに千夜は
目を閉じてしまっていた。
「……寝ちゃった……」
「まだ、体力が戻ってないので、これから、
リハビリをしていかねばなりません。」
「リハビリ……」
「筋肉も寝てる間に衰えてますから。」
千夜は翌日から、リハビリを始めた。
早く、皆に会える様に————。
それから、半年後……。
「ほら、千夜。日本だ。」
「総理大臣殿?千夜は、船は苦手なんで、現在進行形で、あっちで船酔い中。」
木戸が舟の後ろを指差しながら笑った。
「いま、絶対、いい場面になる所だったのにー。」
と、文句を言いながらも、千夜の様子を見にいく伊藤。その時感じた、嫌な視線に木戸は辺りを見渡した。
「……気のせいか……」
船の死角に男が数人。息を潜めたのには、気づかなかった。
***
「は?吉田と桂が帰ってくるから護衛しろって……正気ですか?土方さん」
ピキッと青筋が立つ土方
「正気だ。」
「あの2人なら、死なないですよ。」
「そうじゃねぇ!仕事は仕事だっ! !」
「はぁ。わかりましたよ。で、何時ですか?」
気怠そうに了承した沖田。
「明日だ。」
「また、随分急な話ですね。」
「護衛が体調不良なんだと。」
「あー、そうなんですか。体調不良なら、仕方ないですね。」
そう言いながらも、沖田は夜空を見上げていた。
そして翌日
船を出迎えに横浜へと足を向け、到着を待つ。
「……懐かしいな。千夜は、船が苦手で、船を降りてからもココでふらふらしちゃって……。」
そこまで言って沖田は口を閉じた。
思い出せば出すほど、悲しくなる。
「……千夜……」
近藤さんは、子供達の為にも他の女性と見合いをしないか?
と聞いて来たが、そんな気はさらさらない。
僕が愛しているのは、千夜だけ……。
会いたい。でも、会えない。
「……いけない。仕事しなきゃ、土方さんに怒られちゃう。」
こちらに向かって、進んできた船を見て、沖田は、仕事の顔に戻るのだった。
2人の再開まで、後もう少し————。
それを沖田は、まだ、知らない。
*
「……土方さん…。総司が護衛に行ったのに
俺らまで行く必要あんの?」
幹部隊士に近藤、山南、伊東まで引き連れ、パレード並みのメンツで横浜に向かっている。
「……まぁ、着きゃわかる。」
そう言われてしまえば、拒否する理由もない為に、とりあえず、着いて行くしかない。
***
船が横付けされた。
「……ほら、大丈夫?」
「気持ち悪い。」
「お願いだから吐かないでね。」
「トシマロー。桂がイジメる。」
ヨシヨシ。頭を撫でる伊藤
「いつからそんな子になったの?」
「あはは。気分?ごめん。冗談だよ。もう、大丈夫。」
ヘラッと笑って立ち上がる千夜。
「ほら捕まって。右側は見えないんだから…」
右に伊藤。左に木戸。挟まれる形で船を降りた。
「凄い人だな。」
「呑気に言ってる場合じゃないだろ?千夜、離れないでよ?まだ、体力は戻ってないんだからね。」
「わかった。」
周りは結構な人が集まり、降りた途端に人波が伊藤と木戸に押し寄せる。
その周りに一緒に船から降りた護衛の人が3人の前の人を退けて行く。
「やっと抜けた。」
「すいません!」
その声に伊藤と木戸はそちらに身体を向けた。
取り残された千夜。
視界を彷徨わせれば、目に映った愛しい人の姿————。
「……総司……?」
「……千夜……?」
沖田は、走り出した。
千夜も数歩歩き口元を両手で覆った。ずっと、会いたかった人がすぐ近くにいる。
会えた喜びに涙を流す千夜。
沖田は、見えたのがら幻だろうがなんでもよかった。千夜を見てジッとなんてしていられる訳がない。
千夜に触れる直前
キラッと光るモノが千夜の右後ろに見えた。
「千夜っ! !」
「……え?」
そして気づく。自分の背後の殺気に!
木戸と伊藤は反応が遅れ、千夜の近くに走る。
シュンッ振り下ろされた刀をなんとか避けた千夜。だが、体制を崩し、身体は地に投げ飛ばされる。
スッと千夜に突きつけられた刀に
木戸も、伊藤も、沖田も身体を停止させるしかなかった。
刀を突きつけた男は、ニヤリ笑う。
「さぁ、教えてもらおうか?戦闘機の設計図は
何処にあるのか…」
そう言って……。




