記憶と獣道
「どういう事だ!木戸っ!」
「どういう事って…。だから、いってるじゃない。清で、日本人を殺した犯人が、明日、日本に着くと。」
木戸 孝允と名を変えた桂が目の前の男を見る
その男はかつての吉田 。
こちらも名を変え今は、伊藤博文を名乗っている。
「日本に連れ込む目的はなんだ!
俺たちは、戦争を起こさない様に動いてきただろっ!」
「無駄なんだよ。清に行ってわかった。親日派であった閔氏は清へと傾いた。」
この、閔氏とは、朝鮮の氏族の一つで始祖は高麗の閔称道。孔子の弟子である閔子騫の末裔と称し、驪興付近に土着していた家門である。
「だからって、諦めたらそこで、おしまいだろうっ!
千夜が、ずっと俺たちに言ってただろ?戦争は、起こすべきじゃないと、お前、忘れたのかよ!」
クッと唇を噛み締める木戸
「戦争は、回避できない。明日、公開裁判で日本は、清への怒りをつのらせる。」
「……それが、目的か?日本人を殺した異国の者を晒してまで…、
そこまでして、戦争にしたいのか!」
「戦争なんてしたいわけないでしょ!でも、時間の問題なんだよ!清のが兵も多い。先手を打てば日本は……」
勝てるかもしれない。
バシッ
「バカヤロウ!何が何でも止めるんだよっ!
何、弱気になってやがる!桂っ!」
昔の呼び名に体がビクッと反応した。
「お前逃げの小五郎だろ!戦争にしない為の逃げ道をお前なら、見つけれるだろ。
諦めてんじゃねぇよ。千夜が、悲しむぞ!」
千夜と言った途端、明らかに木戸の表情が曇った。
「……千夜は…」
「千夜がどうした?」
木戸は、口を開いた。
日本人殺害の犯人が日本に来るのが決まった時
戦争が起こるなら、先手を打つ事にすればいいと考えた。
通訳が出来る千夜が、裁判に立てば、無罪放免になるのは目に見えていた。だから、帰国後、密かに山賊を放ち、東京に帰る日を公開裁判が終わるまで、先延ばしにしてくれる様に依頼した。
「……千夜は、山賊に襲われた時、崖から落ちて、意識がないそうだ。」
ガタンッ
「……無事だよね?」
「わからない。高杉からも連絡が来ない。
……すまない。」
ここで、彼を責めても、なんにもならない。
「桂、俺たちは、戦争を止めるんだ。戦争なんて起こしたらいけない。千夜が、そう言ったじゃないか……」
力なく伊藤は言った。
ただ、無事でいると信じる事しか出来ない。戦争なんて無意味。戦争なんて起こしたらいけない。自分達を、此処まで導いてくれた彼女が、それを望んでいる。
「……なぁ、桂。過ちは誰でも起こす。俺たちの先には、沢山の選択肢がある。俺は、そう教えてもらった。
戦争を起こさない道も必ずある。1人で悩むな。一緒に、乗り越えよう。なっ。」
ニカッと笑った伊藤
「……ああ。ありがとう。吉田。」
「おう。」と声がして、2人は、夜空を見上げる。千夜の無事を祈って————。
ーーーー
ーーー
ーー
真夜中の東海道を馬で駆ける。馬の揺れに目を覚ました千夜は、沖田と馬に乗っていた。
寝てる間に馬に乗ってどこへ行くのか?
と、沖田を見るが、ニコッと微笑みかけられただけ。
そして、突然、バンッと音がして、ドサッと音が続いた。
急停止する馬。何が起こったのかわからない。
何故、地面に山崎が倒れているのかも、わからない。
「————山崎っ! ?」
沖田が辺りを見渡すが、何の気配も感じない。
沖田と土方が山崎に駆け寄る。千夜は、恐る恐る、歩み寄った。
地面には赤。山崎の手にも赤……
紅、緋、赤……
「……いやだ…」
『ちぃ……堪忍……』
「ちぃ……堪忍や…」
やめて……思い出したくない。
私の記憶と、烝の声が重なる————。
『カッコ悪いな……』
「カッコ悪いな……」
「……やめて……」
『烝っ!死なないで!守ってくれるって言ったじゃん!』
私の声……?
ズキズキと頭が痛み出す。思い出せと、言わん限りに……
……私は……
手にベッタリついた赤。
私は、この赤を見て言った。
————決して、忘れるなと。
「ちぃ、お前は誰やっ!」
いつも、私の目を覚ますのは彼。山崎烝だ。幼い時から、私を守り、支えてくれた、私の兄代わり……。
走馬灯の様に、沢山の記憶が蘇る。
「……名前、沢山あってわかんないや。」
山崎に歩み寄った千夜は、少しだけ口角を上げ、バシッと、山崎の傷口を叩いた。
「ちぃ!」
「痛っ!ちぃ、お前なぁ、俺のせっかくの荒療治をなんや思うとんねん!」
「……うるさい。紛らわしい事しないでよ!」
「紛らわしいってなんや!せっかく、木の実集めて作ったんやで?」
「……木の実?」
「……荒療治?」
土方らも手についた赤の匂いを嗅いでみると、ほのかに甘い香り……どうやら木の実の様だ……
「————山崎っ!」
「山崎君っ!」
山崎が2人に叩かれたのは、言うまでもない。
「……全く、東京に急がねぇとならねぇのに!」
「全く、何考えてるんですか!」
お怒りの声が東海道に響く 。
「せやかて、ちぃを戻さんと東京に行っても、
清の言葉わからへんかもしれんやん。」
全く掴めない話しに聞き耳を立てる千夜
「……とにかく、急ぐんだよね?」
「あぁ。」
「全くわかんないんだけど、急ごうか?」
馬に乗る千夜
「話しなら走りながらでも聞けるし、総司、乗って!」
「————何で、僕が後ろなの?」
「そんなの、道無き道を走るからに決まってるじゃん。」
「……」
「……」
「……これは、記憶戻ったんやな。」
「なんか、喜んでいいのか、わかんないんだけど?」
「よっちゃんと烝は、ついてこれるよね?」
「行くしかねぇだろうが。」
「俺は大丈夫や。」
「……納得いかない。僕が後ろっていうのが。」
ブツブツ言う沖田を他所に、馬を走らせる。
道無き道。千夜が水戸へ行った時の獣道へと
馬を走らせるのだった。
千夜は馬で走りながら、東京で公開裁判があるのを聞いた。他にも、記憶を無くした話も
「……ふぅーん。」
話を聞き終え、声を出した千夜。
「千夜!前見て!前っ!落ちるからっ!」
「道無き道って、道じゃねぇっ! !」
三頭の馬を走らせるが、道と言うよりもはや崖と言っていいほどの道に、土方と沖田が騒ぐ
「あんまり騒ぐと、馬が動かなくなるよ?」
「……」
「……」
それは困る
「本当にこの道で東京に着くんか?」
「着くよ。まぁ、山賊に会ったら、ヤバいかもだけどね。」
「……山賊は、もう、懲り懲りだ。」
土方の声に笑みを見せる千夜
「でも、体は大丈夫なの?」
「……私?」
他に誰がいる?怪我をしている奴なんて
千夜しか居ない。
「まぁ、ちょっと、頭がズキズキするぐらいだよ。」
「それを大丈夫じゃないっていうんだよっ!」
「相変わらずだね。千夜は」
「そうかな?自分じゃ、わからないや。」
そっと、沖田の腕に触れる千夜。沖田も千夜を背後から抱きしめる。
「……おい、そこ!
いちゃいちゃしてんじゃねぇよっ!」
「なんです?土方さん。羨ましいんですか?」
「けっ!ちぃが、記憶がない間、ずっと、どっかのどん底に落ちた顔してた奴がよく言うぜ。」
「……。」
「……そうなの?」
「ち、違うっ!土方さんっ! !なんの当てつけですか!」
いちゃいちゃした当てつけだ。
クスクス笑った千夜を見て、男達は息を吐き
笑った。
「ちぃ、もうすぐ夜明けだ。」
「……こりゃ、間に…」
「間に合わせるよ。何が何でも。総司、ちゃんと捕まっててよね。」
千夜はスピードを上げる
「よっちゃん、烝、ちゃんとついてきてよ。」
「了解や。」
「おう。」
日が昇り始めた時刻、獣道をひた走る三頭の馬。公開裁判まで、あと、三時間。
この仕組まれた公開裁判を潰さねば、戦争は、早まってしまう。
何が何でも、間に合わせてみせる。




