大事な友。
小さな千夜は、未来に行けた。薬莢や弾丸を手に入れてきたり。
なのに、私にそんな力はない。未来に行きたいとも思ってないし、思った事すら無い。
だが、今は、皆を救うためには先の世の薬が欲しい。
その時、ふと、小さなボロボロの神社を思い出した。
芹沢が願って、私の右目が見えた。
偶然なのか、本当に願ったからか、わからないが行ってみたいと思ったんだ。神頼みなんて、柄じゃ無いんだけど————。
「千夜、少し休め。俺が変わる。」
良順先生の言葉に
「…わかった。」
と返事をして、部屋を出た。
眠い……。
外は空が白くなってきていて、少し冷たい風が心地よかった。
「…とりあえず、お風呂入ろ。」
天然痘の患者の近くにいると、ふとした瞬間に
唾液などが衣服について、感染する可能性がある。周りにうつすわけには、いかない。
風呂に入り、衣服は自分で洗って干せば、すでに日は登りかけていた。
「…クシュンッ。」
「千夜。」
先に寝てだはずの沖田が、背後から抱きしめてくる。何年たってもコレは好き。凄く安心するから————。
「寝れた?」
「うん。」
と、返事はするが、全く寝れなかった沖田。
「…嘘つき。」
と言われたら、苦笑いを見せる沖田を見て千夜も小さく笑った。
「あ、私ちょっと出かけ————」
「僕も行くよ。」
だよね…。1人で行かせてくれる訳ないか。
結局、朝餉より前に、御所を出て小さなボロボロの神社に二人で向かった。
躊躇なく神社の中に入っていく千夜に、沖田は、戸惑いながらキョロキョロと辺りを見てから後に続いた。
「…何?この箱。」
千夜が入れるぐらいの大きな木箱に言葉をもらした沖田。
「この中に紙人形と術の事書いた書簡があったの。でも、まだあったんだ…これ。」
はっきり言ったら気味が悪い。でも、そんな事を言ってる場合じゃない。
どうしても、薬が必要
木箱をまた開けてみるが中は空っぽだった。
「やっぱり、都合よく薬が入ってる訳ないか…」
「……ねぇ、千夜。この箱の下の板、動くんじゃない?」
「へ?」
そう言われて見てみれば、少し底が高い様に見える。手じゃ上がらない板……
「倒せば、とれるかも。」
そう言ったのは沖田だ。
埃まみれの木箱を二人で倒す。カタンっと底の板が外れた。
外れた板…
薬なんて、都合よく出てくるわけは無い。そんな事はわかっていた。
私のもう一つの目的は、————椿の復活…。
愚かだと思う。
永遠から解放され、髪も瞳もやっと、普通に戻った。なのに、また、訳のわからない術をかけて欲しいと願ってしまう自分が居るのは確かだ。
ヒロ君を助けたい
天然痘の患者も助けれる薬が欲しい。安全な、薬が————。
木箱の底からでてきたのは、やはり、書物だった。
薄暗い神社の中、書物を読み漁る一刻も早く
術を見つけ、ヒロ君の看病に戻らなければならない 。
「………西本願寺。」
書物を読み進め、やっと、髪の色が瞳の色が変わった場所が書いてあるモノを見つけた……
あの時、岩倉具視を調べ、西本願寺の間取りを烝に教えた時に感じた微かな違和感 。
西本願寺に、屯所を構えた事があるからと勝手に納得したが、あの違和感は術をそこで、かけられたから…
何故だか妙に納得する自分。
もし、ここで術をかけられたら……総司は……子供達は……不意に総司と目が合う。
「何を考えてるの?まさか……術をかけるつもり?」
違うとも、そうとも、言えない……。
死んでほしく無い。それは、彼とて同じ。
書物の一行、死ぬ危険がある。そう記されていた…。
「千夜っ!答えてっ!」
怒るのは当然。
両肩を掴み声を荒げた総司
よく考えて答えを出すべき…
だが、よく考える時間が無い。
術をかけた人間が生きてるか
それすらわから無い…
二週間
合併症を発病すれば
体力はもたない…
もし、術をかけ、自分が目を覚まさなければ、それこそ無意味…
「……術は、かけない。」
安心した様な総司の顔をちゃんと見る事が出来無い。この選択が正しいのか、わからない。
二週間。薬を見つけるのは…不可能…
種痘を作り出す事が出来れば、発病した人間も重症化する事はない。
種痘とは、天然痘の予防接種のことである。ワクチンをY字型の器具に付着させて人の上腕部に刺し、円形の傷を付けて皮下に接種する。
「……牛痘。やっぱりあれしかない。」
牛痘天然痘ウイルスと牛痘ウイルスは、遺伝子の配列が極めて似ている。
そのため、天然痘になった患者や、予防の為に
牛痘ワクチンを打っていた。
天然痘より死亡率は断然低い牛痘。烝が蘭方医を早く連れ帰ってくれれば、それに託すしか無かった。
正直、不謹慎にも、千夜が、術をかけないと言ったのはホッとした。
日本に天皇は必要だろう————。
でも、僕は違う。千夜に生きててもらいたい。千夜に、幸せで居てもらいたい。
例え、天皇の為でも、千夜だけは、渡さない。
千夜と神社でお参りをし、手を繋ぎながら御所に戻る
何か考えてる様な千夜。戻れば、また天皇の看病をするのだろう。
目の下にクマをつくっているのに、彼女は、いつも自分は後回しだ。今、できる精一杯を彼女はいつもやってのける。
「千夜。」
「なぁに?」
眠いのか片手で目を擦る彼女。
「落ち着いたら、また、宿へ行こう。」
2人の思い出の宿…
「……うん。」
そんな気分じゃ無いのは、わかってる。
でもね、僕にはそれぐらいしか、やってあげれ無い。
知ってる?あの宿に居る時は、君は、本当に幸せそうな顔をするんだよ 。
ただ、僕が、それを見たいだけかもしれないけどね、最後に行ったあの戦争の前、怖い筈なのに空を見上げながら、本当に綺麗に笑った千夜
病が治りかけた時の様に————。
今、君は、病の時の様な顔をしている。
笑いたいのに笑えない。泣きたいのに泣かない
辛いのに辛いって言えない
「……ごめん。」
突然、千夜はそう言った。
「総司は、言わないけど、悲しそうに笑うから。」
小さな声で私の所為だ。と、言った千夜
「千夜の所為…か。あながち、間違っては無いけど、千夜は、間違っては無いよ。
大事な友達を助けたいって言うのは恥ずべき事じゃ無いし、そう言う想いは、大事だけどね、
千夜は、頑張り過ぎちゃうから————心配なだけだよ。」
悲しそうに笑う総司。その顔だけは、心が痛む。
「……ごめんなさい。」
「千夜、違うよね?」
「……ありがとう?」
「また、聞くの?」
「う……意地悪……」
「クスクス、今頃、気付いたの?僕は、意地悪だよ。」
胸を張って言う事じゃないよ… ?
生きていく中で、幾つもの選択肢がある。だけど、どれが正解か誰も教えてなんてくれない。
だから、悩み、苦しみ、決断する。
例え、間違った道でも、精一杯生きなければ
間違ったままで、選択肢は、もう現れないかもしれない。
足掻き続ければ、きっと、新たな道が、目の前に現れる。そう思う事しか出来ない。
ねぇ、ヒロ君。
貴方が天皇だから生かそうとしてるんじゃないんだよ…?
1人の友として、生きて欲しい……。
————これは、私のエゴですか?
もがき、苦しむヒロ君の看病を笑ってする程
神経は太くない。




