船と同盟
「横浜に居る間は青木城に滞在する。」
そう言った慶喜に、千夜は、声をかけた。
「船は?」
「お前は、船は無理だ。交代で船は守らせるから、お前は、青木城だ。」
「わかった。」
船を守りたいが、停泊している船の中でも気持ち悪いのだから、役に立たないのは目に見えている。ここは、頷くしかなかった。
「じゃあ、青木城にむかうぞ。」
「はーい。」
隊士数人を残し、千夜達は青木城へ。
到着後、しばらくして夕食となった。
食欲はあるが量は食べれない。
でも、目の前に、好物である寿司・・・
しかも、江戸時代の寿司は大きい。
平成の一貫の5倍ぐらいのシャリの量・・・
口に入らないって。半分ずつ口に入れるしか無い 。千夜が寿司を頬張ると、
「美味いか?」
ケイキが嬉しそうに聞く。
コクコク頷く千夜。口の中は寿司で一杯。喋れないのだ。
3貫食べてお腹一杯。お酌しに回ったら
「椿、お前なんかやれ。」
ほろ酔いのケイキの無茶振りに、千夜は嫌な顔せず家臣に何かを頼んだ。
家臣が持ってきたのは三味線
「お、三味線。」
高杉が反応する。
「なんでもいいんだよね?」
「ああ。」
ベベン、ベンベン
千夜が三味線の弦を叩く
~~~~~~
「聞いたこと無い曲だけど、・・・凄い。」
2、3曲演奏して千夜はケイキを見た。
「凄いな。」
「まぁ、芸が出来て、なんぼの世界なんでね。」
「俺、琴も聞きたい!」
「舞も!」
どんどんと、芸事を追加される・・・
結局、できる事全て披露する羽目になった。
座ったら座ったでお酒を飲まされる始末。
前祝いだから呑めと言われ、飲み続けた結果
「平助、新八!誰がちぃを酔っ払いにしていいっつた?」
ヒッと二人の男が土方の前に正座させられる・・・
コテンと壁に寄りかかっている千夜は、どう見ても酔っ払いだ。
足は、投げ出され、髪も解かれていて、たまにトロンとした目でニコッと笑う。
男達の理性なんか簡単に破壊できるその笑顔は、千夜の武器と言っても過言では無い。
肝心の沖田は、酔い潰され、畳に転がってる・・・
夏ならほかっとけばいい。しかし、今は、冬だ。しかも二月に入ったばかり。寒いに決まっている。
近くに長州の三人が千夜を介抱するが
「総・・ちゃん。」
「相変わらず俺は、沖田なんだね・・」
スリスリと千夜が甘えるが、それは吉田である。
吉田の中に複雑な気持ちが支配する・・・。
「ったく、大丈夫か?」
高杉が千夜を覗き込むが、ヘラッと笑う千夜に顔を真っ赤に染め上げた。
「よっちゃんが二人いる・・・」
二人?吉田が、千夜が見てる方を確認。そこには、高杉と桂しか居ない。
「千夜、違うぞ。土方は俺の部下だ。」
「テメェは、まだ言ってんのかっ!お前の部下なんかにならねぇ!」
土方の怒鳴り声なんか、聞いては居ない吉田は、千夜を抱きしめる。
「そうなんだ。」
「ちぃ!納得してんじゃねぇよ!吉田も、抱きしめてんじゃねぇ!」
酔っ払いに怒る土方。
そんな様子を見て、そっと、慶喜が立ち上がる。
「まったく、土方、椿は、俺が見るよ。」
そう言って千夜を抱き上げる慶喜。
「シチマロ・・・」
トロンとした目でケイキを見る千夜に、慶喜は苦笑いした。
「・・・はい。」
イヤだとは言えない。
酒が入った男達の中に、酔っ払いの千夜を転がしたら大変な事になる。
「明日は昼からの予定だ。酒を残さない様にな!」
慶喜は、千夜を抱き上げ部屋から出て行った。
部屋へと戻った慶喜は、ベッドに千夜を寝かせた。
ベッドと言っても、寝床を高くしただけのベッドだ。屯所の布団よりふかふかな、寝床に心地良さそうに微笑む妹の顔に、慶喜も頬を緩ませた。
「慶喜公、水と手拭いを此処に置いて置きます。」
「ああ。」
寝間着に着替えながら声を出した。
「他は、よろしいですか?」
「大丈夫だ。」
家臣が部屋から出て行った。
慶喜が、千夜が寝るベッドに入れば、寒いのか、彼女は、ケイキに抱きついてくる?
もう目を閉じてしまっている自分の妹。
抱きしめて眠るのは、何年ぶりだろうか・・・?
守ると言って守れなかった妹————。
「・・・椿。」
徳川家の女が刀を振るうなんて考えもしなかった。
椿と名乗り、家茂に近づいた彼女、幕府を恨んでもおかしくはない。
————なのに、幕府を敵にはしなかった。
芹沢鴨の暗殺を
止めれなかったのは事実。
八一八の政変で、御所から、たまたま見つけた。
芹沢鴨と一緒に笑っていたんだ。椿が・・・。
だが、着々と芹沢鴨の逃げ道は奪われた。
もっと、早く見つけていたら、椿の大事な人を失わずにすんだ・・・。それをわかっても、彼女は、容保を責めなかった。
よい世を創ろうと。それが償いだと。
彼女はそう言った。
何度も何度もいわれた。
————逃げるな。
その言葉・・・
「逃げはしない。それが俺の償いだ。
よりよい世の為に・・お前の望みを叶えたい。」
だから、絶対に死ぬんじゃない・・・。
次の日の朝。
「ちぃちゃんはっ?」
起きて早々、自分の恋仲が居ないのに気付いた沖田は、土方に詰め寄っていた。切羽詰まった様子で・・・
「あぁ?」
朝は、苦手な土方・・今日は、昼からの仕事だからもう少し寝たいのに無理矢理起こされたから、機嫌は悪い。
「だから、ちぃちゃんっ!」
「うるせぇ・・・。一橋公と一緒だよ。」
ダッと効果音が付くぐらいに部屋から出て行った沖田・・・
「・・・たく。ふぁ~あ。もう少し寝よ。」
また布団に潜る土方。屯所の布団より寝心地の良い寝具。眠りにつくのは早かった・・・
ドタバタドタバタと、青木城の朝が此れ程まで騒がしいかった事はないだろう。
家臣「何事ですか?」
その声に沖田は、振り返る。その家臣が一橋公の近くに居たのを覚えて居たから・・・
「ちぃちゃんは、何処に?」
家臣「 あ、あちらの部屋で。まだ、眠っていますが?」
「ありがと。」
ガチャと、家臣に言われた部屋の戸を沖田はあける。そして、目に飛び込んできたのは、慶喜の姿であった。
「ああ、沖田か、椿ならまだ寝てるぞ。」
ベッドの上で上半身を起こし、書物を読む慶喜。その腰に抱きつく形で、千夜は、寝息を立てていた。
いくら、兄上でも、好いたオナゴが男と寝るのは見たくないもの・・・。
「部屋が冷える。沖田、戸を閉めろ。」
開けて入ったまま、驚いて戸を開けっぱなしにしてしまったらしい。
「はい。」
そしてようやく、戸は閉まった。
「沖田、祝言を挙げるなら横浜滞在の期間に水戸に行かないか?
天狗党の本拠地でもあるが、椿の両親は生きているんだ。挨拶は、礼儀だろう?」
「・・・ちぃちゃんが、行くと言うなら、行きますが、
————行かないと言えばいきません。」
「お前は、自分の意志が無いのか?」
「そう思ってくれて構いません。
しかし、彼女は、辛い過去を持っています。
水戸に戻るのが彼女の苦痛になるなら、無礼だと言われても、僕は、行かない。」
沖田の強い眼差しに、慶喜は、目を見開いた。




