久しぶりの船とキューパー
その日の夜、土方は、近藤と話をした。
隊士たちの想いを伝えた時、近藤の顔は歪んだ。
しかしながら、長年連れ添った友の言葉は
近藤には重く、目を覚ますには十分なものであった。
そして、次の日の朝。
近藤は、朝餉の席で隊士達に頭を下げた。
局長だから、頭を下げてはいけない。なんて、決まりはない。
近藤さんは、やっぱり近藤さんだ。
その日を境に、踏ん反り帰った近藤さんは、居なくなった。
そして、横浜に行く日になり、
早朝、京をたった・・・。
「あり得ない・・・」
千夜がそう口にした。目の前には船・・・
てっきり陸から行くもんだと思っていた千夜
「ケイキ、なんで大阪から江戸まで船な訳?」
「警護が楽だからな。」
サラッと言われたが、船は苦手な千夜。
「千夜、はよぅ乗らんか!置いてくぞ。」
坂本に急かされる。
新選組の面々は既に乗り込んでるし、何故か、桂と吉田、高杉まで居る。
つまり、乗るしかない・・・。そういう事だ。
「はいはい、乗らないと、出航できないからね。」
半強制的に船に担ぎ込まれてしまった。
「何日船に乗るの?」
「3日~5日。」
拷問だっ!
出航した船・・・
海風なんか感じてる余裕は、千夜には無い。
「千夜、海綺麗だよ?」
「こっちこいよっ!」
吉田と高杉が声をかけてくれるが、
ほっといて・・・。気持ち悪いんですっ!
船に揺られ、千夜の頭もユラユラ揺れる…。
食事なんて気分でも無く、船の上ではグウタラ生活。
「千夜大丈夫か?」
「新八さん。大丈夫じゃないです。何で誰も酔わないんですか?」
そんな事を聞かれても、永倉は困るだけである・・・
「逆にお前は、何でそんなに、船に弱いんだよ。」
「知らないですよ。」
「ありがとうな。」
不意にお礼を言われた千夜は、キョトンとして永倉を見た。
「私、なんかしました?」
「近藤さんだよ。お前だろ?目を覚ましてくれたのは。」
「私じゃないですよ。副長が、目を覚まさせたんです。」
土方の姿を見つけた永倉は、そちらを見る・・・
「土方さんが・・・?」
「新八さん、人は、自分だけじゃ気づけない事なんて沢山あるんですよ。
ずっと胸の中に閉じ込めないで、口に出してみてください。相手は、きっと、嫌な顔をします。
だけど、いつかきっと、わかってくれます。
近藤さんを見捨てないでくれて、ありがとうございます。」
いつだか言われた千夜の言葉
『新八さんも、近藤さんを支えてくださいね。』
グシャグシャと、千夜の頭を撫でる永倉。
「船酔いしてる奴に、助言をもらうなんてなっ!」
好きで船酔いしてる訳じゃ無いんですが?
「椿、お前ご飯また食べずに・・」
ケイキの手に、おにぎり
気持ち悪いのに、食べ物など見たくない・・・
船は千夜にとって拷問の場所で間違いなかった・・・。
3日では、江戸に着かず、5日も船に揺られた・・・。
船から降りても、千夜の視界は揺れまくり、
フラフラと右に左に・・・危なっかしい事この上ない。
「海に落ちますよ?千夜さん。」
観察の吉村に、物騒な言葉を投げかけられた。
「あ、吉村・・・なんか薬ない?」
「石田散薬ならありますが?」
真顔で言われたよ・・・。
「あのね、石田散薬は、薬事法が出来た時に、
薬にも毒にもならないって言われたの!なんで、それを持ってる訳?」
観察方の吉村が・・・
山崎が京に残るから連れてきた観察方。吉村は、愛妻家で実家に仕送りを欠かさない。そんな彼だから連れてきたのだが・・・
「薬事法って何です?石田散薬は、副長が・・あっ。」
ゴーッと、背後に殺気。振り返らなくてもわかる。土方だ・・・。
「ちぃっ!声を大にして言うなっ!」
本人は、わかってるんだよね・・・。行商してたけど。
本当だし、石田散薬の原料は多摩川沿いに生えてる雑草だ・・・。私だって飲みたくない。もちろん、よっちゃんも飲まない。
「はーい。」
とりあえず、返事はしといた。
「椿、食事は無理か?ハヤシライスか寿司を食べさせてやろうと思ったんだがな。」
「・・・食べる。」
ニヤと笑うケイキ
「好物は、変わらないな。」
「好物・・?寿司やハヤシライスが?」
「どんだけ贅沢なんだよ・・・」
「好きなものは好きなんです。」
しばらく休んで、千夜はなんとか復活した 。
復活はしたが、どこか危なっかしい千夜。
「シチマロ~」
「七郎麻呂だっ!呼び名を変えるなっ!」
「ケイキ、とりあえず、キューパーに挨拶はしないとさ、」
頭が痛いのか、コメカミを押さえる千夜。
「ああ。そうだな。」
「とりあえず、幹部とケイキの家臣だけで行こう。呼んでくるよ。」
ヨロヨロと歩く千夜が心配となり、慶喜は腰を上げ、彼女を支えた。
「俺も行く。」
甲板に出れば、みんなは、そこにいた。
「挨拶に行こうと思うんだけど、幹部とケイキの家臣だけで行きたいんだけど・・・他は?」
長州の三人を見る
「俺らも行く。」
やっぱりか・・・
「署名だけだけどさ、とりあえず、刀は抜かないでよ?合意の上の署名なんだからね?」
「椿が苦労して、同盟まで漕ぎ着けたんだ。そんなバカはしない。」
異国の応接間に通され、出された黒い液体に、皆が目を丸くして見て居た。
コーヒーの香りが懐かしい。
甘味が好きな沖田はコーヒーが飲めないからか、千夜が飲む姿を見て、口を尖らせた。
「何が美味しいのかわからない。」
「好みで砂糖とミルク入れるんだよ。」
角砂糖を見て、そのまま口に放り込む沖田
「落雁みたい。」
絶対、総ちゃんは味覚障害だ・・・。
そう思ったが、角砂糖を口に入れ幸せそうな彼を見て、ほっとこう。と、コーヒーに再び口にした。
そして、現れた二人の男。
オーガスタス・レオポルド・キューパーと
バンジャマン・ジョレスが、今の指揮官らしい。
異国式のハグに、アタフタする新選組幹部と家臣ら中村も連れて来たが、彼は、慣れたものだった。
「A long time Chiyo(久しいな千夜)」
「It's been a long time.
Thank you for having you accept the condition of the alliance.
(お久しぶりです。
同盟の条件を飲んで頂きありがとうございます。)」
「This gave a condition, too.
The etiquette is unnecessary.
(こちらも条件を出したんだ。
礼は不要だ。)」
「Is the signature all right in tomorrow?
(署名は明日でよろしいですか?)」
少し顔色の悪い千夜を見て、キューパーが声をかけた。
「Are you ill-conditioned?
(体調が悪いのか?)」
「No, it is mere seasickness.
(いいえ、ただの船酔いです。)」
「I learn it, and a burr looks pale.
Take a rest early today.
(ならいいが、顔色が悪い。
今日は早く休め。)」
「You're very kind.
Then I will come again tomorrow.
(ありがとうございます。
では、明日また来ます。)」
「See you tomorrow.」
千夜はニコッと笑って
応接間を後にした。




