二重の間者
「千夜……。」
斎藤が、言いにくそうに、何かを言おうとした時だった。突然、スッと襖が開く音がして、千夜も斎藤も襖へと視線を動かした。
「斎藤。悪いな。今、ちょっといいか?」
「……構いませんが?」
スッと襖を締め、土方がドカッと斎藤の前に座った。堂々としている土方。それとは対照的に、そわそわする斎藤。自分が、間者だとバレたのかと落ち着かない。
「————斎藤、今、伊東や岩倉の動きが全く無い。それは、お前も知ってるな?」
「………はい。」
「そこでだ。新選組から、間者を出そうと考えている。」
「……間者…ですか?」
「おう。俺は、お前が適任だと思っているんだが。どうだ?引き受けてくれねぇか?」
そう言った土方に、斎藤は、目を見開いた。
「————俺?ですか?何故、俺を………。」
ニカッと珍しく笑った土方
「斎藤。お前は、俺を裏切らねぇからだよ。」
きゅっと唇を噛み締める斎藤。
「辛い事を頼んでるのは、百も承知だ。
頼むっ!斎藤。お前しか、居ねぇんだっ!」
頭を下げた土方に、ただ、頭がついていかない。戸惑った様に千夜を見て、土方に視線を戻した斎藤。
「………わかり…ました。引き受けます。
だから…頭を上げてください……。」
戸惑った様に、土方に頭を上げて欲しくて声をかけた。
「本当に、すまねぇ……。」
そう言った後に、頭を上げた土方。
「…いえ……。大丈夫です。では、俺は支度をしますので………。失礼します……」
立ち上がり斎藤が部屋を出る。彼の表情は、腑に落ちない。と言った表情だ。
パタンッと襖を閉める音が部屋に響いた————。
そして、千夜と土方の二人っきりとなった部屋で、斎藤の背を見送った土方は、千夜に向き合った。
「ちぃ、斎藤を間者にするのは何故だ?」
「はじめだけだからね、勉強会に出たり伊東に対しても普通で接していた。だから、潜り込みやすいでしょ?————他に理由はないよ?
私が倒れてから動きがない。だから、手っ取り早く間者って考えた。私が行くって言ったら怒るでしょ?
だからこそ、一番信頼できる、はじめなら……。いいと思っただけだよ?」
「————他に理由は無いんだな?」
千夜は、土方を見て笑う。
「あるわけないでしょ?はじめは、————新選組の味方。仲間なんだから…」
斎藤は、翌日、間者として西本願寺に向かうことになった————。
グスッと泣く千夜。
「ほら、ちぃちゃん泣かない。はじめ君は、間者なんだから………。ちゃんと此処に帰ってくるよ。」
芝居でも何でもない。仲間が何処かに行くのは嫌だった。
……自分が言い出した事であってもだ……
「はぁ、泣き虫なのは変わらないな。千夜。」
頭を撫でる斎藤。その表情は、仕方ない。と呆れた様であった。
「ごめん、泣くつもりじゃなかったんだけどね。————はじめ、信じてるから。」
ぎゅっと、斎藤の手を掴んだ千夜。
「千夜………。」
「あっ、そうだ……。」
っと、沖田が以前、千夜から貰った鈴を取り出した。
「これ、本当は大事な物なんだけど、はじめ君が持っててよ。」
脇差しに括り付けてあった鈴を外しにかかる沖田
「————大事な物?」
「ちぃちゃんがくれた鈴。はい。一時的に貸すよ。御守り。ちゃんと返してね?」
返して。と言うのは、沖田らしい。そして、斎藤の手に乗せられた鈴。それを見つめる彼。心境は、複雑であった。
「はじめ。ご武運を……。」
そっと、御守りを斎藤の懐に忍ばせたのは、千夜だ。
「ああ。」
頭を撫でる斎藤。その顔は、笑っていた。
あまり表情を出さない斎藤が。だ。
「頼むな、斎藤っ!」
「————御意っ!」
そう言って斎藤は新選組から出て行った。
……間者として……
斎藤が間者になったら、観察方は、彼に必ず誰かが着く事になる。
「烝?コレ……。」
千夜に声をかけられ、首を傾げた山崎は、彼女に歩み寄る。
「………御守り?」
キョトンと見る山崎。明日は、斎藤のいる西本願寺近くに行く予定だ。だからって、御守りを貰うほどの事をしに行くわけでもない。見つかれば命は無いだろうが————。しかし、山崎には、御守りを貰う理由が見つからなかった。
「西本願寺についたら、耳を当ててみればわかるよ。」
笑って、御守りを握らされる。
「コレ握りしめたら、
……死ぬとか……ちゃうよな?」
「………………私を何だと思ってるの?
殺したいなら、今、殺してますからっ! 」
「じょ、冗談やて。すまん……ごめんなさいって。ホンマに、許して下さい。」
フィッと、顔を背ける千夜に何故か必死に謝る山崎。
「それ、斎藤さんに持たせた御守りやろ?
何の御守りなんや?」
「…………交通安全。」
「はぁ?何で交通安全なん?」
「いや、ただ手元にこれしか無かったからだよ?厄除けとかもあったけど……?」
何故、この子は、交通安全のお守りを二つ買ったのかが、かなり気になる。全く同じ御守りなのに————。
聞こうか聞かまいか、悩む山崎。
「……まぁ、貰い物なんだけどね。」
あっけらかんと笑いながら言う千夜。
「……島原で、もろうたんか?」
「良くわかったね?」
————島原で、この子は、何を心配されているのか?
「縁結びってのもあったけど何の縁を結ぶの?」
「ちぃ、これから、縁結びの御守りは貰ったらあかん。沖田さんに殺されるで?」
意味がわからず、首を傾げる千夜。
「え?縁結びって、縁起がいい御守りじゃ無いの?」
……確かに縁起は良さそうだが……
なんで、この子は、常識を知らないのか?
「まぁ、中身はすり替えたから、ご利益なんか無いけどね~。」
「はぁ?何したん? 」
「盗聴器だよ。はじめに持たせたのは。ね。」
「………。ちぃ、日本語で頼むわ。」
真顔で言われてしまう
「日本語だけど?西本願寺近くまで行けば、この御守りから、はじめの声が聞こえる。もちろん、誰かと話してれば、その声も。ね。」
………
しばしの沈黙の後、
「はぁっっ?」
驚かれてしまった……。




