千夜と小さな千夜
日が昇り、隊士達の治療もひと段落した。
千夜は、寝るのを拒み続け、縁側の柱にもたれかかって荒く息をしながら座っていた。
「千夜は、大丈夫なの?山崎。」
「これから、熱が出るやろな。足に銃、受けたからな……。」
腕の傷を言えるわけない。それは、藤堂によってつけられた傷だ。
「これから御所に行かなければならない。千夜を長州のヒメを頼む。」
「御意や。」
「千夜、死ぬんじゃねぇ。」
「…わかっ…てるよ。」
言葉すら途切れ途切れの千夜の頭を撫でる高杉。
「千夜。ごめん。俺が、岩倉と手を組もうとしたから————。」
「トシマロ……、貴方は悪くない。伊藤は、殺されてしまった。明治の日本を背負うのは、伊藤だった……。日本の初代総理大臣は、伊藤博文だ。」
目を見開く男達。
「トシマロが伊藤なら、いい国になるよ。
だから、忘れないで。戦争は、悲しみしか生まない。異国でも、同じ人間が力を合わせれる様な幸せな世を…創って行こう。」
「…あぁ……必ずだ。」
痛々しい姿に、泣きそうになる吉田。
「…桂…」
「…何?」
「薩摩の大久保に気をつけろ。
長州、薩摩、幕府、朝廷に間者がいる……
土佐にもきをつけた方がいい……」
「…何を言って…」
千夜は、今、冗談なんか言える状態じゃない。
「……屯所を襲った奴らを良く見ろ」
夜で顔なんか確認して無かったが、確かに見覚えのある奴もいる。
倒れた男達の顔を見て長州の三人は、顔を見合わせた。
「山県有朋……」
奇兵隊に所属した長州の男が倒れていたのだ。
「…なんで……山県が…」
「騙されたんだよ。岩倉にね…
あいつは巧妙に二重、三重に人を雇う。自分の存在を知られないように…。
知られたら最後……殺して片付ける。それが岩倉具視だ。此処で生きて逃げれば、確実に殺される……。」
土佐藩の人間、薩摩の人間が、新選組の屯所を襲った事実。
「…誰が味方か、分からない…でも、信じてやって……?
屯所を襲った人達は、騙されただけだよ。
……だから、本当は殺したくなかった…」
私に力があれば、助けられたのかもしれない。
でも、結局殺してしまった。後戻りは出来ないのだ。
「千夜。わかった。きをつけるよ。」
それしか言ってあげられない。
「またね、千夜。」
「…ありがとう…助けてくれて。」
そう言って笑う千夜。長州藩の奴も含まれていたのに、彼女は責めない。
千夜の頭を撫で三人は屯所を後にする。
岩倉具視が許せない。そんな感情を抱きながら————。
チリンッチリンッ屯所に響いた鈴の音。
「ちぃちゃんっ!」
聞こえて来た、愛しい人の声。そして、その人の腕にふわり抱きしめられる。
血の匂いは、しなかった。
何も無かったんだ…よかった……
目が虚ろな千夜。沖田が山崎を見たら、首を横に振った。
「……ありがとう。待っててくれて……。もう
……クッ…大丈夫だから……。」
はぁはぁと、息が荒い千夜。体も熱いのは抱きしめてすぐ分かった。
「…大丈夫……な…のに……」
笑った千夜は、沖田を視界に入れ、そのまま意識を手放した————。
「待ってたんや。沖田さんを。生きてるって、自分は大丈夫なんだってっ。
……大丈夫じゃ無いのに……
なんでやろな。いい世にしたいだけやのに、なんで思い通りに行かへんのやろな?
なんで、傷つくのは、いつも、ちぃなんやろか……。」
クッと涙を流す山崎。沖田も幹部も山南、近藤も涙を流した。
ぎゅっと唇を噛み締める土方。
泣きたい。だが、副長の仕事をしなければならないのだ。
「————ちぃ、よく、頑張ってくれた……。」
頭を撫で、状況の確認をしに中村の元に
クソッ!なんで、ちぃなんだよ!あいつばっかり!なんで……。
やり場の無い怒り。
千夜を布団に横たえ、冷やし、水分を与え
薬を飲ませた。晒しの交換。それしかやってあげられない。
その日の夕方、千夜の容態が急変した。
高熱が出て、玉の様な汗を流す千夜。幹部隊士が招集もかかって居ないのにも関わらず、千夜のいる部屋に集まって居た。
汗を拭いてやる事しか出来ない。
幹部隊士に遅れて、松本良順先生が駆け付けた。
「————申し訳ありません。手の施しようが無い…………。」
頭を下げた松本先生。
「そんなっ!嘘ですよね?
ちぃちゃんっ! !
………イヤだ…ヤダよ……生きてよっ!ちぃちゃん!————千夜!起きてっ!」
千夜を揺するが、意識を取り戻してくれない。
「…ちぃ…死なないでくれよっ!
俺、まだお前に、……ちゃんと謝ってねぇ!」
藤堂は、おもむろに千夜の手をとる。
「起きろ!ちぃっ!……目を…開けてくれ……」
土方の目にも涙。
「千夜っ!目を開けろっ!まだ、新しい世になってねぇ!」
永倉も千夜に向かって叫ぶ
「…何でお前なんだよっ!
どうして!千夜生きろっ!生きてくれよっ!頼むからっっ!」
原田も声を荒げた。
「千夜君……」
「千夜さん……」
「…千夜君……生きてくれっ!………新選組の為にっ!」
近藤も祈るように言葉にする。
すすり泣く男達。
「………………」
山崎が唇を噛み締める。
「……心臓が……止まりました……」
うわーっと男達が号泣する。
……ちぃちゃんが…死んだ?
だったら僕は……千夜との約束を守ろうと
刀に手をかけようとする沖田。
「…まだや……」
千夜の心臓は止まったのに、山崎は、そんな言葉を言う。
「山崎君……何、言ってるの?ちぃちゃんは、死んだんだよ?」
「死んでない。いつまで出てこんきや?
このまま、ちぃが死んだままでもええんか?
————椿っ! ! !」
ポワンッと現れた幼い千夜。
「…なんで……」
千夜が死んだ今、小さな千夜が現れるのか?
(山崎烝。貴方は、勘違いしてる。私が望むのは、彼女の死————。)
小さな千夜から放たれたのは、予想も出来ない言葉であった。
(千夜には産まれながら不思議な力があってね、傷を自然に治したり、人の感情がよめたり、
それを隠そうと、陰陽道やら色んな術師をかけられたんだよ。
水戸徳川家にとって、不思議な力なんか持ってたら邪魔でしょうがなかった。
女は世継ぎを産めばいいだけ。子供にもし遺伝なんかしたら大事でしょ?
押さえようとすればするほど、力が反発して、暴走してしまう。
髪も瞳も、変な術師のせいで変色してしまった————。まるで異人の様にね……。
千夜の中にある両親の言葉は、直接言われたんじゃない。
思ってることが伝わってしまった結果。
そして、大事だと思った、新選組の隊士達の未練が魂の光になり千夜に入っていってしまう……。
その未練が千夜を死なせない……)
ポワンッと現れる魂の光。
部屋を埋め尽くす程の沢山の光が共鳴し、千夜の体が光る。
「……何……これ……」
(私が死を望もうと、千夜は、死ね無い。
だからだよ。
だから私が、絶望したこの世界の千夜を見つけ出し、引きずり込ませた。————歴史を変え、絶望をなくし、千夜を殺すために。
だけど、結局、千夜は生き返る。
其れ程までに、新選組の魂は、千夜を生き続けさせてる!
何度こんな光景を見たらいいの?
自分が大きくなった姿、老いもしない。このままの姿が死に、生き返る……)
千夜から光が消え、スースーと寝息が聞こえてくる。
「…生き……返った……?」
「脈が……戻ってる。」
喜ぶ男達に対し、唇を噛み締める小さな千夜の姿が、そこにあった。




