屯所襲撃事件
山崎は、二条城まで、千夜達と一緒に来て、屯所に一度帰還した。屯所の警備が手薄になるのは、分かっていた為だ。
山崎が来られない理由があるとすれば、屯所で何かあったと言う可能性が高い。
千夜は、中村、山崎に紙を使って話しかけるが、繋がらない。
————どうする?今、天皇を放置できない。天皇と将軍が一緒に居てくれたら、守りやすいのに……。
だからと言って、この暗闇に天皇を連れ出すのは危険過ぎる。
「総ちゃん、ごめん。————此処に残って。」
「ちぃちゃん、何言ってるの?君は、怪我してるんだよ?」
「無茶言ってるのはわかってる。烝が来ないって事は、屯所で何かあった可能性が高い!孝明天皇を暗闇の中、二条城に連れ出すのは、危険過ぎる。」
「山崎君を信じて……?」
「信じてるよ。新選組の平隊士だって信じてるよ!
さっきから、烝にも中村にも通じない。屯所が危ない可能性が高いの!」
「……。だったら、僕もいく。」
しかし、沖田の言葉に、千夜は、首を振った。
「天皇を守って?
私が尊王だから言ってるんじゃない!
日本に必要な人なの。私の大事な友なの!
————総ちゃんにしか頼めない。」
「僕が屯所に……。」
彼女は、また首を横に振る。
「此処に、強い人を残したい。お願い。総ちゃん……私が屯所に行く……。間違いかもしれないでしょ?」
間違いの訳ないじゃない。二人に繋がらないなんて、今まで無かった事。
「約束は……?」
沖田の声が震える。大丈夫。そう伝える為に、ニコッと笑う千夜。
「私は、総ちゃんを置いて死なない。
————約束したよね?」
行かせたくない。でも彼女は、もう決めたからって顔をする。
キュッと唇を噛み締める沖田は、決断しなければならなかった。
「此処は、僕が守るから……
————行っといで。千夜。」
それしか言えない。
「ありがとう。」
————愛してるよ。総ちゃん。
僕にしか聞こえない声でそう言った彼女。
右手に桜色の手ぬぐいを巻きつける千夜から目が離せなかった。
僕があげた、手ぬぐいを————。
すぐ目の前に彼女が居る。腕を掴めば、彼女は、ここから離れられない。
————イヤだ。行って欲しくない。
チリンッと鳴った鈴の音。手を握り締めた彼女の手は、暖かかった。
そして、彼女は、僕の目を見て言ったんだ。
「私は死なない。
総ちゃん、此処は、お願い。」
まるで、おまじないの様に言った彼女。スルリと手が離れていく。掴みたいのに、僕の手は、動かなかった。
馬に乗り駆け出した、ちぃちゃんの背をただ
見送る事しか出来なかった————。
手には、さっき鳴った鈴があった。その鈴が何なのか、わからない。だが、彼女が僕に託したのなら、きっと大事なものだ。
————ちぃちゃん。どうか……無事で……。
他には、何も望まないから……。どうか……。
「千夜を、お守りください————。」
****
「奇襲だぁ!グァッ」
斬られ、倒れる平隊士。
将軍の暗殺情報が入り、幹部隊士達が出掛けて一刻程たった時だった。屯所に攻め入る男達————。
「テメェら何者だ!」
「名乗る名前なんか無い。新選組は消えるんだよ。————今夜なっっ! 」
シュンッガキンッ
突然、振り下ろされた刀に、門に立っていた隊士は、もうダメだと刀に背を向け様とした。しかし、間に入った男、山崎が何とか、刀を受け流す。
ちぃの治療に行かなあかんのに、何やねん。こいつらっ!
「山崎っ!」
シュンッ
目の前の男に気を取られすぎて、反応が遅れた山崎。
チッ……。っと舌打ちし、次の動きをしようとした刹那、原田の槍が山崎に刀を振るう男を襲う。
「原田さん……。」
少しの手傷は、覚悟していた山崎。しかし、原田のおかげで、それは回避出来た。
「何、見惚れてるんだよ!殺られるぞ!」
————断じて見惚れてはない。
「零番組は?」
「救護に当たってるが、40人は斬られた!」
二条城に連れて行ってもらえなかった零番組は、屯所待機組だ。まるで、こうなる事が分かっていたかの様に………。
「痛っ。山崎さん!こいつら、岩倉の一味の
一部です!数は、30人!」
「中村、お前斬られたんか?」
「俺は、大丈夫です!ただ、松原さんが、
………亡くなりました…」
「嘘だろ?松原が?こなくそっ! !」
山崎に刀を向けた男に斬りつける原田。
ズシャッっと音がして、男は倒れ動かなくなった。
シュンッっと風が鳴る。そして突然、スッと斬れた山崎の右腕。
全く気配に気づかなかった。
「何やねん、こいつら!」
ガキンッ
シュッシュッと刀を持ちながらクナイを繰り出す山崎。
「平助!」
「あいよっ!」
原田の掛け声に、藤堂が応戦する。斬りつけた男は、地に倒れた。
「半分は片付いた……。左之さん大丈夫?
息上がってんじゃん。」
あははっと笑う藤堂。もちろん、作り笑いだ。
本当は、笑う余裕なんか無い。
それでも笑ってないと、平隊士が不安になるだろうと藤堂なりの気の使い方だった。
「松原が、死んだ……。」
藤堂の表情が一瞬にして顔色が変わった。
「なんで……?あいつ幹部だぞ?殺られたって言うのかよ!
松原!返事しろよ!松原っっっ! !」
どんなに呼んでも返事なんかない。彼は、もう、……死んだのだから……。
「…藤堂組長……。」
「…なんで松原がっっっ!」
身体を動かしながら悲しみに耐える藤堂。その藤堂を見兼ねて、中村が真相を話した。
「松原さんは、平隊士庇って死んだんです!
あの人は、弱い隊士を守る為に斬られたんです!決して、松原さんが弱かったんじゃないっ! 」
「………松原……」
涙を流す藤堂。しかし、敵はまだ屯所の中に居る。
シュンッ…ガキンッ。敵の刀を刀で受け止める藤堂
「————ふざけんじゃねぇっっ!
テメェらみたいな卑怯者は、俺が……、
新選組八番組組長!藤堂平助が、叩き斬ってやるっっ! !」
ズシャッ赤を浴びた藤堂。
「————テメェら、此処から生きて帰れると思うなよ?」
地を這う様な低い声。いつもの笑みは、藤堂から消え去った。
「平助が、キレた————。」
ドサッと倒れた男。もう瀕死の重症である事は、誰の目にも明白であった。しかし、その男の目の前で、藤堂は、刀を振り上げる。
「あかん!藤堂さんっ!もう、そいつは戦えん!」
山崎が止めようとするが、藤堂は、刀を振り下げた。
「平ちゃんっっ! !」
ズッ。
鈍い音がして、藤堂の目の前には、はぁはぁと息を切らした千夜の姿。
右足が赤く染まり痛いのか右足を引きずる彼女。
藤堂が止まったのは、己の刀が千夜の左腕に刺さったからだ。
「ちぃ?何で?どうして……?」
俺の刀が刺さっているのか?
「新選組は、————人斬り集団なんかじゃない!怒りに任せて、人を殺してはならないっ!」
『……人斬り集団や……』
そう言われ、後ろ指をさされた。それが、嫌で嫌でたまらなかった。
『人に何て言われても、藤堂平助は、平ちゃんだけ…』
ご落胤、そう言われ、刀が重くてたまらなかった。
『じゃあ、刀、捨てちゃえば?』
俺の重荷を、軽くあしらってくれて、俺の生き方すら変えてくれた女が、今、俺の刀を止めた。自らの左腕で……。
「ちぃ…ごめん…。」
スッと、刀を抜くと流れる赤。千夜は、笑ってぎゅっと手ぬぐいを巻きつけた。
「平ちゃん、戦おう。仲間を守る為に!」
また、責めないんだな。俺を————。
「おう!」
今は、仲間を助ける為に、戦おう。
ごめんなさい。は、その後だっ!




