御所到着と治療
千夜に弾はしっかり当たっていた。右脚に————。
普通胴を狙うのに、脚に当てるってどんだけ下手なんだ………。
クナイで刺された場所に近い。
馬に揺られながら、不自然に光る場所を千夜は狙う。しかし、彼女は、手元しか狙わない。
パンッパンッ
懐から出した紙に向かって話す千夜。それは、不思議な光景。その紙は、千夜が術を施した、電話の様に会話できる、不思議な紙だ。
「烝、聞こえる?」
「————どないした?」
繋がった先は、山崎であった。
「二条城から御所迄の間に銃を持った奴らが倒れて居るから、捕縛……お願い。」
「了解や。……ちぃ?お前どないした?声が震えとる気するけど?」
その声は、沖田にもハッキリ聞こえていた。
流石。天才観察方だわ。誤魔化せない————
右に振り返ろうとする沖田。
千夜は、見えないが点々と馬の後に血痕が見えた。
「————っ!ちぃちゃんっ!山崎君、場所はわからないけど、ちぃちゃんが撃たれた!」
「すぐ、御所向かう!」
御所の門をくぐると、グラッと傾く千夜の身体。
「ちぃちゃんっっ!!」
「大丈夫だって……。」
なんとか持ち堪える千夜だが、腰に回した縄が無ければ、落下していただろう。
「大丈夫じゃないでしょ?」
「撃たれたの脚だし。」
「そういう問題じゃない!もう、御所だから、
掴まってて!」
おとなしく沖田に捕まる千夜。
本当は辛いくせに、息だって荒くなってるのに、辛いって言わない彼女。
やっと止まった馬、沖田は、刀で縄を解き千夜を支えながら降りて、抱きとめた。
到着した御所は平和なもので、孝明天皇が沖田を見て外に出てきた。手には千夜を抱え右脚を赤く染めた千夜の姿に、
「……医者を…。」
そう言葉を漏らした。
「いい……。そんな事のために来たんじゃない 。岩倉は、将軍暗殺を実行しようとし、失敗した。————岩倉派の人間を御所に置くのは危険です。」
はぁはぁと、息を切らす千夜。
「……岩倉が……?わかった。すぐに対処する。だから、椿、お前は休め————。」
「いいえ。外に、岩倉派の人間がいたんです。
忍び込むのは容易い。………今、倒れてる場合じゃない。」
「…椿……。」
「孝明天皇、貴方が本当に信頼出来る人間を護衛に付けるべきです!」
「……おらん……」
「…え?」
「岩倉を信じていた。だが、誰を信じたらいいか、誰が味方なのか……、そんな者は居るのかすら、わからない。お前が、身分が嫌いだと言った意味は、理解して居た。
まさか、自分の命を家茂の命を狙うなど考えなかった。まさか、自分直属の部下が……。」
「私は、自分の組の人間を部下だと思った事は一度もない!仲間だと思って共に戦ってきた。」
ぎゅっと手を握りしめる千夜。沖田は、口を開いた。
「ちぃちゃんの組にも、直接、彼女を誘拐に関与した人が居たんです?でも、ちぃちゃんは、またその人を仲間として受け入れました。
その人が、目を覚ましてくれたから、間違ってたと気付いたから、彼女は、”罪を憎んで人を憎まず”そう言ったんです。
その人が、また、ちぃちゃんを裏切っても彼女はまた信じますよ。きっと……。信じられないでしょう?————でも、それが、芹沢千夜なんです。」
「…椿が…?」
「信用なんか、自分がしなきゃ相手だって、信用なんかできないでしょ?誰も信用できないなら、新選組を護衛につけます。————それでよろしいですか?」
「…………」
「一度裏切られたら、ダメになる様な人じゃないでしょ?貴方はっ! !
どれだけの町人が貴方を支持してると思ってるんですか?
日本の顔になるんです。天皇は……。
貴方の子孫は、ニコニコして、威張ることもしない。災害があれば、現地に行き、皆を励ます
素晴らしい人ですよ?先祖の貴方が、皆を疑ってどうするんですか?」
「…椿……お前は……」
何故、未来を知っているのか……?
「私は、150年以上先の未来迄生き、また、この時代に戻ってきました。全ての間違いを正し、戦を止める為に……。新選組を守る為に……。私は、そう、思っています…」
また、彼女は、決めたからという顔をする。
右脚の痛さを堪えて。
「岩倉が全てじゃないだろ?貴方は、岩倉の操り人形なのか?そうじゃないだろ?違うでしょ?ヒロくん!」
全てが敵に見えた。全ての者が自分に優しく接する。それが当たり前で、天皇だから偉くて
天皇だから凄くて……。
……毎日つまらない事ばかり……
だが、彼女は、いつも、普通に接してくれた。
幼い時も……今も…… 。
間違ったら間違ってると言うし、感情をあらわにする彼女が、許嫁だと思ったら、楽しいと思った。
だが、消えてしまって、縋り付いたのが岩倉だ。
いつの間にか俺は、岩倉の操り人形に成り下がっていたのかも知れない————。
日本を良くしたいと思った。椿に力を貸すと言う事は自ら決めれたんだ。彼女に力を貸したいと、本気で思ったからこそ、血判状に署名した。
「…俺は、家臣を信じる。」
「…それでこそ、ヒロくんだね。」
そう言って笑った彼女。
千夜は、入り口の少しの段差に腰を下ろし、足を強く縛る。薬を取り出せば、沖田が竹筒を手渡した。
「…ちぃちゃん、銃弾は?」
「抜けてないね。」
傷口に、行灯を持ってく沖田。銃弾を取り出さなければならないのだ。
「椿、本当に休め!」
「ヤダですよ。こんなんで、大人しくなる私じゃないんで……。総ちゃん、照らしててね?」
山崎の到着が遅い。なら、自分で治療するしかない。
懐からメスなどの治療道具を取り出した千夜
注射器を見て、
あまり使いたくないんだけど。貴重だから……。
千夜が手にしたのは、麻酔である。しかし、これを使わなければ、自ら治療は出来ない。
自分の脚に注射する千夜。
痛みを耐えるために、手ぬぐいを噛み締め、手を動かしていく。そして、しばらくして、傷口を少しメスで開いていく————。
御所の外でやる事じゃないが、家臣らが信じられないと言った表情で見守る中、治療は着々と進んでいく。
ピンセットで弾を取り除き、沖田が、弾を手ぬぐいに受け取った。そして、千夜は自分の脚を縫う。
「山崎君、なんかあったのかな?」
到着が遅い山崎の心配をしながら、晒しを差し出す沖田。それを受け取り、ぎゅっと晒しを巻いて千夜は立ち上がった。
「椿、大丈夫なのか?」
「あぁ、うん。大丈夫。」
「麻酔が切れたら、暴れ回りますよ……。」
言わなくていい————。




