仲間を手にかける
自室へ戻った沖田は、赤く染まった千夜を布団に寝かせ、手拭いで綺麗にしていく。
寝間着を着せながら、沖田は言葉を漏らした?
「————幕臣」
どうでもいい。喜ばしい事だろうが、身分や立場、そんなモノに沖田は興味が無かった。
千夜の斬った中に、新入隊士も居た。半数が下関戦争を知らない者達が、死を望んでしまったのだ。そして、泣きながら、隊士の名を呼び、斬りつけた千夜の顔が頭から離れない。
隊士を一番大事にしてた千夜は、入隊したばかりの隊士の名まで呼んだ。
「どうして君は、いつも辛い道を選ぶの?」
死にたい隊士は、切腹したらいいのに……。彼女が傷つかないならその方がいい。だけど、彼女は、傷付く道を選んでしまう。
わかってるんだ。切腹させたく無い彼女の気持ちは、切腹を初めて見たとき、ゴロンと転がった人形のようになった人間。人を刺し殺すよりもおぞましい光景に、ただただ、息を飲んだ……。
罪状は、何だったか?
新選組を守るための局中法度は、鉄の法となり、羽目を外し過ぎた隊士にも適用される。
切腹をさせない様に千夜は動いているのは沖田は、知っていた。どんな隊士でも、彼女は全力で守ろうとする。しかし、守れるのも限りがあるのだ。事件を起こしてしまえば、千夜の行動は無駄となる。
切腹は、確かに減った。零番組が出来て切腹するものは、————居なかった。
零番組が、未然に防いで居たのだ。
「君は、本当に凄いよ。」
芹沢を殺した時の彼女の覚悟。今日、改めて実感した。死んだ者達の為に新たな世を……。
「君は、僕が守ってみせる。
だから、そんなに強くならなくて大丈夫。
————だって、強かったら、僕の出番がなくなっちゃうでしょ?
君を守りたい。こんな辛い事は、もう起きないで————。これ以上、千夜を苦しめないで。どうか、お願いします。」
何に願っているのか?神か?仏か?それすら分からず、ただ、願わずに居られなかった。
夜中に目を覚ました千夜は、声を押し殺す様に布団に潜り込む。
「…つ……くぅ……ふぅ…ヒクッ」
声を押し殺し泣く千夜。泣いても、殺してしまった仲間が戻って来るわけじゃない。
だけど、刀を突き刺した感覚が、仲間の最後の顔が、離れない。
————千夜さん、ありがとうございます。
————すいません。こんな事をさせて。
そう言って死んでいった仲間達。それは、まるで、梅姐の様であった。
感謝される事なんかして無いのに、命を奪ったのに————。
「…ちぃちゃん……。」
抱きしめてくれる、横に寝ていた彼。
「君は、間違ってたかも知れない。でも、彼らは、わかってて刀を抜いた。武士として、戦って死んだんだ。君のおかげで、————武士として死ねた。」
武士として
「泣くな。君は泣いたらダメだ。」
散っていった彼らの為に————。
キュッと唇を噛みしめる。
「彼らは、自分の信念を貫いた。だから、泣くのは違う。辛くとも、受け入れて?辛すぎるなら、僕も背負うから………。」
ぎゅっと、抱きしめる腕に力が入る。
辛いのは、私だけじゃ無い。仲間が死んだんだ。総ちゃんだって辛い筈……。他の隊士たちだって…
なのに、誰も私を責めなかった。
彼らの死を忘れてはならない。
己の意思を貫いた、彼ら自身も————。
私は、泣いたらいけない。トドメを刺したのは、私なのだから。
「ありがとう。……総ちゃん。」
次の日、
新選組が幕臣となった初日である。局長と副長が将軍と謁見する事になっていた。
千夜は、勤務の為、二条城にやって来た。
「ちぃ、大丈夫か?お前顔色悪りぃぞ?」
「ん?大丈夫だよ……。平ちゃん。」
今頃、近藤さんとよっちゃんは、家茂君と話をしているのだろう。
千夜が新選組隊士を凄惨に斬り殺したと噂は瞬く間に広がった————。
二条城でも、そんな事をコソコソと家臣達が話していた。それを聞いた藤堂。
「彼奴らっ!ぶん殴ってやる!」
「平ちゃん、大丈夫。大丈夫だから……。」
「…ちぃ……」
彼女が、痛々しくて見ていられない。
「本当だから。私が殺したのは、本当の事だから………。
どんな理由があっても、……私が過ちを起こした。
どっちが良かったんだろうね?腹を斬った方が良かったのかな?
結局死んじゃうのは、変わらない————。
ただ、生きて欲しかった。」
仕事なんか、放り出してしまえばいいのに、彼女は、それをしない。
彼らの死を受け入れ、新たな世を創ろうとする千夜。
「……さ、仕事しよう?」
無理矢理笑って仕事に没頭した。山積みだった書類も1日で片付けた。
……忘れてしまいたい。けど、忘れてはいけない現実。
その日は、帰り道、山南と帰ることになった。伊東が居なくなった今、山南も屯所へと帰れる様になったのだ。しかし、町中は危険。伊東派が、何処に潜んでるか分からない為、辺りを警戒しながら町中を歩く。
町中に入り、行き交う人の多さに、少し警戒心が薄れた時だった。キラッと屋根が光る。無論、屋根が光るなんて有り得ない。
「山南さんっ!」
ドンッと、山南を押した千夜は、クナイを放った。そして、それとほぼ同時に、バーンッと銃声が響いた。
そして、千夜と山南は、男達に囲まれてしまった。
サッと千夜が投げたクナイは、屋根の上の人物にグサッと刺さり、その人物は、ドサッと屋根の下に落ちた。
「新選組、山南に芹沢だな!」
「————っう。だったら?」
「身柄を捕獲させて貰う!」
これは伊東の命か?それとも岩倉か?
千夜の腹から流れる鮮血に、山南は気づいた。
「千夜さんっ!」
「掠っただけです……。」
腹を押さえる千夜。掠っただけの血の量では無い。
「山南さん…行ってください……助けを呼びに……」
ふわっと笑う彼女。
今の私は、足枷にしかならない————。
「ダメです。一緒にっ!」
「……コレを……私に何かあれば、使って!
行ってください!
私には、沢山の隊士の魂が付いてます!
まだ、生きていいのなら、きっと、助けてくれる……。山南さんっ!早く!」
山南に渡した紙。
「……クッ、わかりました……」
苦渋の決断だった。17、8人の男に傷を負った千夜と山南では、どう考えても敵うわけがない。
「道は、私が開きます。」
バンッバンッバンッ
「かたじけない。」
走る山南
「……どうか……ご無事で……」
自分が怪我してるのに、そんな事を言う千夜。山南は、千夜が道を作ってくれたおかげで、難なく、走り去った。
……バチが当たった…
大事な仲間を手にかけたから……
「…お前一人で何が出来る?」
「さぁ?何だろうね?
相手が何人でも、そんな簡単には捕まらないよっ!私、往生際が悪いんでねっ!」
シュッと振り下ろされる刀それを受け止める千夜。
撃たれた腹が痛む。そう、顔を歪めた時だった。
「何だ?このガキ!」
「————お兄さんを虐めるな!」
零番組の初めての巡査の時、私の前で、派手に転んだ男の子が、柄の悪い男の前に立ちはだかる。
————ダメ。
ガツンッ
突然、椅子が飛んできて柄の悪い男に激突した。




