信念と制裁
「お前ら武士だろ?そんな短刀で死ぬのか?
日本を開国する様にしたのは私だ。
新選組零番組組長として、————切腹したい奴は私が殺してやるっ!」
刀を抜いた千夜。その指先が微かに震えていた。
「お前らは、何故、新選組に入った?
幹部が何も悩み苦しまず、ただ幕府に着いて来たと思っているのか?
間違った事も、仲間を死に追いやらなければならない時もあった。それでも、自分の信念だけは曲げずに戦った。だから新選組という名前を貰えたんだ!
新選組には、沢山の思想がある。だけど、佐幕だからって尊王だからって、そんな事だけじゃ裁かれなかった筈だ!」
どうにか、食い止めたかった。腹を斬って欲しくなかった。だから、千夜は、再び口を開け開く。一人でも、考え直して欲しくて。
「酒井は、死ぬ間際に新たな世を見たかったと
言ったそうだ……。あいつは、伊東に騙され、薬を盛られ、沖田組長を刺してしまった。責任を感じ切腹した。
切腹なんか、何の意味がある?死んだらそこで終わりだ……。何が正解で、何が間違いか。なんて、私にだってわからない!
一緒に新たな世を見ないか?共に良き世を……創り上げないか?
日本を一つにして、新たな世を見てから死んでも遅くない筈だ。
お前達が1度は、憧れた幹部隊士と、局長、副長と共に……。」
「………」
「…ちぃちゃん……」
短刀を手に強く握りしめる平隊士達。もう、これ以上何を言っても無駄だ。涙を堪え、刀を握りしめる千夜。彼女は、唇を噛み締め、口を開く。
「死にたい奴は、私が殺してやる。切腹なんかさせない!
————武士なら武士らしく、戦って死んで行け!」
それが、せめてもの、情けだ……。刀を抜いた平隊士は、20人程。自分に刀を振り上げ向かってくる隊士達に、千夜の涙腺は緩み、頬を濡らしていく。
千夜は、隊士の名を呼びながら、平隊士を斬っていく。まるで、舞ってるかのごとく、美しいその姿。
平隊士の刀を避け、確実に仕留めていった。
これは、千夜が変えてしまった歴史の代償なのか?
最後の一人を斬り、その場にへたり込んだ千夜
————辛い……。苦しい……。
「何故、誰も止めなかった?」
あまりの惨状に、容保が声を出した。
「容保公、これは、ちぃの覚悟です。
新たな世を一緒に歩みたかった仲間を切腹させたくなかったのは、攘夷の無意味を知らせた
————自分の責任だと考えての事だと…。
ちぃは、いつも一人で抱えてしまう。」
真っ赤に染まった手。倒れている平隊士達。
フワリ光が、倒れた平隊士から現れ、千夜の身体に吸い込まれていく。
「ごめんなさい。」
誰にも聞こえない様に呟いた。そんな言葉では、許されない事は知りながらも言わずには、居られなかった。
斬ってしまった仲間
————これは、間違った事だろう。
切腹をさせたくなかった。
幕末では、切腹など形式だけで自分で腹を斬ることは無い。斬首されるだけが普通であった。
新選組は、切腹で自ら腹を斬らせる。見せしめも兼ねて、局中法度に触れれば殺される。
何人の切腹を見てきたか、今じゃ、わからないほどだ。
おびただしい程の赤が、地を汚す————。
……私……は……仲間を殺した。仲間を……殺してしまった。一番守りたかった筈の仲間を…。
ボロボロと流れ続けていた涙は、何時しか枯れ
ただ、ボーっと、そこに座り込んでいた。
そして、近藤に視線を向けると、力なく問いかけた。
「近藤さん、私がしたのは、私闘ですよね?」
そこで、近藤が「そうだ。」そう言えば、千夜は切腹となる。しかし、近藤は、
「……いや、介錯だ……」
そう言った。こんなのは、介錯の筈が無いのに。だ。
「……そう、ですか。隊士を、殺したのは私です。恨むなら私を恨ばいい。」
「それは、ちげぇよ。ちぃ、俺ら全員同罪だ。
止めれたのに、止めなかった。止めてやれなかった。ごめんな……ちぃ…」
「平ちゃん……」
「ちぃ、こいつらは切腹したかったんだ。
理由は色々でも、最後は、武士らしく戦って死ねたと、俺は思う。」
よっちゃん……
「千夜さん。辛い仕事をさせてしまいました。申し訳ありません…」
山南さんの言葉に涙が再び流れ落ちる
「ほら、泣くな!こいつらは、わかってて 刀を抜いたんだ!笑って見送ってやろう。」
ガシガシと千夜の頭を撫でる永倉
「こいつらの想いをお前が新たな世に引き連れていけばいい。」
原田が、千夜の肩を叩く。
「千夜、一橋公が……。」
話があると、斎藤が声をかけて来た。
「こいつらの死は、幕府の決定の所為だ、椿、お前はこいつらの想いを忘れるな。
近藤、将軍より伝言だ。
————新選組を幕臣とするっ!
死んだ者達には、報奨金を与えよう。今まで幕府の為に尽くしてくれたんだ。それぐらい……させてくれ。」
新選組が幕臣————。
「とうとう、新選組をとられたね。」
苦笑いする容保。
新選組「有り難き幸せ!」
「千夜、伊東も岩倉も逃げたままだ。市中は危ない、俺たちも、お前もだ……」
「間者に出した者達は、長州藩邸に戻した。
新選組の隊士は、何人ぐらい居なくなった?」
わからない。死んだ隊士は18人。
「17人。今、おらん隊士の数や。」
桂が山崎に近づき、小声で会話を初めててしまった。
「伊東派は?」
「残っとるのもおる。伊東が引き連れてきた奴ら。けど、全部が伊東の意見に賛成やないみたいやな。」
二人でやりとりする桂と山崎
「おんし、まっこと強いな。」
18人を相手に、かすり傷一つない千夜を見て坂本が口を開く。
「本当にな…」
西郷まで……
「…ちぃちゃん……」
まだ掴んだままの刀を手から離す沖田。
「…もういい。もう、大丈夫だから…」
————もう、大丈夫。もう……殺さなくていい。
ぐらっと崩れた千夜の身体を沖田が受け止める。
「また、無理をしたのだな。」
斎藤が千夜の頭を撫でる。
無理をしない筈が無い。一番守りたかった隊士を手にかけた千夜。
たった三人。千夜が刀を泣きながら振り回し隊士の名を呼びながら斬っていく姿に、刀を収めた者が居た————。
「新たな世が怖いのは、君たちだけじゃない。
ちぃちゃんも、怖いんだ。
だけどね、彼女は言った。
誰が死んでも、日はまた登る。世が変わっても、将軍様が天皇が変わっても、日は、必ず登るのだと————。
変わらないんだよ。生きていくのに、思想だの関係ない。大事な家族、大事な仲間、憧れた人 。僕らが生きる意味は、みんな違う。
だからこそ、彼女は、気付いて欲しかったんだよ。開国しても、守りたいものを奪われる訳じゃないって事を————。
刀を収めた君たちに感謝する。」
そう言って、千夜を抱き上げ、その場を後にした沖田。
三人の平隊士は涙を流し、沖田の背に頭を下げたのだった。




