伊東と伊藤
でも、どう考えても、おかしい。
何故、沖田の前で話しをする必要がある?
聞かれたらマズイ筈なのに、ボイスレコーダーに録音出来ると言うことは、近くで話していると言うことになる。
まるで、
聞いて欲しいと言わん限りに————。
聞いて欲しい?
長州の羽織りが手に入ったが、野口が集めたのは不逞浪士だった。
伊東派として動いていた筈なのに、長州の志士は出てきていない。
長州の伊藤と言ったのは、何故だろうか?
別に、伊藤と呼ぶだけで、二人の男達の間では
通用するはずだ。
だけど、あえて、”長州の”と言った男は、たぶん長州藩の者だろう。
伊藤は、関与したく無いが、関与しなければならない何かがあると考えれば、必然的に、首謀者は岩倉具視————。
そう、考えるのが妥当だろう。
千夜は、何度も、その二人の会話を再生し続けた。何故なら、男の声に聞き覚えがあったからだ。
————誰?
でも懐かしい感覚。話し方が違うだけで、声は、聞いたことがある。
「————っ。楠だ。」
間違いない。あの場に居た者達は、長州が新選組に間者として潜り込ませた、
御倉伊勢武、荒木田左馬之助 、越後三郎、松井龍次郎、楠小十郎、松永主計
新選組に、長州の間者だと言われ、裁かれた彼らの声だと、千夜は、気づいた。
気を失ってるだろう、沖田に声をかける男達。
気づかれない様にか、小さな声で沖田を気遣う声までもが、録音されていた。
間者には違いないが、伊東に手を貸したいと言う意思はないらしい。
どうやら、千夜の休みは、お預けらしい。何故なら、長州藩邸に出向く必要がありそうだ。
伊藤の正体を明かすために————。
*
…で?
この人はなんで付いてくるのか?
長州藩邸に来たものの、隣でお茶を啜る沖田の姿に千夜は、脱力する。
「総ちゃん、寝てなきゃでしょ?」
「ヤダよ。」
即答だし……。
そんなやりとりをしていれば、スッと開いた襖に、二人は、背筋を伸ばした。
藩主、毛利の姿が現れ、後に、高杉、桂、吉田の姿が続いた。
毛利は、牢に入れられていた事もあったからか、すこし痩せた様に見える。
「久しいな千夜。……して、今日は?」
「新選組、一番組組長が襲われまして……。」
沖田を見てから、隣に居るじゃんという顔をされる。
「伊藤俊輔に会いたいのですが?」
目が泳ぐ長州藩主。これは、明らかに、何かを隠している。それは、千夜には、初めから分かっていた。
「あ、伊藤か、伊藤は、今、長州に————。」
「居ませんよね?京にも居ない。
彼は、もう、死んでこの世に居ない。————違いますか?」
「千夜、何を言ってるんだ。
伊藤は、本当に長州に……。」
「今、伊藤を名乗っているのは、吉田稔麿。貴方ですよね?」
「どうしてそう思うの?
伊藤俊輔が死んで、俺が伊藤を名乗ると思う理由を教えてよ。」
「まず、伊藤俊輔は、実在していた。
エゲレスに行き、下関戦争を止めようとしていた。彼は、異国の脅威を知っていた。長州藩の中にそれを知る者は伊藤の他に井伊聞多しか居ない。
二人は、下関以降名を聞きません。多分、殺されたのでしょう。
そして昨日、伊東甲子太郎と長州藩の者だろう声を聞きました。
長州の伊藤は新選組を潰す手助けをするだろうと……。しかし、これは全くの嘘。
あの場に居た長州藩士は、捕まった沖田を気にかけていました。潰すなら、弱ってる沖田を殺してしまう事は、可能なはず。
でも、しなかった。
新選組一番と言っても過言ではない、沖田総司の首を取らなかった。
だから私は、その場に居た者達は、長州の間者であると、そう思いました。
そして、利用された酒井の部屋にあった文、この文字は、吉田稔麿のもので間違いない。
だけど署名は、伊藤となっている。
これは、どういう意味でしょうか?
そして伊藤俊輔が書いた文。どう見ても、別人の文字です。」
二つの文を広げて見せる千夜。
全く違う文字なのにも関わらず、署名は伊藤俊輔と、同じ名前になっている文を見て、藩主は、桂に助けを求めるかの様に、視線を向けた。
「長州藩は伊東甲子太郎に弱みを握られている。違いますか?藩主。」
マトを得た様な千夜の言葉に、高杉はため息を吐いた。
「だから、千夜は騙せねぇって言ったんだよ!」
と、高杉が声を上げた。
「はぁ、本当、感が良すぎるよ。千夜。」
「千夜の言う通り伊藤俊輔と井伊聞多は
殺された。横浜に行く途中にね。」
「誰にやられたか、わかってねぇ。」
横浜?
「それは、慶応元年五月ではないですか?」
「その通りだ。」
それって………。
江戸に隊士を増やしに行くんですよ。
「伊東だ。あいつが、二人を……。」
そう言った千夜に、沖田もハッとする。
「隊士募集の為に、江戸に行った時期だ…」
そう。丁度、伊東が隊士募集に江戸に発った、その時期と重なるのだ。
「なんだと! !」
「高杉、千夜に怒鳴っても仕方ないでしょうが……」
桂が、高杉を黙らせる。
「伊藤俊輔は、異国に行き学んだ。どうしても、攘夷は無意味と知らしめるのには必要でね。
高杉も桂も顔がわれてる。
俺しか居なくて伊藤を名乗る事になった。
少ししてからだよ。伊東が接触してきたのは……。
どうしても手に入れたいモノがある。長州藩には、長州のヒメがいると聞いた。幕府と朝廷も頭が上がらないと、藩主が牢に入ってた事実もあって、まだ表向きは倒幕派で長州藩は通ってるからね。手っ取り早く、奴に間者を送り込んだ。」
伊東に力を貸してるように、見せかける為に————。




