酒井の最期
千夜が去った後、酒井は、山崎をジッと見たまま、ゆっくりと口を開いた。
「山崎さん。俺……。」
静かに、酒井の言葉を待つ山崎。帰りたい。その一言を言って欲しかった。
そして、酒井は、苦笑いをした後、再び口を開く。
「新選組に帰れる訳、ないでしょ?
俺は……此処で……死を……。」
「ダメや!」
自ら死を選ぼうとする酒井。組長を刺したのは酒井で間違いない。
新選組に帰っても、自分の居場所なんてないだろう。
なのに、目の前の男はダメだという……。
————副長に忠誠を誓う彼が。
「お前、ホンマに自分の意志で沖田さんを斬ったんか?よお、思い出してみぃ。
沖田さんの斬った場所に、竹筒が二つ落ちとった。媚薬が入った竹筒と睡眠薬が入った竹筒が!」
一つは、沖田が口にした。では、残りは誰が口にしたのか?
それは、目の前の酒井で間違いない。山崎は、そう思って居た。
「俺は、伊東さんに、巡察前に竹筒を貰った。
沖田組長に飲ませてやれと……。
そして、もう一つは、喉が乾くといけないから
水を持って行きなさいと言われた。
喉が渇いて、竹筒に口をつけようと思った。
だけど、組長の竹筒を思い出し、沖田組長に渡した。————伊東さんから貰った竹筒を。
そして、飲んだ。
そしたら……そしたら……。
分からない……ただ、皆んなが、怖くて……」
それが、本来なら沖田へと渡る筈だった、媚薬入りの竹筒を酒井が飲んでしまった所為で、刀を振り回したのだろう。
そして、必然的に、沖田に渡った竹筒は、睡眠薬を盛られた方となった訳だ。
「薬盛られた奴が切腹させられるわけないやろ?
もう、それは報告済みや。
伊東の陰謀や。だけど、伊東から貰った竹筒だけでは、証拠にならん。
伊東は、自分の足はつかへんように事を動かしてんねん!
利用されただけや!そんなんで、仲間殺されてたまるか!ちゃうか?悔しいやろ?
酒井、此処で死んだら伊東の思う壺や!生きなあかんねんっ!」
死んでほしくなんてない。山崎は、必死に酒井に問いかけた。
「なぁ、山崎。
新選組にいられて俺は、幸せだった。
どんな薬を飲まされたとしても、沖田組長を刺したのは、俺だ……だから……」
短刀を懐から取り出す酒井。それは、すぐさま振りかざされ、酒井の腹に落ちていった——
「やめろおおおぉぉ! ! !」
ザシュッ!!
腹から流れる赤に、目を見開く山崎。それと同時に涙が流れ落ちた。
「…お前がいつも言ってる……新たな世を……見たかった……」
痛みに耐えながらそう言った酒井。山崎は、立ち上がり、刀を構え、彼に向かって刀を振り落とすしかなかった。
慶応元年6月、酒井兵庫、故郷にて切腹。
苦しむ酒井を介錯せざるを得なかった山崎。
屯所に引き連れて帰る事は、山崎にはできなかった。故郷で、安らかに眠る方が酒井の為だと
山崎は、小さな寺に酒井を葬った————。
止められなかった。仲間の……友の死を……
小さな墓の前で涙を流した山崎。
「何でや!何で新たな世を見たかったら死ぬねん! !
……死んだら……見れんやろが…どアホ……
お前は、利用されただけやのに!何で酒井が……お前が死ななあかんねん!」
山の中の小さなお寺。静寂に包まれた闇の中、山崎の声だけが響いた————。
*
一方、千夜はというと……。
酒井の故郷の近くに、松本良順の診療所があった。そこに千夜は、駆け込み、沖田の治療を行った。
酒井が気になる————。
だが、沖田も重症で、傷の手当てを優先させてしまった千夜。
「…ちぃ…ちゃ……ん……」
目を薄っすら開いた沖田に、彼の手を握り締めた。
嬉しさと同時に、拳ほどの光が、千夜の視界に映り込む。
……酒井が…死んだ……?
私の、せいだ……。私が…… 無理矢理にでも
一緒に連れ帰れば……。
後悔しても、もう遅い。
そっと、光に手を伸ばせば光は千夜へと吸い込まれて行った。
……本当にこの光は、私の希望なのだろうか?
隊士が死ぬと現れ、自らの身体に消えていく光————。隊士達の魂が、何故、私の元に来るのか……。
「…今の……」
そう声が聞こえ、そちらを見やれば、沖田が目を見開いて、千夜を見て居た。
「……酒井が、死んだ。私の所為だ。酒井は、伊東に、騙されたのに!総ちゃんを、怪我させたのも、きっと私が……っ!」
「————違う!
ちぃちゃん、酒井は、操られたかもしれない
だけど、自分が許せなかったんだ!確かに、死ななくて良かったと思う。
でも、死を持って責任を取る。それが、今の、男の生き様だ。悲しくても……それが、今、徳川幕府がある時代の生き方なんだよ!」
……そんなの……ヤダよ……
そんな事を言っても酒井は戻って来ない。
「…私は……。
全てを変える必要はないと思ってる
けど……。その生き様は、おかしい!
責任をとるなら生きるべきだ!死んで終わりなんて、おかしすぎる!
酒井が死んだら、総ちゃんの傷は癒えるの?
癒えやしない……
何の意味がある?何で、酒井は死ななきゃいけなかった?伊東に利用されたのに!」
虚しい……悲しい……もどかしい……
この時代のやり方……
「死には死を……。
それが、この時代のやり方なら、私は、伊東甲子太郎を————っ。」
殺してやりたいのに、何故、私は、この先の言葉が言えないのだろうか?
殺したくない。誰も死んで欲しくないのに、酒井は死んだ……。
この時代のやり方、
良いものを残し、異国のモノを取り入れる。
考え方すら違いすぎる。
千夜は、ただ、夜空を見ながら黙祷する。
……ごめんなさい…と……




