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浅葱色を求めて…  作者: 結月澪
下関戦争
202/281

誘拐された組長と酒井

「ぐあああぁぁあっ…っ!!!」


普通の民家から聞こえる、尋常じゃない人の叫び声。

気が飛んでしまいそうな痛みが沖田を襲う。腹を刺され、傷を抉るように刀の柄でグリグリと傷を開かせる様な行為を繰り返す、ニヤリと笑う男の姿に再度、殺意を覚えた。


腕は縄で縛られ、足も縄で締め上げられた沖田は、畳に力無く顔をつけて、息を荒くしたまま、傷の痛みを耐えるしかない。屈辱以外の何物でもなかった。


「貴方が死んだら、あいつは、壊れてしまいますかね?」


沖田の前に不気味な笑みを浮かべて立つ伊東は、苦しそうな沖田の髪を鷲掴みにして視線を合わせた。勝ち誇ったかの様に


「あれは、私のなんですよ?」


沖田に、そう言い放つ。ペッと唾を目の前の男の顔に飛ばす。腕も足も縛られた沖田には、それ以外の抵抗が出来なかったのだ。


ゆっくりと、頬についた唾を拭い取る伊東の顔は、怒りの表情を浮かべ、目の前の顔を掴み、畳に叩きつけた。


気を飛ばしてしまった沖田に水をかける伊東。

意識を飛ばずたびに、水をかけ、沖田を休ませる事などしなかった。


朦朧とする沖田。


刺された傷が痛み、目が霞む中、彼は一人の人物を思い浮かべて居た。


「……ちぃ…ちゃん…」


か細く声に出たのは、愛しい女の名前。


会いたい……。触れたい……。ここから逃げ出したい……。今すぐに……。でも、それは出来ない。手足の自由が奪われてるから。


バシッと殴られた頬。目の前の人物に沖田は、目を見開いた。何故、酒井が、伊東と居る?

原田と山崎の名の間に名を連ねるほどの人物である酒井。此処に居るということは、伊東派であることは間違いない。


後は分からない奴らが5、6人居る事がわかったぐらいだ。


みっともなくても、誰か、助けて。そう思ってしまう……彼女なら、どうするだろうか?


『 沖田総司は、新選組の刀になる男だ!』

『最後まで足掻き続けろ!』


……足掻き続けろ……


身体を必死に起こす沖田。殴られても、殴られても。なお、起き上がる。まるで何かに取り憑かれた様に。


「……僕は……。新選組の刀になる男だ!

こんな所で、お前みたいな下衆野郎を相手にしてる場合じゃないんだよ!————伊東甲子太郎! !」


千夜と同じ目で、伊東を睨みつける沖田。


縛り付けてあるのに、伊東は一歩後退る程に、鋭さを帯びた視線。


「僕は、新たな世を……見ると……。千夜と約束したんだっ!」


だから、こんな場所で、捕まってる場合じゃないっ!!


その時であった。スパーンッと開け放たれた襖その襖の先には、黒装束を身にまとった山崎の姿。


「遅なったな。沖田さん。」


沖田の姿に、驚きながらも、山崎は、言葉を発した。その声に、部屋に居る男達は、身体を強張らせた。


そして、背後に現れた人の気配。腕の縄が解かれ、


「迎えに来たよ。総ちゃん。」


愛しい女の声に、沖田の体から力が抜けていった。

「ちぃ……ちゃん……?」

「もう、大丈夫。」


ずぶ濡れの沖田を抱きしめた千夜。


————あぁ。幻なんかじゃない。本物だ……。


回された腕に手をおき、そのまま沖田は、意識を飛ばした。安心できる恋仲の腕の中で————。


「何で此処が!」


バタバタと逃げ出した男達。奴らを追う必要は、ない。


「新選組の観察方を舐めてもらったら、困るんだよね。」


そう、笑ってみせる千夜。伊東の視線は、沖田に向けられた。


「…無様な男だ……」


そっと沖田を横たえる千夜の耳には、しっかりと伊東の声は届いて居た。


「無様?貴方にはそう見えるの?」


畳に這い蹲り、痛みに声をあげ叫ぶ。殴られ続けた男……


「おとなしく倒れてれば、あんなに殴られずに

済んだものを……無様な男以外なにがある?」


「俺は、人間らしゅうて良えと思うで?」


ニヤリ笑った黒装束。


「…人間らしい?」


「そう。人間はね、初めから強い人なんて

居やしない。綺麗なままの人間もいない。

もがき足掻き、生きようとする者ほど人間らしいと、私は思う。


伊東、お前は、私を地の底まで落としたいんだろう?

————落としてみろよ。


私は、必ず這い上がってみせる。

今はまだ、あんたに構ってる暇が無い。」


このまま、伊東を捕まえても証拠は不十分で、

実行した酒井が切腹になるだけだ。


沖田は、媚薬を飲まされていた。

つまり、沖田の記憶は、憎い伊東に見えただけとシラを切られたらそこまでだ。


総ちゃんをこんなにされて、悔しくない筈はない。


だが、此処はひとまず沖田の治療を優先させるべきだと、千夜は考え、山崎に声をかけた。


「烝、ここは任せる。」

「了解や。」


沖田を抱え出ようとする千夜だが、護衛は山崎しか居ない。強敵である沖田は意識を飛ばしている。


こんな好機は滅多に来ない訳だ。伊東は、千夜の手を捻りあげた。そのせいで、沖田の身体は床に逆戻り。痛々しい身体を床に叩きつけてしまった沖田を見て、千夜は、苛立ちを隠しきれなかった。


本当に面倒くさい男だな————。



捻りあげた女の腕。だが、彼女は、呻き声すら上げない。さらに捻りあげようとする伊東だったが、グイッと彼の身体が傾いた 。


「痛っ…」


千夜が伊東の腕を捻りあげ返したのだ。


「あんたに構ってる暇は無いっ!」


ドスッと、伊東の鳩尾に膝で蹴り上げ伊東は、床へと叩きつけられた。そして、千夜の視線は、それを見て居た酒井へと向けられる。


「酒井、お前は新選組に帰りたいか?

帰りたいなら……山崎に言え。」


沖田を抱え、千夜はその場を後にしたのだった。
















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