隊務復帰
西本願寺のボヤ騒ぎが起こってから、野口は、行方不明。観察が探している事は、千夜も知っていた。だが、西本願寺で見つかった遺体は、野口では無いか?と、そう思っていた。
なぜなら、芹沢鴨が野口に託した扇子を遺体はてにしていたから……。
屯所に帰ったら、
「ちぃ!ちょっと来い!」
怒った様な土方の声に、山崎と顔を見合わせ首を傾げた。
怒らせるような事はしていない。なのに、何故、よっちゃんは怒っているのか?
とにかく、馬を烝に任せ、土方の元に急いだ。
副長室に行く途中、遠くで、伊東が千夜を見てニヤリと笑った。
……まさか…誰か怪我した?
キッと睨み返し、千夜は、副長室へと走った。
部屋に入って腕に晒しを巻く平隊士達の姿が目に飛び込んできた。
そこには、原田の姿もあり、怪我を負ったらしく足に晒しが巻かれていた。
「……何が…あったの?」
怪我自体は、珍しいことじゃない。
だが、10番組全員が怪我。組長までもだ。これは、ただ事では無い。と、千夜は、声を発した。
「…長州にやられたと……」
「長州の誰に?」
頭がうまく回らない。長州は、千夜と血判状を交わしたのだ。新選組には、手出しするはず無い。
「わからねぇが、家紋が長州のものだったと……。」
「ちょっと待って?」
家紋だけで長州だと言ってるって事?
「それだけじゃねぇ。散切り頭の奴が居たと……」
高杉がやったと言いたいの?
平隊士の手前下手なことが言えないのが歯痒い。
高杉なら、ついさっきまで一緒にいた。
千夜と、半日一緒に居たのだ。
今、副長室にいるということは、午後に斬られたって事になる。
「場所は?」
「……元大和屋があった場所だ…」
「よっちゃんは、信じてるんだね?」
「…ああ。」
「左之さん、敵は何人?」
「15人程だ。捕獲はできなかった。」
悔しそうにそう言う原田
「ごめん。傷口を見せて?」
一人づつ斬り口を見る。手と足しか狙ってない
…………長州じゃない
普通武士は、胴を狙う。敵を捕まえられなかったなら、弱い奴でもない。本当に敵ならば、新選組の命を狙う筈だ。
少し迷いのある、切り口。手足しか斬られてない。その戦い方は、霊番組の戦い方と同じ———。つまり、考えられる人物は、野口。それしか、思いつかなかった。
「散切り頭の顔は、見た?」
「いや、口元を隠してたから……。」
千夜が土方に視線を向ける。何かを察したのか
「おめえら、悪かったな。休んでくれ。」
原田だけは、そこに残り、後の隊士たちは、ぞろぞろと部屋を出て行った。
それを確認すると、千夜は口を開いた。
「よっちゃん、これは、長州の仕業じゃない。
高杉は半日近く一緒に居たし、あの斬り方は、零番組の斬り方。
つまり、野口は生きている。そして、野口は伊東派。」
そこまで言えば、
「伊東の野郎の仕業だと?」
「あいつは、私を手に入れる為なら、隊士を次々に殺すと言った。これは……脅しだ……」
「高杉ならちゃんとおったで?
長州で15人も出て行ったら、俺かて気づくわ。ちぃは、嘘は言っとらん。」
「山崎。」
「悪いな、上から聞かしてもらったわ。
迷った様な斬り口。一回振りかざし、止めて
また斬った。
原田さんの足がその斬り方や。
原田さんだけ腕狙わんかったのは
刀を持つ事ができんくなるのが怖かったんやろ。
つまりは……
野口は、まだ新選組に未練を持っとるし、
伊東のやり方に納得しとらん。
だから、誰も殺せれんかった。と、俺は思うけどな。」
「そういえば、
15人居て刀は交えたが斬ったのは、散切り頭の奴だけだった…」
だったら野口が……
「多分、また同じことが続く……」
私が、伊東のものになったら、やめてくれるのだろうか?
いや。奴は、新選組をどっちみち潰すつもりだ。
「近藤さんの護衛を増やしてください。私の護衛は————不要です。身体は回復しました。」
山崎を見る土方。
深く頷いた山崎。
身体は大丈夫だという意思表示だ。
「わかった。」
「今日より、隊務に復帰させていただきます。
零番組隊士が関わっているのなら私にも責任がある。野口は、私が必ず————」
その後の言葉は、言えなかった。
伊東、仕掛けるなら仕掛けてこい。
私が全力で止めてやるっ!!
*
「ちぃちゃん正気?何も夜の巡察から復帰しなくても…。まだ、胸の骨がくっついてないんだよ?」
沖田の言葉を聞きながら、身支度をする千夜。
浅葱色の羽織を羽織る千夜を久しぶりに見た。
そして、凛々しい姿で、また、決めたからって顔で僕を見るんだよ。本当、苦手だ。この顔が……
「だったら、僕もいくからね。土方さんに言ってくる。」
部屋を出て行った沖田
はぁっとため息をついた千夜。
「本当、みんな過保護。」
まぁ、本来なら、一番組が夜の巡察だった訳だが。
身支度を終え、縁側でそうちゃんを待つ 。
「月が綺麗な夜ですね。」
「……貴方が来たことで台無しですがね… 」
クククッと笑う男、伊東である。
「隊士が怪我をなさったそうで…」
「総長なら、見舞いでも行ったらいかがですか?」
縁側に座る千夜の横に、断りも無く座る伊東
「男の姿をしても、何をしても似合いますねぇ。」
グイッと、千夜の顎を掴み、自分の方を向かせる伊東。千夜は、ギロッと相手を睨みつけた。
「局長ですら、貴方は殺せるんですものね?
次は、私を殺しますか?」
「必要があれば、迷わず、叩き斬ります。」
顎を掴まれ、近づく顔
ゴツッ
「あー失礼。刀を差しております故に、当たってしまいましたか?」
ゴホゴホと咳き込む伊東。鳩尾に、わざと鞘を当ててやった。
さっと立って
「巡察の時間ですので…」と千夜は立ち去った。
「手強い相手だ。恋仲は沖田……
考え方を変えてみましょうか?」
クククッ と笑う伊東。
その言葉は、誰にも聞かれなかった ……。




